1963からの道のり

1963からの道のり

1963年生まれのオヤジです。長い道のりを歩き続けて辿りついた場所は
・・・・・。

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前回からまたまた随分と日が経ってしまいました

今日は少し頑張って更新してみたいと思います

長い年月をかいつまんで短い物語に・・・・



1993年今から20年前のこと

私は30歳を目前に結婚という

この世界においてとても常識的な世界に足を踏み入れた

20代の日々において

私の頭の中に結婚なんて文字はほとんど存在していなかった

まだ地に足がついていない状態だったし

経済力も将来性もない

中途半端で不安だらけの日々だった

いつも不安だらけの人生だったので

それが当たり前になっていた面もあるのだが

そんな男が結婚なんてものを考えるわけもなく

ましてや家庭や子供なんて世界を想像することも皆無だった

それでも結婚した

う・・・ん なんで結婚したの と聞かれれば

なんとなく としか答えられないかも知れない

相手がそれを望んだからという ちょっと無責任な答えも

あるかも知れない

じゃ 私は望んでいなかったのか と問われれば

そんなことはなく してもいいと思ったからしたのだろう

でも 相手に望まれなければ
 
だらだらと先延ばししていた可能性は大だ

まあ 結婚なんて勢いだ とよく聞くから

そんなものなのかも知れない


20年前の6月27日 小さな式場で式を挙げた

思い出すと恥ずかしさがこみ上げてくる

結婚式なんて 恥ずかしいものだ

人様にあまりお見せするようなものではない気がする

家族だけで十分

普段着たこともないようなタキシードに身を包み

真面目な顔で神父さんの前で将来を誓いあう

将来の誓いなんて無意味なことを

よくもまあ 大勢の前でやるもんだ

言葉ほど信用できないものはないと

そのときの誰もが忘れてしまっている

信用は行動でしか築くことはできない

それは後になって初めてわかることなのだが・・


結婚して二人だけの生活が始まった

その当時は二人とも仕事を持っていた

でも結婚してすぐ二人ともそれまでの仕事をやめてしまった

そのときに二人でお店をやろう と決めた

少ない資金を貯めて 後は身内に借金をして

小さな居酒屋を開くことができた

毎日馬車馬のように働いた

朝から深夜まで

二人だけの店だったから

守っていくために必死だったし 若かったから無理もできた

商売なんて いい時もあれば悪い時もある

そして 続けていくことは厳しいということを思い知らされる

苦労を共にした経験は

私達ふたりにとっては無意味なことではなかったと今思っている

喧嘩もたくさんしたし 共に喜びも味わったし

密度の濃い時間だったことは確かだ

失敗や挫折の多い人生だった私にとって

店の閉店は また 新しい世界へのスタートにすぎなかった

落ち込んでいる暇などなく

自分が抱えた家族を守っていくための新しいチャレンジは続いた



そんなタイミングで娘が生まれた

結婚 そして 親になって
 
若い頃に思いもしなかった現実を目の当たりにした

自分が逃げようとしていた場所に

気がつけば どっぷりと足を踏み入れていた

なんだ 俺も なんだかんだ言いながら

普通の常識的な男だったんだ

こうして

結婚して 子供の親になって 普通に年をとっていくんだ

そんなことを自覚していく日々だった



20年という歳月は長かったのか短かったのか

長かったという実感はない

かといって あっという間だったという感覚もない

それなりに 山あり谷ありの時間が費やされてきた

子供は二人に増え その子供たちも成長し

大人への階段を少しずつ登り始めている

妻と子供ふたりの平穏な時間は 心に安らぎをもたらす

何もわからず 生への欲求だけで生きていた時間から

いろんなことを考え始め 周りのものたちとかかわりあい

未来への希望を抱いて 世の中へと飛び出していく

子供たちが過ごしていく20年

私達が過ごしてきた20年は

他者との最も密接なかかわりあいのスタートから

希望を共有しあい 困難や喜びの中から 新たな家族を築く

そんな20年だった

幼かった子供が成人していくように

私達夫婦も少しは成長したのだろう



1993年7月4日 入籍の日

そして 明日でちょうどあの日から20年

これから先 あと何年人生は続いていくのかわからない

まだまだ 人生はどう転んでいくのか それすら

確かなことなど何一つない

私が歩いてきた人生なんていつだってそんなもんだ

でも

希望はある

希望があるっていうのはいいことだ

希望は死ぬまで持ち続けよう

そうしないと

次への一歩が踏み出せない



朝起きて 仕事に出かけ 夜帰宅する

たわいもない会話を交わし 休みに遊びに出かけ

安月給に溜息をつき 日々の疲れのストレスを時にぶつけて

喜んだり 悲しんだり
 
そんな どこにでもある日常が

幸せを築いていることを

こうして たまに 確認する

だから

ありがとう

と 感謝の言葉を贈ろう

普段ほとんど口にしない言葉だけど

言葉ほど信用できないものはないとわかっているから

あえて言わないけど

言わなきゃ伝わらないこともあるだろう



20年の道のりは

たくさんの景色を見させてくれた

それは ひとりでは決して見ることのできない景色だった

そして

これからもたくさんの景色を見に行く

まだまだ道の途中だ


ここ数年 妻以外で 誰かと語り合うことがなくなった

妻とは 日々の出来事などを話し合うことはあっても

音楽や 映画や 小説や 心の奥にくすぶってることを

語り合うことはない

そんなことを 吐き出す相手などみつからず

それは 少なからず ストレスとなっているのかもしれない


若い頃は 同じような感覚を持つ連中が周りにいて

毎晩のように 酒を酌み交わしながら 朝まで語り明かしたこともあった


ブログの中での独り言は

そんなオヤジのストレス発散の場に

一役買っていたようだ


見知らぬ誰かの日常やさまざまな想いなど

知ったこっちゃないのだけど

見知らぬ誰かの言葉が

時に   ズシっと 

心に圧し掛かってきたりするんだよね


語り合う相手はいなくても

共感や共有や対立はそこに存在していて

それは やっぱり

コミュニケーションのひとつのカタチなんだと

思い知らされたりする




子供の頃から

ひとりでいることが多かった

自分の性格が人を遠ざけていた

自分からも近づかないし

相手からはとっつきにくい人と見られていただろう

それは子供の頃から今までも

ずっと変わらない 私の個性だ

傍から見たら ただの変人だ


でも ひとりが好きだったわけじゃないんだよ


寂しさだってあったし 疎外感もあった

つらくて泣きたい時もあった・・・・    かな

そこまでは言い過ぎでした


でもなんだろう

生まれつきの性格と言ってしまえば

それまでなんだろうが

随分と損な人生を歩いてきてしまったのだろう

こんな性格のためにどれほどの出会いを失ってきたことやら


去るものは追わず 来るものは拒まず

じゃなく

来るものはなかなか現れず  去っていくものばかりなり








久しぶりに以前店をやっていた近くを通った

街並みはあの頃とほとんど変わっていないのだが

あの頃あった同業の飲食店のいくつかが店の名前を変えていた

店がつぶれて新しい店ができる

そんなことはよくある光景で

珍しいことでもなんでもなく

道行く人たちも特別な感情を持つわけでもなく

普段と同じように通りすぎてゆくのだろう

飲食店は特に移り変わりのサイクルは速く

新しく開業した店の9割が2、3年以内につぶれていると聞いたことがある


ひとつの店がつぶれ また新しい店が生まれる


希望に胸膨らませ 独立を果たした店主達

でもそれはあまりにも短い命だとそのときには知らない

自分自身がそうだった

そして 何人もの同じように失敗した連中を見てきた

中には長い間店を続けている人もいる

ほんの一握りの人たちだが・・・・

継続していくことがいかに難しく大変なことか

世の中は常に変化して

その変化への対応を余儀なくされる

変わらなければならないのか

変わらないままでいるべきなのか

葛藤は常につきまとう


失敗のない人生なんてあるはずもなく

誰もが大なり小なり  多かれ少なかれ 経験しているはずだ

もう私自身 人生の大部分が失敗という文字で埋めつくされている

失敗は成功のもと なんて言うけど

いつか成功を味わえるときがくるのだろうか

こんなことをブログに書いていると

おせっかいな自己啓発ブロガーが近づいてくる

社会にでてからの失敗は

自分でコントロールしないといけない

完膚なきまで叩かれると 立ち上がれなくなってしまう

借金で首が回らなくなってどれだけの人が

自ら死を選んでいることか

以前 いじめで死を選んでしまう子供たちに

逃げる勇気も必要と書いたことがあるが

大きな失敗をする前に退く決断も

大人の人生には必要になってくるのだろう



失敗を恐れていては 前に進めない


これはその通りだ

失敗を最低限に留める力を持って初めて挑戦ができる

戦略や覚悟や勝算 ただの勢いでのチャレンジはなく




昔あった店が姿を消しているのを見るのは寂しい

商売というのは非情な世界だ

一度失敗してもまだ次だってあるさ

同じ失敗を味わった者としてエールを送りたい

幸いなことに私はコテンパンにやられる前にタオルを投げた

まだ少なからず余力を残している

だからまだあと何度か失敗をするのだろう


そんな風にいままで生きてきて

そんな生き方はいまさら変えられないのだと

自分で自覚しているのです






最近 歳のせいか 物忘れが激しくなった

つい数分前に考えていた事が思い出せない

過去の記憶もだんだん薄れていってしまうのだろうか


なぜか

今も鮮明な過去の記憶の光景が

目を閉じて想いを寄せていると浮び上がることがある


長い日々の中の 数えられるほどの光景だ

なぜ  記憶に残る

それは忘れたくないと心が叫んでいるのか

それとも何の意味もそこには存在しないのか


その瞬間に自分が経験したことが

心の琴線にでも触れたのでしょうか


すべてを覚えていることなんか不可能だ

小学生 中学生  高校生  大学生

学生時代のクラスメートの顔や名前

ほとんど忘れている

卒業アルバムを見てようやく思い出す始末だ


関わりあいが少なかった人は

そりゃ 記憶に残らないのも当然かもしれない

それより

テレビ番組やタレント おもちゃやゲーム

歌にお菓子など娯楽に関係したものが強く記憶に残っていたりする



私たちには 過去の記憶は必要なのだろうか



そりゃ 生きていくうえで過去の記憶は必要だろ  ねぇ



過去は通り過ぎていく

そこにあったものは消え去っていく

記憶としてしか残らない

そう

消えたものは 実は 消えていない

思い出とも違う

記憶が自分自身を形成してきているとでも言おうか

経験が自分を作り上げてきているわけだ

だから

記憶喪失にでもなってしまったら

自分は崩壊する


あの時のあの一瞬 

そんなものの積み重ねが 自分の人生のすべてだ




記憶の断片を拾い集めてみる

あんなこと  こんなこと

傷つけたこと 傷ついたこと

泣いたこと  笑ったこと

苦しかったこと   心を躍らせたこと

いくつもの光景を 繋ぎ合わせてみる



記憶のすべてが私の中で機能している



そして過去の記憶がまた新しい世界を切り開く