せっかく私がブログに玉木浩貴(敬称不要)の近況を知りたいと書いたり、わざわざ動画やスライドまで作成したりして玉木浩貴を探しているのに、ネットの自称ネット警察官みたいな連中からは私をストーカーだの、粘着質だの、挙げ句の果てには「玉木浩貴は会いたくないのでは」などと私の気持ちをへし折るようなハラスメントを受けており大変心外である。

 

私は面白半分に玉木浩貴を探しているのではない。私がなぜ玉木浩貴を探しているかについて書く。

 

玉木浩貴を探している理由

理由:され、かつ邪魔されたから。

私が国立印刷局の玉木浩貴を探している理由→騙され、邪魔されたから

 

当時私は生物学の研究者になりたいと思い、文系の大学から理系の大学(地帝)に入り直し、勉学に励んだ。さらに高度な研究を行いたいと東大大学院修士課程に進学することになり東京に引っ越した。玉木浩貴とはその矢先の出会いであった。玉木は博士課程を中退し国立印刷局に就職したばかりの新人であった。「国立印刷局は天国であり、国立印刷局で研究を行えることは天職」などと言っていた。

 

私が「研究が面白い」「教授から褒められた」と言うと、玉木は「博士課程にメリットはなく正規の研究者(アカポス)になれない」などと博士課程を卑下し、私の博士課程への進学を必死に止めてきた。

 

後で知るが、玉木は修士課程までの研究で論文を書いたことがなく、そのくせ博士課程に進学し、研究がうまくいかず周りからウザく思われていたようである。そんな中で修士課程に進学したばかりの私を輝かしくそして疎ましく感じたのであろう。そんな私が面白くなく私に嫉妬したのであろう。だからあんな大嘘をついて私を騙した。騙すことで玉木自身が大成できなかった研究の世界から私をも引き離そうと考えたようである。全く腹黒い奴である。

 

もっとも玉木は当時新人で職場のことがまだよく分からずに言っていた可能性も考えられる。しかし当時玉木は27〜28歳、かつ国家公務員キャリア技官。そんな人物が誤った認識で就職するとは到底思えず、わざと嘘をついて私を落とし入れたとしか考えられない。

 

私は一人で上京し身寄りがなかったこともあり、親しげに話しかけてきた玉木を信じて疑わなかった。玉木は何度も私の心に響くように語りかけており、もはや洗脳されたような状態であった。

 

私は玉木の言葉を信じ、当時それなりの研究実績を出していたものの博士課程への夢を捨て国家公務員になった。

 

では玉木浩貴の言っていたことは正しかったのか?

答え:何も正しくなかった。

玉木浩貴の言っていたことは何も正しくなかった。

 

「研究者を志して、諦めた俺と諦めなかった人の10年後の現在」で書いたように、大学・大学院で研究を続けた周囲の人は研究者として大成する一方、玉木にそそのかされて就職した私は激務で体調を崩すことになってしまった。

 

就職1年目から激務で10月には体調を崩すにようになった。私は玉木の言っていることが正しいのか判断できるほどの時間がまだ経っておらず、この後天国のような環境になるのではと微かな希望をもって耐え忍んだ。

 

しかし体調は悪くなる一方だった。2年目の夏に食道裂孔ヘルニアと診断された。食事をするのが困難になった。病院に行く前に調べたところ、この症状は食道ガンの末期症状と同じで食道ガンは末期まで自覚症状がないため、余命幾ばくもないのではと病院に行くまで気が気でなかった。

 

玉木に事実確認をしたかったが連絡先を失くしており、本名を正確に知らなかったのでネットで検索もできず、うやむやになってしまっていた。

 

その後もしばしば体調が悪くなり、通院を繰り返すようになった。ようやく数年後体調が良くなる兆しが見え始め、まともに普通の生活ができるようになったとき、たまたま昔もらった紙に玉木の本名が記載されていたことを発見した。近況を知りたいとネットで検索してみたところ、玉木が国立印刷局で研究を行っているという情報は見当たらなかった。それどころか学生時代の研究実績も国内学会でのポスター発表2件ほどしかないという、玉木が私に語っていた話からは程遠い悲惨な状況であった。狐につままれたような気分だった。すごいと思っていた人が何もすごくなかった。私よりも遥かに下、初学者レベルの研究実績しかなかったのである。

 

玉木浩貴への思い

確かに私が玉木に騙され邪魔されたと思っていることは憶測に過ぎない。

 

だからこそ実際に玉木に会って話をしたい。なぜあんなことを言っていたのか、学生時代ろくに研究実績がないのはなぜか、就職後はどんな研究をしているのか、国立印刷局は本当に天国なのか、など確認したいことは山ほどある。

玉木浩貴に確認したいことは山ほどある。

 

結論:私は玉木浩貴を探し出さねばならない。

引用元:研究者を志して、諦めた俺と諦めなかった人の10年後の現在
https://anond.hatelabo.jp/20160207203750


俺、地帝→東大院(生物学専攻)

10年前、研究者を志し研究に励んでいた。しかし当時たまたま知り合った先輩(玉木浩貴、自称:国立印刷局の研究職候補)が「博士課程にメリットはなく、正規の研究者(アカポス)になれない」などと博士課程を卑下した発言を何度も繰り返しており、だんだんと感化されるようになった。結局それなりの研究実績はあったものの、大学院を去り、就職した。

一方で、研究が楽しいとそのまま大学院で研究を続けた周囲の学生・ポスドクの人達がいた。

当時は自分の選択は最良と思っていた。周りのように、今が楽しいからと厳しい現実を逃避し、なれもしないアカポスに憧れるのは哀れだと思っていた。

そしてそれから10年が経過。現在の状況は次の通り。


<大学院で研究を続けた周囲の学生・ポスドクの今(大学・大学院の所属研究室で自分より±3学年)>
・東北大学 教授
・東北大学 准教授
・東北大学 講師
・東北大学 助教
・東京大学 講師
・東京工業大学 講師
・法政大学 教授
・自治医科大学 講師
・名古屋大学 講師
・名古屋大学 助教(2名)
・京都大学 助教
・神戸大学 教授

<俺の今>
・某県庁 係長→多忙のため体調を崩し退職

<先輩の今>
・消息不明(都合が悪くなり無責任に逃亡?)


これらはあくまで俺が大学・大学院で所属した研究室のみの状況。他の研究室や学会で知り合った人を入れればもっと多くなる。

先輩の当時の論調では、大学院に残った人はその後落ちぶれてゆくということになるが、現実はそんなことはなかったのだ。

確かに、俺が大学院を去って最初の数年間は周囲はパーマネント職には就けず、惨めなものであった。しかし、5年経った頃(つまり5年前)にはアカポスをゲットする人が急に増えた。大御所だった教授達が大量に定年を迎え、ポストが一気に空いたからだ。

現在、俺と周囲の人ではどっちが良かったかどっちが上かは一目瞭然。その中には10年前俺よりも研究実績がなかった人も少なくない。先輩の言うことを信じて大学院を去ったことを非常に後悔している。

これから研究を志す者へ言っておこう。
「大切なのは邪念に惑わされないこと。諦めたら負けだ。」