最近、嫌なこととかうまくいかないことが起きたら
それをまず認めて、感情を感じ切ってから
その後、「なんでだろう」って考えるようにしてから気づきが多い
例えば今日、いつも通り父親が母親に対して小さなことで怒鳴っていた
味付けがうすいとか、飯が固いとか。
それに対して私はいつも
彼(父)の大きな声にビクッとし怖くなり体が強張ってしまっていた
いつも怒鳴るので私は物心ついた時から
父親は怖いと思っていて
極力話をしないようにしていた
それでも話をしないといけない時は
恐る恐る、機嫌を損ねないようにと
ビクビクしながら話をしていた
だって怖かったから
話の途中でいきなり怒鳴られると
話の内容どうのより
怒鳴ってる声の大きさとか圧みたいなものに
屈してしまってそれ以上何も言えなくなってしまうし、びっくりして放心してしまうから
それは私が社会に出てからの
対男性に対しても強く影響が出ていて
男性の上司が一度でも怒鳴っているのを見ると
それ以降その上司に接する時はビクビクしてしまっていた
直接話をする時だけじゃなく
お互い静かに仕事しているときでさえ
何かかんに障ることをしていないかと
常に恐怖と隣り合わせで
気持ちが落ち着くことはなかった
で、今日怒鳴っている父親を見て、
「今まで恐かったね、辛かったね、こんな気持ちを何十年もほぼ毎日感じていたんだね、可哀想に…」
と辛さを感じ、これまでの私を慰めてあげた
大人になってからそんな場面に出くわした時
私は辛さを感じることなく
父はこういうものだ、と心を殺して
割り切っていたつもりだったけど
本当は怖くて辛くてたまらなかったんだと
気付いた
そんな私自身を慰めてあげたら
ふと、
彼は相手萎縮させようとしてるわけじゃないのかも
ただのワガママを言ってるだけなのかも
と感じた
誰かが、男性はいくつになっても5歳児だとか言っていたのを思い出し
5歳児…?
ってことは甥っ子がこの間までそのくらいだったから同じくらいだ
5歳児だった頃の甥っ子は
ワガママ言いたい放題
どんな子だってそうだと思うけど
特に欲しい玩具があれば店先であろうが
わめき散らし
食べたくないものは、大声を出していや!
も言う
5歳児は欲のままに行動していた
それと同じ、だとすると、、、
頭の中で変換してみた
「固いご飯いやだぁ~!!
食べたくないぃ~!!」
と5歳児のように可愛い声で駄々をこねる父親
=イコール
「なんやこの固いご飯!!
食べられやせんやないか、
ちゃんと水計ったんか!」
と声変わりしただけの男の子である大きな体の父親
こんな感じなのかも
ただ単にワガママを大の大人が
野太い声で大きな声で言うから
こわく感じていたのかも
5歳児がワガママを言っていたら
はいはい、とうまくなだめたり
話を聞いてあげたり、放っておいたりするたろう
感情に同調せずに、萎縮なんてするはずもなく冷静に対処するはずだ
そう考えると見方がゴロッと変わる
きっとこれまで私自身が人の感情とか空気感を
異常に感じてしまうタイプだったから
苦しんでいたんだと思う
だって世の中には怒鳴る男性なんて山程いるけど
はいはい(笑)とうまく対応できる人もいるわけで
現に同じ環境で育った姉や兄は
父親に対してそこまで恐怖を感じていなさそうだった
父親と割とフランクに話していたりしたからね
だとしたら私が異常に“感じ”、
感じたことを固定概念化していたのかもしれない
これまで何十年も私をがんじがらめにしていたものがほどけて明日から楽になれそうだ
いや、すでに今から新しい世界が目の前に広がっている
こういう風に色んなことに気づいたりしたきっかけは
・体のどこで感情を感じるか
・目的思考
というのを学んだからです
それは追々ログにまとめたいと思います
※この方法は
他人から始めてみるとコツが掴めるようになると思います
家族とか近しい友達、恋人になると
距離感が近い分客観的になれなくなってしまいがちですので