手妻とは支那手妻であり江戸手妻でも日本発祥の語源ではありません
【支那】《王朝名の秦 が西方に伝わりそれが変化したものという》外国人の中国に対する古い呼び名。
前3世紀頃の朝鮮大陸、王朝時代の芸能で戦前ごろまでは九州地方に中国人による大道芸の記録が残ってます。
支那蒸籠や支那玉、南京玉簾なども大陸からの芸能で日本に有る手品の伝授本は翻訳であり絵が唐人などが演じている挿絵の和書があるが元の本が韓国にあるのを見た事があります。
日本独自に進化した手品は、日本手品と言うのが正しいが業界では和妻ともよんでいる。
仙術を見世物としている僧侶がいた時代の記録も大阪(摂津国)で盛んに演じられて居たものについてもあるので研究を進めてます。