たまになんだけども
あらゆることに対する緊張の糸が何かの拍子で切れてしまうとほんとダメになる。
そういうときって部屋とか外とか一人で居ると、このまま自分だけ消えれるかも、て感覚になる。
つけっぱなしの電気も、取り込んだまま畳んでない洗濯物も、読みかけの雑誌もなにもかもそのままで、私っていう存在だけがフッと消えれるような。
それで、行方不明扱いにもならないの。家族も友達もみんな、私が消えた瞬間に私を忘れて、私が存在した場所には別の誰かが、今までもそうしてたように存在して生活する。
消えた私は、新しい自我が芽生えたら、その場所でまた生きていく。
結局のところ、「私」はこの体と脳に発生したただの自我で、それが消えたら私は私じゃなくなるけど、体だけは私なんだよね。
もしこの脳に、「私」が発生しなければ、この体はどんな人生送っていたんだろう。別の自我が芽生えていたら、私に関わる人たちとどんな関係を築いていたんだろう。
小さいときからちょくちょく、意識と体が噛み合わないような感覚になることはあったけど。慣れないなあ。
こういうこと言ってるからたまに何考えてるかわかんないとか言われるのね。別に病んでないよ。病むって言葉嫌いだし。
Android携帯からの投稿
あらゆることに対する緊張の糸が何かの拍子で切れてしまうとほんとダメになる。
そういうときって部屋とか外とか一人で居ると、このまま自分だけ消えれるかも、て感覚になる。
つけっぱなしの電気も、取り込んだまま畳んでない洗濯物も、読みかけの雑誌もなにもかもそのままで、私っていう存在だけがフッと消えれるような。
それで、行方不明扱いにもならないの。家族も友達もみんな、私が消えた瞬間に私を忘れて、私が存在した場所には別の誰かが、今までもそうしてたように存在して生活する。
消えた私は、新しい自我が芽生えたら、その場所でまた生きていく。
結局のところ、「私」はこの体と脳に発生したただの自我で、それが消えたら私は私じゃなくなるけど、体だけは私なんだよね。
もしこの脳に、「私」が発生しなければ、この体はどんな人生送っていたんだろう。別の自我が芽生えていたら、私に関わる人たちとどんな関係を築いていたんだろう。
小さいときからちょくちょく、意識と体が噛み合わないような感覚になることはあったけど。慣れないなあ。
こういうこと言ってるからたまに何考えてるかわかんないとか言われるのね。別に病んでないよ。病むって言葉嫌いだし。
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