たまになんだけども
あらゆることに対する緊張の糸が何かの拍子で切れてしまうとほんとダメになる。

そういうときって部屋とか外とか一人で居ると、このまま自分だけ消えれるかも、て感覚になる。

つけっぱなしの電気も、取り込んだまま畳んでない洗濯物も、読みかけの雑誌もなにもかもそのままで、私っていう存在だけがフッと消えれるような。

それで、行方不明扱いにもならないの。家族も友達もみんな、私が消えた瞬間に私を忘れて、私が存在した場所には別の誰かが、今までもそうしてたように存在して生活する。

消えた私は、新しい自我が芽生えたら、その場所でまた生きていく。

結局のところ、「私」はこの体と脳に発生したただの自我で、それが消えたら私は私じゃなくなるけど、体だけは私なんだよね。

もしこの脳に、「私」が発生しなければ、この体はどんな人生送っていたんだろう。別の自我が芽生えていたら、私に関わる人たちとどんな関係を築いていたんだろう。

小さいときからちょくちょく、意識と体が噛み合わないような感覚になることはあったけど。慣れないなあ。

こういうこと言ってるからたまに何考えてるかわかんないとか言われるのね。別に病んでないよ。病むって言葉嫌いだし。





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気付いたら2ヶ月近く書いてないとか。やっぱり続かない。

そんなわけで。でもブログに書くようなネタがないので最近見る夢のことでも。

最近よく見るのは、喫茶店みたいなところで誰かと向き合って座っていて、何かを話してる夢。

誰か、はその時々で変わっている。一度相手が咲人だったことがある。なぜ。

で、話してる内容は無音だからわからない。会話してることはわかるけど。そして色は白黒。

でも、最後に私が「誰か私を殺してくれればいいのに」って呟くのだけ聞こえる。その瞬間だけカラーになる。相手の反応はまちまち。笑ったり困ったり。咲人は困ってた。へんな夢。

もうひとつは、境界線の夢。

顔が見えない誰かと、私の体がくっついて、最終的にひとつの体になる。だけど精神は二人分。

しばらくすると相手の考えてることや感情がわかるようになって、次第に相手と私の境界線がわからなくなって目がさめる。これもへんな夢。

なんだろ。へんな夢ばっかだけど別にへこんでたりするわけではない。うん。

境界線の夢、一度相手も自分だった。私はすっぴんなのに相手の私はばっちり化粧してんの。なんだそれ。

っていう、最近の夢事情。前言ってた彼岸花の夢は見なくなった。

今夜はなんか夢見るだろうか。



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ああー体調悪い。まあ大丈夫だけど。

いじめ問題大きくなってるね。

今じゃぜんぜん信じてもらえないけど、わりと私はいじめられる側の子供だった。小、中、まあ、高校もかな。
小学校のときはいわゆる「いじり」だったけど、まあ、やられる側は最初はよくてもだんだんつらくなってくるわけで。やってる側からしたら「なんでいまさら?」だったろうなあ。

先生が対処をしてくれない、っていうのも多いみたいだけど、私の場合はすごくきちんとした対処をしてくれた。50代なかばくらいの男の先生だったけど、クラスにちゃんと話をしてくれたし、保護者の理不尽なクレームにも毅然とした態度をとっていたと思う。

当時、宿題を一切やってこない男子生徒の親が「宿題が隣のクラスに比べて少なすぎる。もっと増やせ」って言ってきたらしい。それってつまり、やってないのにやったってその子が言ってただけなんだけど。でもその先生は「今の量でじゅうぶん。お宅のお子さんはぜんぜんやってきてませんよ。これで増やしてもやらない子はやらないし、きちんとやってきている子に理不尽な結果になるだけです」ってはっきり保護者会で言ったって、うちのお母さんが言ってた。

そういう先生もいるんだよ。

教育の問題はことあるごとに取りざたされるけど、その根本って家庭や保護者だと思う。学校はしつけする場所じゃない、勉強するところ。勉学と、自分と他人は違うってことと、考えることを勉強するの。しつけは家でやるんだよ。さっきの話の、宿題を家でちゃんとやるっていうことのしつけもね。でもぜんぶ先生のせいにする人が多すぎる。

いじめを隠そうとするのも、物言いの激しい保護者の言うことをそのまま聞いてしまうのも、大人を黙らせたり納得させるよりも子供を黙らせる方がラクだからでしょ。もちろんそれは許されることではない。けれど、そうすることを許してしまう状況を作っているのは誰なのか。

中学と高校は、親に全部は話さなかった。中学はひたすら我慢して。高校は私にも原因の一端があることは明らかだったから、助けてもらう資格も無いと思ってた。でもつらいことには変わりない。それでも学校に行き続けられたのは、味方でいてくれる子が必ずいたから。私はその子たちに、すごく感謝してる。

だから、まわりにいる子は、そばにいるよって事を伝えてあげてほしい。助けてあげられなくても、だれかがそばにいるのは、それだけでも大きな存在だと思う。私の場合はそうだった、ってだけの話だけど。

で、まあ、今じゃこんな神経図太い私が出来上がったというわけで。服装とか性格とか好きなものとか、いろいろ言われても「知るか!」って思って昔よりずっと好きに生きてる。と、自分では思ってる。

まあ私が受けたいじめはかわいいもんで、金銭関係や肉体的な暴力はほぼ無かったからまだ良かったんだろうね。最近取りざたされる件はいじめでもけんかでもなく犯罪だろっていうものが多いから、やっぱり大人がしっかり受け止めるべきだと思う。精神論で乗り越えられるもんじゃないよね、そこまでいくと。