家族思いのパパはサステナブル(持続可能)か
我が家では、最近、「牛乳石鹸」を使っている。
ちょっとでもプラ製品を減らそうというSDGs活動。
そこで牛乳石鹸についてその「環境負荷」を調べていると、
もう随分昔(2017年?)のことなのだけど、牛乳石鹸さんの作ったCMが炎上していたそうで。知らなかった。
このCMの議論、今の自分にならぐさっと刺さる。
かんたんな話、自分でも少々無理して「良いパパ」を頑張った男が、それに苦悩した挙げ句、よりにもよって息子の誕生日に、しょげている会社の後輩と飲みに行ってしまい、それをママに怒られるという筋書き。
そのもやもやを、石鹸で洗い流す。
共感する、反発するということよりも前に、
現代社会で生きる人の心の持ち方の難しさについて、何か根深いものを突きつけられたような気がして。
いったい、育児で何がしたいのか
僕は育児に精を出す。
基本は言われる前に動く。
育児グッズは、どこに何があるか、どれくらい残っているかを把握し、
「あれどこだっけ?」「これ、もうないけどどうしよう」
ってなことが、ないようにする。
「もう用意しておいたよ」「無くなりそうだから、帰りに買ってくるね」
すら言わない。淡々と、スピーディーにこなしていく。
そう。これは育児のタスク化。仕事化。
でもこれって、なんのためにやっている?
パートナーに不満を抱かせないため?
「育児に積極的に参加できなくてもいいんだよ、夫の寄り添う姿勢が大切」
なんていう専門家もいる。
ざけんな。実は寄り添うのが一番体力がいる。
というか、そもそも物理的な育児・家事が終わっていなかったら、「寄り添う姿勢」なんて話にまで行き着かない。
育児は自転車操業。
淡々とこなすことのみを要求される方が楽だし、そうするしかないのだ。
…それに早く済ませれば、自分のことができる。わずかな希望。
いや…育児に終わりはないか。やっぱり絶望。
定時帰り以外に正解はない?
会社(学校)での拘束時間が長いほど、家での時間は少なくなる。
じゃあ家のことに割ける時間は少なくなるし、自分のことはそもそもできない。
少ない時間でできることは、淡々と「家事というタスク」を、怒られない程度に手早く済ますだけ。
・・・これが育児?
労働時間の長い会社(学校)に勤める限り、人間的な感覚で育児することすらできない。ああ世も末だ。
(本当にブラックな企業なら、育児にふれることすらできないのだろう、、、)
・・・これが人生?
これが人生なのかもしれない。
あきらめは肝心。
そう。子供を持つお父さんは、牛乳石鹸のお父さんのように考えてしまうだけで、もう不幸しか待っていない。
あるいは、スーパーホワイト企業に勤めるか。人生やり直し。
ちょっとでもマシなところに転職?ときには勇気も必要か。
でも、もうちょっと、今の場所で「正解」を探したい。
・・・これも古い男のわがままか。。。わからない。
母を思う
余談だが、僕の母はシングルマザー。
30歳のはじめから、女手一つでそれなりに稼ぎつつ、兄弟2人を大学へ送り出した。
兄弟ともに奨学金は借りていない。
今思えば、相当な苦労である。
遊んでいる母を見たことがない。
飲み会にもめったに行かなかった。
母の趣味は・・・「わからない」。
そう、労働と家事以外をしている母を見たことがない。
信じられないことに気がついてしまった。
早朝に、家族の朝食と弁当と夕食を作り、7時には家族を起こし仕事に出て、9時頃に帰ってきて洗濯に皿洗い、かんたんな掃除をしていた母。
それを15年続けた母。
親ってそういうものなのか。(令和でも?わからない。。。)
それにしても、もうこれは修行僧の域かと感じる。
長生きしてほしい。
