八重の桜
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大河ドラマ館をでたら、結構いい時間になってました。

帰りはやはり歩いて、会津若松駅までいきます。


途中、山本八重発祥の地とかを見て帰りたいと

パンフの地図を見ながらすたすた歩きます。


鶴ヶ城の外堀の水は凍ってます。真っ白です。
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発祥の地。

一応、パンフなどには載っているのですが、これがあるのは住宅街の中です。

しかも記念碑は一般のお家の玄関横です。
まわりは静かなので、あまり大きな音はたてられません。
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誕生の地も、住宅街のど真ん中にあります。

これ、観光客が大量に押し寄せたら大変じゃないかな。
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こちらは、直江兼続屋敷跡と兵学者の山鹿素行生誕地です。

兼続は、関ヶ原の戦いのあとは米沢のほうへ移動させられます。
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ひっそりとたってます。

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帰りの電車。行きに乗ったのと同じです。

やはり指定席は空いてますね。
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郡山駅で新幹線に乗り換え。
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新幹線は、帰りは「つばさ」を利用。

なんか、つばさの方が、座席がゆったりとしてるような気がします。

駅弁を買って乗り込みます。
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会津旅行編は、これにて終了。

こんどはぜひ、暖かいときに来てみたいですね。

さざえ堂を後にし、歩いて鶴ヶ城近辺へ向かいます。
歩くのが苦にならない私ですが、雪のため足下には気を付けて行かないとズルっといってしまいます。
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會津風雅堂
大河ドラマ館から徒歩3~5分のところにあります。
結構広い劇場で、1階席だけで1158席あり、2階席は600席あります。
コンサート会場としても利用されているようです。

こちらで、今回NHK大河ドラマ館オープニングイベントがありました。
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ゲストは、主役の綾瀬はるかさん。
会津歴史考房・野口信一先生や
会津松平家14代・松平保久さんなど盛りだくさん。

1時間前に行ったのですがすでに、ものすごい列ができてました。
皆様、すごい気合ですね。

1時間待って中に入ります。
自由席なんですが、結構前の方の席が取れました。見やすい。

内容はと言うと、歴史的なことや、ドラマの裏話なども聞けてかなり面白かったですよ~。

その後は、大河ドラマ館へトコトコ歩きます。
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初日のためか、かなり混んでますね。入場制限をされていました。
待つこと30分くらい。
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アームストロング砲です。
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会場には、スペンサー銃を実際にもってうてるスペースもあります。
本物と同じ重量ですが、中身はレーザー光線で撃つゲームぽいやつです。
持ってみると意外と重たいですね。

こちらのスクリーンの前に立つと、自分が映像の中に入るというものです。

私もやってみましたが、現代の服で戦場にいると、おかしな感じです。
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「ならぬことはなりませぬ」という文字がいたるところにあります。
今回の大河で有名になった、会津藩「什の掟」です。
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飯盛山には「さざえ堂」と言う建物があります。

白虎隊の墓を降りてすぐのところです。


案内の方が言うには、この建物、上までのぼって下までおりるだけの

構造をみるものらしいのですが、なんと同じところを通らずに進めるらしいです。


1796年建立で、

高さは16.5メートルの六角三層のお堂です。


昔この地には、正宗寺と言うお寺がありそこの住職が考案したとのこと。


実際に一方通行で上り下りできるのか、百聞は一見にしかずです。

確かめるため、実際にのぼってみました。


このような看板があります。

なんか、昔の特撮映画ぽくてわくわくしますね。

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まわりは雪がきれいに張り付いています。
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さざえ堂です。木造です。
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こんな感じで螺旋状になっています。

本当は、中には三十三観音像が安置され、このお堂を通るだけで

西国三十三観音参りができるというものだったらしいです。

明治新政府による神仏分離令によって正宗寺が廃寺になったため、おしくも外されたようです。

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一番上まであがる。

特に何もないのですが、なんか良い感じで日差しが照らしだされました。

ここから先は下ります。

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天井です。
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さっきも書きましたが中には特になにもなく構造のみを見るためだけに

上がると言うものですが、一見の価値がある建物でした。

おもしろい構造ですね。

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白虎隊の十九士の墓


先ほどの、コンベアーを降りてすぐです。

地元のかたでしょうか。途中、数名のかたが小走りで

来て参拝をして帰っていかれました。


私も手を合わせ参拝する。


なぜ、会津藩はあの時、京都守護職を引き受けたのか。

なぜ、最後まで新政府軍と戦ったのか。

わかっているつもりですが再度、歴史を確認したいと思います。

墓の前の説明書き。

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ここでも雪が積もっていて、すべりそうになる。
常に、下をむいて確認しながら歩く必要ありです。

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参拝後、さらに奥に進みます。
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すると、自刃の跡へ到着。
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この銅像が見ているのは、鶴ヶ城とのこと。
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こんな感じに見えます。
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一面、雪景色。
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階段を上り、歴史の重みを感じながら、帰ります。

良い天気でよかったです。

これで雪が降ってたら階段、かなり怖かったと思います。

とにかく、下の雪がカチカチになってるところが多いので普通に

歩いていても、すべります。

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会津若松駅から歩いても20~30分くらいです。

結構近いので、こられた際には、ぜひお立ち寄りください。

さて次の日、朝から

白虎隊の墓へ参拝へ行きました。

飯盛山にあります。


戊辰戦争時に16~17歳の少年たちで編成された

白虎士中二番隊20人が城が陥落したのを知り自決した場所です。


どうしても歴史の流れ上、新政府軍に肩入れしてしまうのですが

今回ばかりは、幕府側から見た歴史に目を傾けたいと思います。


そういろいろと考えながら、山へ向かいます。

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バスがなかなかこないので、歩いていくことにしたのですが、

ざくりと雪が寒く足裏にしみます。

20分くらいで着きました。

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マンホールを見る。地域の柄が入ってるんですよね。
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白虎隊伝承史学館へ到着

明治維新の陰で犠牲になった会津藩の歴史を伝えます。

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その横の道をさらに行くと、神社などがみえてきます。
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先に、墓へ向かいます。
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白虎隊記念館です。

貴重な資料などが展示してあり見応え充分。

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階段でもいけるが、昨日かなり歩いたため、

今回は歩く坂道を利用します。「動く坂道・スロープコンベア」

楽するなよって感じですけどね。

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こんなベルトコンベアー形式です。

面白い構造です。あるく歩道のななめバージョン。

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登りきって、下をみたところ。かなり急な階段です。

雪があるので、やはり階段では滑る可能性があります。

コンベアーで正解かな。

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さて、ページの関係でつづく。