非常にわかりやすい教育の本
「カンニング」という行為について
センター試験の世界史Bの問題が流出したというニュース。
絶対にやってはいけない本番の試験でのカンニング。
いまさらだけれど、カンニングについては苦い記憶がある。
「カンニング」による自己顕示
本番でのカンニングはもちろんだめだが、それよりも深刻な問題になるカンニングがある。
それが、「模擬試験」のカンニング。
これは、昔、家庭教師をしていたときの話。
知り合いのつてでAくんという高校生をみることになった。
Aくんは、高校1年生のとき、偏差値が45程度。入学した学校は、地元でもっとも簡単な公立高校で、大学進学者もほとんどいない。
保護者は、「勉強の相談全般に乗ってくれる、お兄さんのような家庭教師」をAくんにつけようと考えた。そこで雇われたのが私。
Aくんは。飲み込みの良さもあり、偏差値は次第に伸びていき、1年生の後半には偏差値60程度まで来た。
高校2年の真ん中には、英語検定2級にも合格し、秋には偏差値70の大台に到達。
リアルドラゴン桜も夢じゃない!(高校1年からはじめているけど!)
当時の私は大学生で、文系科目全般を担当していたが、保護者も偏差値を見て子どもに期待をかけ、
「数学も見てやってほしい」
とお願いされた。
私は数学が苦手だから、高校の同期の数学が得意な友人を紹介し、2人で「偏差値45からの難関国公立大学受験計画」を立てた。
今思えば、完全に舞い上がっていた。
なんせ、自分の指導している生徒が、ぐいぐい偏差値を伸ばしていくのだから、楽しいなんてもんじゃない。
彼の通っている学校自体は、進学指導に力を入れていない学校だったから
「この成果は俺達のものだ!」
と2人して思っていたと。
「あれ?」とおもったのは3年の10月
3年生の10月、センター試験の過去問を、はじめて目の前で解かせたことがあった。
「センター試験の過去問を解いてみよう!」
すると、その彼の反応がおかしかった。何枚か見たあと、明らかに、顔が青ざめていた。
「今、とかなきゃだめですか?」
「緊張するか?あんまり得点できんでも、そんなに気にしなくてええよ。やってみやってみ。」
果たして、60分後、採点をして驚愕した。
46点。。。
とても、模試で偏差値70を出す生徒の数値ではない。
センター試験の「世界史」だから、まんべんなく出題されるし、基本的なことを覚えていれば解ける。
46点は、基本事項を覚えられていない生徒の点数だ。
模試をカンニングしていた
この謎の答えは簡単で、
彼は模試をカンニングしていた。
が答えである。しかし、その後の相方の数学講師との相談では、
「英検2級ももっているし、授業での基本的な受け答えも、たまにボケかましよるけどある程度はできよるで。たまたまちゃうか?」
という結論に至った。若い2人の大学生が教師ごっこをしていた悲劇である。
なんと彼はそのままセンター試験、私大の滑り止め入試、国公立の入試に突入し、すべての入試で不合格を食らってきてしまった。
しかし、本当の不幸は、このときの保護者。
センター試験で惨敗した次の日、緊急で「家庭との懇談会」を行った。
そこで、私達2人の講師は、2人で話し合った結論として、保護者に以下の見解を伝えた。
・まずは、このような結果になってしまったことについて、深くお詫びする。
・しかし、偏差値70台でセンター試験6割5分は、常識的にはありえない。
・10月からの指導で、怪しい点がいくつか見受けられた
・所感として、ある程度(偏差値55程度)の力はあるものの、偏差値70はありえない。
・おそらく、模試を事前に手に入れてカンニングして、偏差値を操作したのではないか。
・過去問演習なども、書店やネットで答えを手に入れて意図的に正答を増やしていた可能性が高い。
・英語検定2級はもっている。この実力は本物だろう。
・推測だが、英検合格後の高校2年の中頃から、偏差値操作を行っていた可能性が高い。
・本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、今からでも遅くないから、中堅私立大学の後期入試を受けることを提案させてほしい。
これを聞いた保護者の反応は…また明日、別の記事で。
しかし、結果として保護者は最後の提案を飲めなかった。
そして、Aくんは3月の末に、名前を書けば入れる専門学校に入学。
私らは一家から「絶縁」された。
カンニングはする人が悪い。
これは原則としてそうであるが、Aくんのように、
「カンニングしても、なんの得もない試験」でカンニングする生徒もいるのである。
思うに、「勉強ができるようになっていく自分」にあおられて、「上げ続けなければ」というプレッシャーを感じたのかもしれない。
親に、周囲に、先生に、「すごいね」、とそう言ってもらうためだけにカンニングしたのだろう。
やはり、カンニングはする人が悪い。
しかし、このような生徒の内面を見抜けなかった私らもまた、業を背負ったように思えた。

