こんにちは。

不登校児、高校中退者、落第生のための塾を主宰してます守内です。

いつもありがとうございます。
今日から、遠方に住んでいる男子生徒が泊まり込みで勉強しに来ています。
ゲーム依存、スマホ依存で、親御さんはお手上げ状態。お母さんは最愛の息子の怠惰な姿に泣き濡れる毎日で、パートナーのお父さんは「我関せず」。「塾代はおまえ(お母さん)がおまえの給料から出せ」的な"自分大好きセルフィッシュ系"……。
本人も精気とやる気の両方を失い、どうにもなんないところからスタートした案件です。

が、その男子は、うちの講師たち――西川、藤森兄弟、西尾、田口、熊崎と勉強していく中で(……というより、彼らとコミュニケートしていく中で)徐々に自分自身を変え、半年足らずの間に、勉強面は「最下層」を脱しました。某県のナンバーワン中高一貫校に通って、(激しく)落ちこぼれていたんですけどね。数学なんて入塾前は(定期試験の点数が)10点くらいでしたが、直近のテストでは60点台に乗り、平均レベルへ到達しました。社会は最下層からクラス上位へかけ上がりました(英、理はちょっと上がってますが、まだまだこれから)。
勉学面のみならず、生活(スタイル)も著しく改善されました。と言うか、生活スタイルの改善と勉強の成績向上ってある意味「ワンセット」なので、これは当たり前ですけどね。
そして、(何よりこれがいちばん大きいことだと思うのですが)男子は入塾前よりずっと明るくなりました。表情も言動も格段に明るくなりました。これって、ストレートにステキなことだと私は考えます。

うちの講師たちが優秀だ、とアピールしたいのではありません。いや、前述した六人の講師たち(京大生3人、医学生3人)は皆、優しく、秀でています――それは私が常々(しつこいくらいに)申していることです。
そんなことをまたしても重ねて言いたいのではなく、私がこのブログで述べたい摂理はひとつだけです。

人は変われる――。

それだけです。
特に十代男子女子は変わる。変われます。

では、変わる(変える)ために必要なのは、何か?
キッカケと出逢いだと思います。
そのキッカケと出逢いを提供できるのが京都あすなろ教室なんです。言い換えますと、うちのような塾にできることなんて「それくらい」かも知れません。が、「それくらい」が果てしなくデカいとも思うわけで……。


「(泊まる生徒に)勉強だけでなく、ごはんまで出して、たいへんだね」
と私に言ってくれた人がいます。
確かに生徒が宿泊している以上、24時間、私はプライベートな時間を自ら放棄することになります(正規の授業料以外に何か別料金を頂いたりはしません。ごはん代も泊まり代も1円も受け取ってません。だからそこは純然たる無償のボランティアです)。だから、「たいへん」なのは事実です。人様のお子さんを預かるわけだから、テキトーにはやれませんしね。常に気を張ってなきゃいけませんし。

でも。
うまく言えないんですけど、自分が好きなことを好きなだけするよりも、(脳梗塞という重病持ちの自分に)残された時間を「十代男子女子の再生のために使う」ということに、強い意味を見出している私にとっては、こうしたカリキュラムも、こうした案件も、「与えられし歓び」と受け止めているのです。齢50を越えて、自分がやっていることに確かな価値と意味を感じられるというのは、どれだけ幸せなことか、と……。 

「自分の好きなことを好きなだけする。それのどこが悪いんだ? 人生って自分が楽しむためにあるんじゃないの?」
と言いたい男女も一定数いると思います。いていいです。人生をどう捉えるか(どう捉えないか)なんて、その人の自由ですから。「俺は俺の為だけに生きて楽しむ。それが我が人生なり!」という考えも悪くないと思います。と言うか、善し悪しの問題じゃなく、自由ですもんね。
が、私は、やっぱり、そういう生き方を(52歳にもなって)したいとは思いません。
極力「誰かのため」になることをやっておきたい。"大量"ではなくても、少しくらいは人のしあわせに貢献してから黄泉の国に旅立ちたいんです。だって、「俺の俺による俺のための人生」って、「俺」が死んじゃったら終わりじゃないですか。なんにも残んない。
でも、「誰かのしあわせのために貢献できた」という事実は、その「誰か(※私の場合で言うと教え子たちかな)」の人生が続いていく限り、残り続けるはずです。デビッド・ボウイの名曲『changes』じゃないけど、自分の生きた証を(この世界に、時間を超越して)刻みつけることができるんじゃないかと思うんです。それは自分の人生が終焉した後も、厳然として生き残り続ける痕跡です。
やっぱり少しくらいは「自分がこの世に生きた痕跡」を残したいと私は思うわけで……。

昨日、山本太郎(前衆議院議員)が街頭演説で大群衆を前に言ってました。
「死ぬ前に言いたいこと全部ゆってやる!(笑)」
って。
人生は有限。
死ぬ前に何をするか、ですよね。それは山本太郎のような著名な政治家のみならず、私のごとき凡人を含めて、遍く、すべての男女に当てはまることです。

今この瞬間、生きていられることに感謝して、その感謝ベースの生活の中で、自分はどう在るか。どんな人達と交わり、誰と愛し合うか。
こんなに深くて豊かなゲーム、どこにある?! って話です。
任天堂のゲームなんかよりも、実は「生きる。生き抜く。」というタイトルの「ゲーム」の方が遥かに面白いし、愉しいんですよね。


京都あすなろ教室
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今日の昼に生徒に出した豚肉とネギのペペロンチーノです。