NICCO京都本部のブログをご愛読いただき、ありがとうございます。
NICCOブログは、この度全ての海外事務所ブログと統合しお引っ越ししました!
これからは http://kyoto-nicco.seesaa.net/
で更新していきますので、どうぞ今後ともよろしくおねがいいたします。

また、NICCO公式の
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Facebookページ:http://www.facebook.com/NiccoKyoto
メールマガジン:http://www.mag2.com/m/0000122543.html
でも活動報告やイベント紹介をしていますので、ぜひ読んでみてくださいね。
ご存知の通り、宮城県名取市は他地域より比較的復旧が早い被災地です。4月には仮設住宅建設が始まり、並行して「家賃補償(上限付)」が 発表されてから、避難所の人々は「狭い、遠い、不便な、仮設なんかより」と競争するように不動産廻りを開始し、町内会単位での仮設住宅入居を断って、民間賃貸住宅(以下:民賃 と称す)空き物件へ入居していく方々が多かったのが特徴的です。その動きもあって名取市仮設住宅は希望者全員を入居させられる目処が立ちました。5月GWから仮設住宅へ町内会単位で順次入居開始となり、毎週末に避難所から引っ越しがありました。6月第1週には避難所閉鎖が相次ぎ、2週目には完全閉鎖となりました。
その後、市行政としては被災者も日常の地域生活、地域活動を行うことに位置づけ、各仮設住宅の自治会発足のお手伝い等も積極的に行なってきました。民賃住民の方々へは「広報なとり」発行や名取市HP、名取災害FM放送「なとラジ」等を通して震災被災による行政サービス等の情報提供を行なっています。
 現在、名取市では被災者(罹災証明書を持つ方々)全体で約7000人余り。9ヶ所ある仮設住宅団地には県外避難者や福島原発避難者なども合わせて約2000人余りが暮らしています。一方、民賃に暮らす住民はその倍にあたる約4000人以上が暮らしています。

 当初から多くのボランティアや支援団体が日本中から集まり各分野での専門的支援やニーズに合っていたりミスマッチだったり...の様々な支援活動を展開してきました。被災者へ支援提供…その足掛かりの多くが「仮設住宅へ行くこと」だったように思います。外部支援者が被災者と逢いたい、話したい、支援を提供したいという活動ニーズは「仮設住宅」へ行く事で一致出来ていましたし、活動規模もその程度の支援が圧倒的多数でしたので、結果的に地域民賃に暮らす住民が恩恵を受けられず、蚊帳の外になってしまっていた現状は否めません。多くの支援関係者は、名取市の同じ被災者が仮設住宅住民の2倍が地域民賃に暮らしている事実など、知らなかっただろうと思います。

ではなぜ格差はあるのでしょう…それは「個人情報保護の壁」と「市行政のコーディネート不足」です。例えば■■アパート○号室の被災者○○さん宅へ支援活動提供が叶わないのは、外部支援団体の人間には当然教えることが出来ない、地域に暮らす住民の個人情報であるから。また、爆発的に押し寄せる民間の支援活動提供申し出も、あくまで自治会等で地域活動を主体に行なって頂くという行政の姿勢の中、地域へ散らばった民賃住民(被災者4000人以上)全体へ情報提供も支援提供振り分けも出来ずに、日々、多業務に追われていた市行政。そのため、支援団体や民間での各活動が仮設住宅集中型となっていったのは、あの当時は自然な、でも苦しい現実です。

 昨年春~夏には名取市でもこうした多くの支援活動が展開されており、その中で地域民賃住民の方々からは当然ながら支援格差(支援を受けられていないこと)に対して嘆きや苛立ち、怒りの声があまりにも多く聞かれていました。
「支援物資も有名人も、そうした情報もなんにも来ない」
「私たちは何も知らされないし、終わった後で○○提供や○○配布が有った、と聞いて初めて知るんだ」
「私たちも同じ被災者なのに、みんな仮設ばっかり行っちゃうから、置き去りにされてんだよ」
「仮設の人は何でも貰えてイイだろうけどね、私たちは全部買って揃えなきゃなんないんだ」
「市役所行ってもHPに載ってますって…パソコン有ったら見てるわ!みんな流されたんだって」
同じ被災者なのにその恩恵を受けられない現実は、民賃から仮設住宅への引っ越し希望者が出る一面もあり、対応の遅さとお役所仕事に多くの被災者の不信感と呆れ、やがて強い怒りになって市行政へ向けられていました。

 震災から半年ほど経過した昨年の秋頃からは、炊き出し等の単発的支援より継続的な支援活動が地域ニーズであり主体となってきました。NICCOスタッフの私としても名取市保健センター主催「健康関係支援団体合同会議(定期開催)」の場や、市社協委託の「名取復興支援センターひより」へ出向き、仮設住宅支援以外の現状を問題提起していました。ちなみに、復興支援センターひよりは、主に仮設住宅自治会と外部支援団体との間で調整役を担っており、生活支援相談員が各仮設住宅へ常駐配置され、自治会負担軽減を図っております。その働きもあって仮設住宅支援、名取市の小中学生を対象とした心のケア「スカイルーム」 をはじめとした継続的活動の安定実施が定着していきました。
前述の民賃の現状は、名取市も認識しており「仮設住宅支援課」から「復興生活再建課」が設置され、NPO法人や社会的企業に委託する等で事業対応しているようです。昨年冬から、民賃住民へ往復はがきが郵送され、名取市市民体育館で冬季寒冷対策の支援物資配布会を定期開催し、やっと支援物資提供の一端を民賃住民へ届けられたようですが、一部の住民のみ受け取れた…などと疑問の声が出ているのも見過ごせません。すでに1年が経とうとしている現在ですが、市行政発信拠点となるセンターのような部署も設置されており、限られた人員でありながら急務である認識を持ちつつ、市行政も一歩ずつ確実に進展しているところです。

(報告者:NICCO 名取事務所 看護師/心理カウンセラー 宗貞研)
さて今回は、謎に包まれている宿所(?)、つまり我々NICCO東北事務所スタッフが住んでいる場所について書きたいと思います!!「気仙沼唐桑宿所(けせんぬまからくわしゅくしょ)」と呼ばれるこの場所は、学生ボランティアさんがこちらに来ると泊まっていただく宿でもあります。

どんなところか気になりませんか?とりあえず外観からチェックしましょう!
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み…民宿………どういうことでしょう!?実はNICCOは廃業された民宿を借り上げて宿所として使っているんですね。名前のとおり唐桑町(からくわちょう)というところにあるんですが、気仙沼の市街地からはちょっと離れたところにあります。車で20分ぐらいです(地図)。周りにはなにもありません!! あるのはきれいな景色です。

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NICCO気仙沼事務所長が自分の部屋から毎朝撮っている写真。夜になると空一面に星が広がります。私はつい最近、1晩に2つも流れ星を見ました。なんぼ程ロマンティックなんやーーー!!

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さぁそろそろ宿所の中に突入です。玄関。お正月の写真なので、しめ縄が飾ってあります。

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そして内部へ潜入。階段を上がるとスタッフ部屋です。左奥に進むとボランティア部屋です。「宴会場」という看板が見えるでしょうか。民宿感満載ですね(笑)。

東北ということもあり、暖房がある部屋以外は、ほとんど0℃か氷点下です。外の方が温かいのでは?という噂があるぐらいです(笑)。

入って右に行くとキッチンがあります!!
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ガスコンロ、電子レンジ、トースターなど備品が揃っています。でも東北事務所スタッフは(私も含めて)自炊が…大好きではないとだけ言っておきましょう(笑)。ボランティアの皆さんはいろんなものを作って食べています。

次は気になるボランティアに泊まってもらう部屋です!!

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すごいでしょ!?宴会場ぽいでしょ!?(笑)
上は女性用、下は男性用の部屋なのですが、だいたい20畳はあると思います。
この部屋に泊まりつつ東北でのボランティアをしたい学生さんは、ぜひNICCO×YouthFor3.11のボランティアプログラムに★☆応募☆★してください!!

スタッフの部屋はさすがに公開できないので、このあたりで宿所の紹介を終わりたいと思います。
こりこりブログ第5弾,以上で終わります。次回もお楽しみに!!
コリーのこりこりブログ、第4弾!!です。

前回農地清掃ボランティアについて書くといいつつ、寒風沢島(さぶさわじま)の写真だけで終わってしまったので、今回こそボランティアの内容について書きまくって、次回農地ボランティアの参加者を増やしたいと思いますーー!!

次回は2012年2月10日(金)~12日(日)ですが、既に募集人数に達してしまい受付が終了しました。ブログを書かんなくても農地ボランティアは大人気です(笑)。

その次は、2012年3月23(金)~25日(日)です!!
応募はこちらから

さて、2011年12月10日に寒風沢島に上陸した私たちボランティアーズは、被災した田んぼへと向かいました。

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手前の田んぼは、以前に入ったボランティア達の手できれいになっていました。

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手入れのされていない田んぼはこんな状態になります。農地ボランティアの使命は、好き放題に生い茂っている雑草を刈り取り、たまっている瓦礫やゴミを取り除くこと!!

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津波で畦(あぜ)も壊れてしまったので、新しいものを作りました。泥に足を取られて歩くのも一苦労。なかなか不思議なポーズをとっているのは、ボランティアリピーターの鈴木君です。

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作業の様子。みんな容赦なく泥んこになります。

次の日(12月11日)は別の田んぼでの作業。

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鎌を使って葦・蒲などを刈っていきます。一気にズバズバ刈っていきます!!

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津波で流されてきた車。次回これを引き上げることになるかもしれません。

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ゴミも結構落ちているので拾い集めます。

農地清掃ボランティアの活動はこんな感じです!!感想としては、しんどいけど楽しい!! 日頃運動してない人は筋肉痛必至。社会人ボランティアと交流できるのも、魅力の一つだと思います。

NICCO農地復興プロジェクトは、これだけではないんです。寒風沢島以外にも支援する田んぼがありますし、水質、土壌などの環境調査なんかも行っています。実は、その一環として田んぼに住む生物調査も行ったんですが…。

それはまた別の機会に!。こりこりブログ、これからもよろしくお願いします!!
さぁさぁやってきましたコリーのこりこりブログ。このブログを読まなければ夜も眠れないという人々が出ていると噂もちらほら聞きますが、そんなプレッシャーを吹き飛ばして書いていきたいと思います!!

今日は、2011年12月10日から11日にかけて行ってきた、宮城県塩竈市にある寒風沢島(さぶさわじま)での農地清掃ボランティアについて書きたいと思います。

NICCOは2011年12月から被災した田んぼの復興プロジェクトを開始しました。

私は復興の第1段階、田んぼの清掃に行ってきました。寒風沢島は読んで字のごとく海から風がビュービュー吹きつけるとても寒いところです。でも自然がいっぱいで景色もいいので、心が癒される場所でもあります。

寒風沢島には、塩竈の港からこんな船や、
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こんな船で渡るのです。(少年心が揺さぶられるでーーーー!!)
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ちなみに、野々島という島に宿泊場所があって、作業時だけ寒風沢島に渡ります。
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船からの景色がすごくきれいで、これを見るだけでも行く価値はある!!
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今回は学生ボランティア3名と、社会人ボランティア6名と一緒に活動しました。社会人の方はパンダのマークでお馴染み、WWFの職員さんが多かったです。集合写真。宿泊場所の塩竈市浦戸諸島総合開発センター前。
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寒風沢島に上陸!!至る所に津波の爪あとが残っています。
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地震の影響で島全体が約60cm沈んだそうです。これは干潮時の写真。
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満潮時の同じ場所。海から伸びる街灯と海を歩く人々…見たことがない光景。
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島の瓦礫は撤去されて1箇所に集められています。
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右下の小さいのが人の姿。
瓦礫の山がどれくらい大きいかわかるでしょうか?
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島の船着場前。満潮時刻が近づくと一気に冠水が始まります。
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【14時9分の写真】       【14時12分の写真】
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島の写真で結構いっぱいになったので、
作業については次回書きたいと思います。

以上、こりこりブログ第3弾でした!!次回は、28日更新予定です!










東北事務所インターン・コーリーのこりこりブログ!!第2弾!!(毎週水曜・土曜更新予定!)
いやーお待たせしました。何千人、いや何万人のコーリーファンがブログの更新を待っていたのでしょうか。

今日は、気仙沼の「復興屋台村」について書きます。2011年11月26日、港のすぐ近くににグランドオープンした復興屋台村。NICCOの学生ボランティアも、オープン前にお手伝いに行っていました。

以下、屋台村ホームページより引用。
“気仙沼全体で7割、南町はほぼ100%の飲食店が津波で流された気仙沼。飲食業の復興マイルストーンとなる、この「復活 港町気仙沼プロジェクト<復興 屋台村 気仙沼横丁>」は、「港町 気仙沼」を支えるもうひとつの顔である、「飲食店の賑わい」を取り戻すために、仮設店舗をひとつのマーケットプレースに集め、「復興 屋台村」を開業・運営していく10年規模計画の起点です。津波で流された飲食業主の仮設店舗を、「屋台村」の運営を通じて、長期的復興支援をすることで、地域の復興にとどまらず、地元民、ボランティア、多くの漁業関係者、観光客が集まる「被災地の観光化」の第一歩にして参ります。”(URL:http://www.fukko-yatai.com/

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立派な看板がかかっています。

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入り口では、ホヤぼーやがお出迎え!「ホヤぼーや」なのか「ホヤぼーい」なのか、いっつも悩ませてくれる素敵な存在☆ちなみに持っている剣はサンマで、ベルトはホタテ、趣味はサメに乗ることらしいです。ホヤが何か知らない人は言語道断ですよ(笑) 。

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夜は提灯にあかりがともり、めっちゃいい雰囲気に。

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広場の真ん中にはクリスマスツリーが!

先日京都から事務局長がやってきたときに、
あたみ屋というラーメン屋さんに行ってきました。

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たまたまNICCOの調理師さんたちもいらっしゃいました。
一番手前の事務局長も、笑顔でご満悦の様子^^

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ラーメン550円。うまい!安い!

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店主は、2011年11月までNICCOで働いてくださっていた、大友つき子さんです。
“震災前は階上で五右衛門ラーメンを営んでいました。あの日、お店でランチの方付けをしていて地震。割れたお皿の片付けを始めようと思った時、「逃げろ~~」の声。何も持たずに避難。またお店に戻れると思ったから・・・しかし、跡形もなくなった店をみて、当初なにもやる気にならなかった。でも避難所でお礼の気持ちを込めて自慢の餃子をスタッフにふるまった時、「美味しい」の言葉に再起を誓いました。一人息子と店を再開します!!”(「店主の思い」屋台村ホームページより)

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店の名前の由来は?と聞いたところ、
「明るい、楽しい、未来へ・みんなへ」という意味を込めているそうです。

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店に飾ってあったTシャツ。
私たちに今できることは何なのでしょう?

とりあえず復興屋台村や他の店に行っておいしいもの食べまくりましょーー!!それから自分にできることを考えてみるのはいかがでしょうか。腹が減っては戦が出来ませんから(笑)。

以上、こりこりブログ第2弾でした。
次回は25日に更新します!
皆さん、はじめまして。今月からNICCO東京事務所でボランティアをしています、宮後です。事務所は雰囲気も良くにぎやかなので毎日楽しく活動しています!

最近は、NICCOのパレスチナのオリーブ農家支援で生まれたオリーブオイルの包装や広報業務のお手伝いなどをしています。このオリーブオイルをきっかけにパレスチナへの関心が深まればいいなと思います。

ところで、みなさんがNICCOと巡り合ったきっかけは何でしたか?

私は、東日本大震災でした。

震災が起こったとき私は大阪にいました。
報道を見て、「何か行動しなきゃ」とボランティアへ行くことを決めた時、京都から東北へバスを出しているNICCOのことを知りました。以来、学生ボランティアとして何度もお世話になり、今は縁あって東京事務所でボランティアをさせて頂いています。

NICCO東北のボランティアでは、主に避難所での炊き出しを担当させて頂きました。

5月の宮城県気仙沼市。

初めて訪れた気仙沼の景色は、家と船と電柱と車とバスと木、街にあったであろう物全てが混ざってぐちゃぐちゃで、正直よくわからない光景でした。というのも、非現実的すぎて、元々ここでどんな生活が営まれていたのか想像がつかず、 起こった事の大きさ・悲惨さを、現場に居るにも関わらず理解することができませんでした。

炊き出しのボランティアをしていると、毎日たくさんの方がお声をかけて下さり、津波以前のお話や、津波が来たときのこと、これからのことを話して下さいました。当初実感できなかった景色が少しずつ現実味を帯びるようになったのは、そこで生きている方々と触れ合うことができたからかもしれません。

また、現場ではNICCOの「自立支援」という理念を考えさせられました。「どこまで支援するのか」「どんな支援をするのか」「NICCOがもう必要ないって言われるのが一番いい」とおっしゃっていたのを覚えています。NICCOがいつか必要なくなるために、今必要なやるべきことをする。その考えは、他の支援先であるパレスチナやマラウイなどにも共通するのだと感じています。

つい先日、また気仙沼に行ってきました。現場に行くといつも無意識のうちの心の風化に気づかされます。忘れないための試みはたくさんありますが、NICCOと付き合い続けていくこもその一つかもしれません。現場の様子もニーズも変化していました。これからのNICCOの動きに注目です!私が東京事務所のお手伝いができる期間は少しだけですが、どうぞよろしくお願いします!
皆様はじめまして!!
NICCOでインターンをしている片野田義人と申します。
これから、週2回ほどブログを更新して、NICCOが東北で実施している東日本大震災被災者支援事業や、被災地の現在の状況、その他諸々をお伝えしていきますのでよろしくお願いします!

ブログをはじめるにあたって、やっぱりタイトルが必要やなと思いました。私が書くこの東北シリーズは、「コーリーのこりこりブログ!!」と名付けることにします。なぜこのタイトルにしたかは後日お伝えします!お楽しみに!(毎週水・土曜更新予定!)

さて、記念すべき初ブログは先日参加してきた「かぼちゃ粥会」について書きたいと思います!!このイベントは、2011年12月6日に気仙沼市の松岩公民館で行われたのですが、学生ボランティアとともに調理や配膳のお手伝いをしてきました!

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調理する学生ボランティアとNICCOの調理師
調理師のみなさんは、さすがプロやなって手つきで感動しました!
見てください!右端のかつらむき!めっちゃすごい!

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でっかいでっかい鍋でかぼちゃ粥を炊くボランティアのみなさん
学生とはちゃいますよ(笑)

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かぼちゃ粥を待つ参加者のおばあちゃん、おじいちゃん
100人以上の方が集まりました!このときはみんなで手遊びをしています。
「大型バスーに乗ってます♪」とかやりました。なんか懐かしい感じ(笑)

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料理を運ぶ私!ちなみにこの写真を撮るために3秒ぐらい静止しました。
やらせやないかーーーーーーーい!!

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メニューは、かぼちゃ粥、酢の物、お漬物、みかん!
手前のお花は食べへんでーーー。

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かぼちゃ粥どアップ!!味は甘い!でもおいしい!

かぼちゃ粥には結構な量の砂糖が入っています。酢の物と、お漬物があった理由がよくわかりました。この辺の人は、冬至にこのかぼちゃ粥を食べて寒い冬に備えるそうです。

量が多くておなかいっぱいになったんですけど、参加していたお年寄りの方々は結構ぺろっと食べていてびっくりしました。食事のあとは、カラオケなんかもあってみんな楽しんでいた様子でした!

本当はもっとたくさんの人に来て頂きたかったそうですが、このあたりは高齢者が多く、移動手段がなくて来られなかった人が多くいただろうという話を聞きました。

これに限らず、他にイベントなどがあっても足がなくて行けないという人はたくさんいます。この問題は、高齢者の多い被災地で今後も課題になると思います。

以上、初ブログでした!!
次は21日に更新します!
NICCOは、2011年8月2日(土)~4日(木)の2泊3日間、山形県朝日町「Asahi自然観」キャンプ場にて、宮城県名取市立閖上中学校H22年度卒業生を対象としたサマーキャンプを開催しました。卒業式当日に地震、津波に襲われ、同級生3名や家族の命、家と故郷を失ってしまった閖上中学校卒業生。震災後、住む場所や高校がばらばらになってしまった仲間たち15人と閖上中学校の先生2人が5か月ぶりに再会し、震災や被災後の生活から感じている悩みやストレスを語らい、分かち合いました。
今回は、参加卒業生たちの許可を得て、このサマーキャンプの模様を皆さまに5回に分けてご紹介させていただきます!(毎週木曜日更新予定!)
報告者は、NICCO名取臨時事務所にて心理社会的ケアの活動を行う看護師/心理カウンセラー・宗貞研です。

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<3日目②>

キャンプ最後のプログラムは「Talking Stick」です。
「みんなの前に、1本の木が置いてあります。これからはその木を持っている人だけが、好きなだけ、好きなように、今回のワークキャンプに参加した感想を話してもいいのです。木を持っていない人は、その持っている人の話を一心に聞く。それだけがルールです。
もしかしたら“僕は話したくない”という人もいるかもしれない。それでも大丈夫です。でも、必ず1回はその木を持って、しゃべらなくてもいいから心で念じてください。持つだけで十分です。」
静寂が訪れました。誰も話そうとはしないまま、時間が流れていきました。高校生の先陣を切って、1人の女子が立ち上がりました。
「全員(揃って)ではないけど、参加出来て良かった。あれ(震災)以来、初めて会う人もいて、変わった人もいたけど、先生にも会えて中学校のときみたく懐かしくて楽しかったです。今回こうして機会を作ってくれたことも感謝しています、ありがとうございました。」
続いて男子もしっかり立ち上がって語り始めました。
「あれから色々あって、高校に行ってからも色々あって、みんなバラバラではあるけどこうして会えた事がうれしい…だからこれからも気持ちだけは繋がっていきましょう。」
実に1時間をかけて、全ての高校生が前に進んで木を持ち、ちゃんと自分の気持ちを語ってくれました。スタッフや先生からも、自分が直接被災したにも関わらず、その後の忙しさの中でなかなか心の整理ができていなかったことが涙と共に語られました。

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ゆっくりと全員の素直な告白を終え、「閉会式」で3日間の全日程を無事終了しました。自然体験スタッフや桑山院長らと別れ、山形県Asahi自然観を離れます。みんなが気持ちをひとつにしたまま、バスに乗り込み地元名取へ帰宅の途につきました。スタッフや桑山院長らが高校生達を乗せたバスを見えなくなるまで見送っていた午後は、今回のサマーキャンプ成功を盛り上げるように日差しがまぶしい真夏の快晴の青空でした。

閖上中学校H22年度卒業生のサマーキャンプ実施レポート<完>
(報告者:NICCO 名取臨時事務所 看護師/心理カウンセラー 宗貞研)
NICCOは、2011年8月2日(土)~4日(木)の2泊3日間、山形県朝日町「Asahi自然観」キャンプ場にて、宮城県名取市立閖上中学校H22年度卒業生を対象としたサマーキャンプを開催しました。卒業式当日に地震、津波に襲われ、同級生3名や家族の命、家と故郷を失ってしまった閖上中学校卒業生。震災後、住む場所や高校がばらばらになってしまった仲間たち15人と閖上中学校の先生2人が5か月ぶりに再会し、震災や被災後の生活から感じている悩みやストレスを語らい、分かち合いました。
今回は、参加卒業生たちの許可を得て、このサマーキャンプの模様を皆さまに5回に分けてご紹介させていただきます!(毎週木曜日更新予定!)
報告者は、NICCO名取臨時事務所にて心理社会的ケアの活動を行う看護師/心理カウンセラー・宗貞研です。

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<2日目③> 

キャンプ最後の夜は「地球のステージ」公演です。
地球のステージ閖上中学校版「震災復興特別編」を、桑山院長が歌い語り伝えます。年間250回以上の公演実績を持ち、全国の教育機関や学校を中心として幅広く支持されている地球のステージが、参加者の心に深く届きます。参加者にとっては、自分たちの知っている桑山さんが聞かせる歌声と魅せるステージに新鮮な驚きを覚えたでしょう。真剣にステージを観ていました。スクリーンに映し出される映像を見ながら涙する場面もあり、桑山院長からみんな感動を頂いた夜となりました。
地球のステージの公演後、みんな一緒に花火をしました。等身大の16歳である彼らの、自由にはしゃぐ笑顔と楽しむ姿を見ながら、今回のキャンプが高校1年の夏休みの想い出の1ページになるはずと確信しました。

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<3日目①>

3日目最終日、まずは「3ヶ月後の自分への手紙」です。
「みなさん、3日間おつかれさまでした。3月11日以降、みんながいろんな思いで生きてきたことが伝わってきました。あの日のことを語ってくれた勇気、家族への感謝の気持ち、みんな本当に素直な心で僕たちに伝えてくれてありがとう。
僕たちの人生はつながっています。過去の自分、例えば閖上中学校にいたときの自分。そして3月11日、あの日の自分。それから高校に進んだ自分。そしてこのサマーキャンプの誘いが来たときの自分、行こうと決めた自分、そして参加した今の自分。
そんな今、未来を想像してみましょう。将来の自分、どんな職業についているのか、何をしているのか。遠い先の未来を想像してみましょう。
さて、今からみんなにお願いがあります。これから3ヶ月後の自分に宛てた手紙を書きましょう。3ヶ月後は11月4日の自分です。3ヶ月後はどうしているだろう。どんな思いでいるだろう。何でもいいんです。3ヶ月後の自分に向けて手紙を書いてください。
私たちはそれを一切読みません。みんなが書き終わったら自分で封をして、住所と名前を書きましょう。そして裏には“3ヶ月前の自分より”と宛名を書きましょう。」
高校生たちは便せんを受け取り、思い思いの場所で手紙に向き合いました。内気だった子も、良くしゃべった子も、恥ずかしがりやだった子も、照れ屋だった子も、元気いっぱいだった子も、悩みを抱えて俯いていた子も、みんな緑の空気に包まれて、一生懸命、未来の自分への手紙を書いてくれました。
静かな美しい風景でした。

その5(来週12月8日(木)更新)に続く...