しゃべる、ということで一つ思うことがあります。それは言語によっての違い。


例えば韓国の映画なんか見たときに思ったんですが…まあたまたまそういう場面だったからというのもあるんですが…というのは、何か小さい子が駄々をこね、それに親がしかりつけるというシーン。

私はあれからやけに「ラフなしゃべり口だな」なんて思ったんです。で、一度韓国の方に「韓国の方の言葉って、ラフな印象があるんですが、映画はすごく感情がストレートで胸に迫ってくるものがあります」なんて言ったときに…多分前半の言葉のくたりが気に障ったんでしょうね。露骨に嫌な顔されまして(笑)。

いや~あれは私が悪かった。でもなんでしょうね、向こうの人の言葉ってやはり日本語に比べると濁音の響きが独自なのか、感情が出るしゃべり方をすると余計にその発音のきつい部分が目立つというか。言葉がすごく国民性を表しているようにも思えるんですよね。まあいろんな人いろと思うんですが…


一方で嫌な思いしたのが、英語。まあ、これに関して「しゃべれない自分自身が悪い」という見られ方もあるのかもしれません。でも不愉快な思いを何度かすると、「それ、変じゃない?」と思えてくるところもあるんですよね。


何年か前にアメリカに行ったことがあるんですが、向こうの人がやたら言葉でまくし立てた挙句、「ふん、お前は英語しゃべれへんのか、もうええわ!」ってずいぶんと邪険な態度をとられたという経験があります。

もうそのしゃべり方も押しが強い感じもあり、強引にまくしたてたようにも聞こえるんです。それで通じないとわかったら簡単にお払い箱、みたいに見えて非常に印象がよくない。アメリカ人ってみんなこんななの?ってやっぱり印象よくないですよ。

たまたま私が会ったがそうなのかもしれないですが、正直私にはそのトラウマ的感情は拭いきれてなくて、実は心の隅にあっちの人の気持ちを理解しきれない部分があります。


ちなみによく「中学校から大学まであれだけ英語を勉強して、なんで日本人はしゃべれない?」とか言われるけど、やはり問題は実践の足りなさだ、というところなんですよね。

で、これYouTubeなんかの最近のサギっぽい広告なんかで(笑)、やたらこういうことを言うんだけど、その本質を実はもっと知らないといかんという気もします。

というのは、やはりスピード感。「英会話上達には“シャドウイング”がいい」という話を聞きました。これは例えばDVDを英語音声にし、台本か英語字幕で役者と同じようにしゃべってみるということ。

なるほど、と思って実際やってみるとやはり向こうの人の話、速すぎるんですよね、私には。「ホンマに自分たち、これ使いこなしてるん?事前にセリフ用意してるやんけ、って映画だけど、普段からこんなに速いの?」とかかなり困惑します。


何度かやっていると慣れるのかもしれないですが、最初はかなり戸惑います。本当かいな…と思うかもしれませんが、よく考えてみると例えばBSなんかで流れている英語のニュース、あれかなり早口ですよね。いや、あれ早口じゃなくて普通なんです。つまりはあのスピードに慣れないと、結局英語なんて聞き取れないし話すのも難しくなるのは当然だ、と。


さて、ついに暴挙に出ました(笑)。ラジオに挑戦です。

まあ出来はともかく、ラジオっぽい感じしません?というのも、ラジオを参考にしたんだから当然といえば当然ですが。


で、まずどういった機器で、どういった構成でみたいなのは…まあ置いておきましょうよ。次回にします。

それより、まず何を狙うか、の方が大事じゃないか、と思うんですよね。機器なんてあとでいくらでもバージョンアップできるわけで。だってただしゃべるだけだと、恐らく相当聴いてられないものになるのかと(これも結構聴いてられないものかもしれませんが(笑))。


だから、まずは録音に必要な素材を集めることからスタートです。素材というのは、当然自分の声、そして音楽はあった方がいいと思います。

これはフツーの民放ラジオのアイデアなんですが、やはり何かタイミングをうまく作ったり、内容の要点を整理するのにこれ、重宝します。あるとないとでは大きく出来が変わると思います。今回はフリー素材で頭と終わりの2曲、そして途中の句切れとなる効果音2曲を用意し挟み込みました。


で、最初はタイムテーブルみたいなのを作る方が絶対いいでしょう。ラジオのパーソナリティーはめっちゃプロの人なので、結構バタバタした状況でもある程度対応して最後はしっかり締めたりできるんだと思うんですが、こんなところでしゃべったことないと、いきなり「しゃべれ!」って…まあ無理です。

なので、今回事前にこんなテーブルを作ってみました。

ーーーー

 1)挨拶

 音楽→しゃべる(フェードイン:音楽少し音量下げる)→音楽戻した後でフェードアウト

  番組名、しゃべっている人の名

 2)本文1

   余鳴

 3)本文2

   余鳴

 4)後挨拶

  音楽→しゃべる(フェードイン:音楽少し音量下げる)→音楽戻した後でフェードアウト

ーーーーー

話す内容

1.ラジオを始めた理由

2.ガースーの牛話

  ・

  ・牛といえば・・・

  ・キャンプ話につなげてみたり


まあ「なんじゃこれ?」って感じだと思いますが、これもなしでしゃべれるというと相当できる人のような気もします。というか、パーソナリティーの人も、例えば事前に「何の話をしようか」というのは、例えばおぼろげながらでも事前に考えているところはあるのではないかと思うんです。

これで大まかな素材作成構成も作れますしね。そしてこれでやってみたのが、頭のYouTubeで作った番組、というわけです。

実際にやってみて感じたのは、

1.一人で何でもやってやろうとすると、ボリュームコントロールをある程度事前に決めておかないと難しい。しゃべっている時にならす音楽の音、音楽の時だけの音量、なんて。だから今回は中間の効果音がやけに大きいかと思いますが、ここコントロールしていません。

2.話すときには、おそらく聴いてもらう人を「第二者」と意識しないと厳しいかなと思います。独り言ほど聴いていて厳しいものはないのではないか、たぶん意図して作らないと聞けるものにはならないか、と。

3.話に「オチ」を意識する必要があるかと思います。いろいろ話が発散するのはいいかもしれませんが、変な区切り方をするとそのあと聴く気になってもらえない気もします。その意味で、結構今回いい加減なオチにしてますが(笑)。もちろん意図して「発散したオチ」にするというのもありかと思いますが、慣れないうちは「オチ」があったほうがいいかと。

ちなみに、システム的にはこんな感じ。システム、っていうほどのものではありませんがね。これで3つほどのしゃべり素材と、効果音をPC上でつなぎ、ムービーメーカーなんかのソフトで画像と結合し映像ファイルに変換、YouTubeにアップした、というだけのものです。

出来はどうでも、なんか楽しくなってきません?ブログで長々書いて「読まれないな~」と思われている人には、是非お勧めしたい。

上記は以前も紹介した本ですが、実はラジオをやってみようという考え、この本にそのススメのとっかかりがあったんです。これを読んで「そういえば、やってみるのも面白いかもな」とふと。次回はちょっとハード関係のものを紹介します~


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今日、小池都知事の緊急記者会見が行われましたが、警戒レベル最大にもかかわらず、ついに緊急事態宣言は出ませんでした。でもこの数日の急速な感染者数拡大が続くのであれば、2度目の緊急事態宣言は避けられないでしょう。ヨーロッパではすでに始めっているといいます。

小池都知事、なんか公の場に出られるのを見たのはずいぶん久々の気もしますが、すっかり老け込んだ印象で(笑)。やっぱり心配事も絶えないのでしょうね。外食に対して「控えて」とはいわず「大人数を控えて」と、なんかギリギリでとどまっている様子。

この言い方、政府の人間としての対応では、これが限度なんでしょうね。「控えて」なんて、もう口が裂けても言えない。経済が崩壊寸前、ここでやめろなんてことが言えないという様子がまざまざと見せつけられています。

政府はできるだけのことはやった、もうあとは各自の裁量にお任させするしかない、あなたたち自身が自分を守らなければ、あなたたちは生きていけないよ、と暗に言っているとしか思えません。なので、もうああいった公示をそのまま鵜呑みにせず、「Go To」だからと浮かれるのももうマズいのでは?

私はもう感染するのが怖いので、食べに行くなんて今はできるだけ避けたいところです。少人数でも嫌。この前何とか勇気を振り絞って某スポーツ観戦に行きましたが、もう政府の適当な政策に惑わされて感覚がふやけ、対策をずいぶん怠けている人もたくさんいました。それも結構年配の人が。いや、常識のなさそうな若い人も多かったかも。

だからこんなこと言うのもなんですが…「観戦にそこまで不注意なのは、自己責任だけでも認識して。かかっても文句言わないで。かかってない人を巻き込まないで」って。なんか政府の怠慢なんて言葉はあちこちで言われていますが、今では各自の事態に対する対応はどうなの?と疑問に思っています。「Go To」が始まったから感染拡大が起きた、なんていう人もいるかもしれませんが、「Go To」自体に感染拡大の要因はありません。「Go To」で人の行き来ができたから拡大したのです、って言いきってしまうとまた文句出るかもしれませんが…

一方で、「食いに行くな!」というと商売人はどうなの?というはなしもあるかもしれません。実際廃業に追い込まれ悲惨な目に会っている人も多くいます。が、ここは冷静に先を見据えた判断が必要だと思います。

全開ブログでも書きましたが、業界では「2021年はもう期待できない。2022年に期待するしかない」と言われているくらいなので、2021年はまだ辛抱の一年が続く気がします。すると、政府の支援もままならないまま一年。これはかなり過酷であります。大手の企業や店舗は、何か逆にうまく施策を打って、敢えてこの時期に店を出すというツワモノもいますが、一般の自営業なんかではかなり厳しいでしょう。

場合によっては、一度店を閉めてコロナ感染終息を見据え、一時今の事業を止めるという選択も考えるべきかもしれません。もちろんやめられない人というのは、そのプライドがゆるさないのでしょう。でも今はみんなが生きていくことを考えなければなりません。「こうしろ」なんてことは私からは提言なんてできませんが、一度今やっていることを止める、というのは選択肢の一つです。

実際一度、今までやっていた自分の仕事を止めたことで、今まで考えてみなかったものを見るかもしれません。それが例えばもともとの商売に戻る際に、大きく助けになることがあるかもしれません。

今は一度引く、というのは大きな考えだと思うんです。例えば先日ブログで話した「オークション」の話。実は今、みんなお金が欲しいからと売値って結構下がり気味なのではないかと思うんです。つまりオークションで稼ごう、なんて考えている人はここ一年~二年って勝負になるんじゃないか、と。今、いかに現状に戻ったときに高く売れそうなものを集められるか、そして景気が戻ったときにどんな戦略を立てれば、大きな利益を得ることができるか。すごく大きなチャンスだと思うんです。現状をいろいろに考えて策略を打つというのは、結構ワクワクする話ではありませんか?

ちょっと嫌な話、下世話な話を続けてきましたが、一方で気にしているのが、また緊急事態宣言のように生活を大きく縛られる事態が発生すること。またコンビニの売り場がすっからかんになることも見えてきているところで、マスクなんかも人が群がってくるかもしれません。

パニックになる前に、自分たちの生活、最低限外に出られなくても何とか食べられるくらいの備えは、徐々に始めたほうがいいかもしれません、町がパニックにならない程度に。

その中でふと思ったのが、食べ物自体です。どうしても「買いだめ」と考えてインスタント食品が主になってしまうのは仕方ありません。ただ、毎日インスタントなんて絶対体によくありません。

私は今年の頭に東京から広島に戻りました。東京ではインスタント色が中心でかなり太ってしまいましたが、こちらに戻って、家族がある程度気にして作ってくれる食事に代わると、対して運動もしていないのに体重は10か月で20kg近く減り、気持ちもちょっと穏やかになった気もします。

私の場合は去年まで相当体に悪い食事を続けていたわけですが、皆さんもこういった状況になるとかなりつらいでしょう?

で、肉や魚といったものだと、なかなか買いだめなんて難しいところでしょう。まあ業務スーパーなんかで冷凍食を買うという手はあります。

ただ、野菜は難しいですね…そこで一つ思うのですが、家庭菜園をこの際、初めて見てはいかがでしょう?

家庭菜園といっても、まずはそんなに大きな規模で始めなくてもいい、極端な話まずはもやしを作ってみましょう、というレベルで始める。

それである程度手間をかけずに物を作れるようになったら、種類も規模も増やしていく。郊外なら借用農園なども利用できるかもしれません。

都心は難しいので、ベランダに鉢植え程度でも、何か小さなものは簡単にできそうです。例えばラーメン一杯食べるとき、小松菜やネギがあるなしで味も、満足感も大きく違います。

また、家庭菜園の面白さというものが知れれば、まさに一石二鳥ではないですか。「めんどくさい」と思われるかもしれませんが、まずは最低限我慢できるレベルから初めてみては。逆境に置かれる中、何か新しいものに出会えるかもしれませんよ。


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東京がついにコロナ感染者500人を超えたということが、午後一のニュースで報じられ、戦々恐々とする声、政府への非難を叫ぶ声、全く動じないという強がりの声などさまざま。

でも、総じて今どういう状態なんだろう…?と見ると、やっぱり感染拡大は続いているんじゃないでしょうか?検査数は増えているし、新たに検査される数が多くなっているから、新たな感染者も出てくる、でもそれが必ずしも拡大かどうかというといろんな指標で観察することが本来は必要。

ところが、数日前には1日200人程度だったのが、ここにきていきなり500人超、全国でも感染者増加傾向にありここ広島でも二桁。主観としてですが「増えている」としか思えません。しかも危機的状況です。

で、この状況において騒がれているのが、再びの緊急事態宣言出るか?という点。もう一度やってしまうと、経済が倒れるとかなりみんな戦々恐々です。ある意味感染より破産の方が怖いとみる人の方が多いかも。

ウィルス危機への対処として、凡人の考えでは、対処チームへの支援を厚くしてとにかくワクチンを早く作ることか、と思っていたんです。実際、日本でも一度目の感染拡大を「緊急事態宣言」である程度抑え込み、その間にワクチンの開発を待っていました。

実際に日本はある程度感染者増加を減らし、そしてアメリカではワクチンがようやくある程度めどがついたという。じゃあ、あともうちょっと我慢すれば、元に戻ることも…

ところが、経済がヤバいと「Go To」絶賛開催中で街中大繁盛、さらに最低限の支援として行っている政府の給付を、悪意をもって不正申請する人間が続出。

こうしてみると、未知のウィルスにより人物に対して脅威、壁となるのは、「どうウィルスを倒すか」という、化学的な対処より、社会的な対処のことなんだという気がしてきました。実に人間は

「面倒くさいもの」

であります(笑)。すいません、つまりは一人で生きていないということって、そういうことなんだと思うんです。思ったら即実行!なんてのは、関わる人が多ければ多いほど簡単に決められないものなのだと、改めて思うところなのであります。

今の政府がちゃんとやっている、とは言わないけど、それでも「緊急事態宣言」で一時はある程度抑え込んだわけじゃないですか。そういうのがここ数日のこの悪化状況で、まるで無いことになってしまっている。今のこの状況って、何なんだろうな…と思います。

多分誰か、何か一つが特に問題というわけではない、みんな何か見落としているんじゃないか。もちろん、この私自身にも…まあ私に限っては、毎日何もかもを見落としっぱなしなんですが…迷惑かける人、すんまへん…(笑)

こういう状況だと、なかなかDIYなんて方向に気持ちを向けられませんな。「いや、こういう時こそかえってDIY精神だよ!」という考えもあるかもしれませんが…

あ~2日後には「広島国際映画祭」だけど、ひょっとして直前に中止とか言わねーだろうな、とか心配になってきた…


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