ブログにも飽き、PCにも飽き、SNSにも飽き、では何をしていたか?
元々アナログ人間なので、直接的な繋がり以外余り興味がないのかもしれない。
つまり、バーチャルな空間は『いずれ飽きる』という事を私はどこかで知っていた。
10年以上前もこんな感覚あった。
夢中な時は夢中なのに、ふとした瞬間に全て手放したくなる。
全てが窮屈に思えてくる。
そんな時は旅行が一番、と図書館で本を借り、ほんの少しだけ出掛けていた。
なのでここ数日の事を記録するとなれば、
読書・旅行・飯・読書・旅行・飯・男・読書・旅行・飯・男・旅行・読書・飯・旅行・読書・面接・飯・映画・読書・面接・採用・飯・映画・読書・飯・読書・男・飯・読書
と言った感じだろうか。
なんてアナログな過ごし方だろう。
そんな生活を送っている内に、ケータイやパソコンなどなくても生活に支障はないのではないか、とすら思えて来た。
いや、パソコンは必要なくとも、ケータイは現代人の必需品であり、今やどんな古めかしい職業であろうと連絡手段として必須アイテムなので仕方あるまい。
しかしパソコンは必要だろうか?
情報を得る為には、新聞を購読していない私の様な人間には必要なのかもしれない。
テレビもロクに見ないし。
けれど大した情報を持っていなくとも、他人とのコミュニケーションは取れるもので、結局の所、自分には映画と本さえあれば十分な気がしなくもない。
たまに音楽。たまに旅行。たまに男。
誤解がない様に言っておくが、男=セックス とは限らない。
ただ、女が苦手なだけ。
私の中では、友達=男 なだけなのである。
ケータイのアドレス帳を見ると(やはりケータイは必需品であるかもしれない)、女では連絡を数年取り合ってないものが8割、男では5割、登録件数は半々である。
私は余りマメな方ではないので、男女問わず余り自ら連絡しない。
来たメールには必ず返信しないと気持ち悪いのだが。
本当は電話の方が用件がさっさと済ませられるし、余計な絵文字も使わなくていいし、微妙な感情が判りやすいから好きなのだが、何分通話料が高い。
なのでやはり主にメールを使ってしまう。
と、自然に文章が上手くなるかと言えばそうでもない。
以前、今でもたまに見掛けるが、『一応』を『一様』と打っていたり、『~してくるわ』を『~してくるは』という文章があると、訂正したくなるが訂正しない。
『細かいヤツ』と思われたくないから。
他にも色々あるが、彼らは『文字』ではなく明らかに『音』で覚えているのだろう。
しかし『~してくるは』は音ではない。
恐らく『こんにちわ』が正しくは『こんにちは』である事を知って、更に勘違いをしているのだと思われる。
その様な文章を見掛けた時、一瞬頭のなかに『?』マークが浮かぶが、もう慣れてしまった。
だからと言う訳ではないが、小説を読むとホッとする。
私の書く文章にも勿論誤った使い方をしている個所は山ほどあるだろう。
もう少し本を読んで正しい日本語を使える様になりたいと思ったのが、ここ数日の感想。
余分な情報は切り捨て、自分の好きな事だけやって暮らして行きたい。
やっと決まった仕事は特に『やりたい事』でもないが、気持ちに余裕を持って出来る仕事の部類だろう。
その点では、私の性格に合っている。