2015年1月2日(金)


 ほぼ1年ぶりです。なんとなく忙しくなったのとPCの不調を放置していた

せい。

 PCおたくの息子が東京で就職してしまったためになすすべがなく、1年が

過ぎたというわけ。正月休みで息子が戻ってきたのでようやく使えるようにな

りました。


 この1年、相変わらず濫読と畑仕事、山仕事に明け暮れていました。特に

山仕事はチェンソーや斧をそろえ、薪づくりも上達、ついに自宅の居間にも

薪ストーブを設置。


 読書は目下、寺西重郎の「宗教と経済行動」という本に没頭中。現代に

よみがえるM・ヴェーバーといった趣でなかなかの本です。おいおい紹介して

いきたいと思います。


 この1年、読書は感想を書かないと頭に残らないことを痛感したところです。


 皆様にとっても、今年がよい年となりますように。

 

1月26日(日)


 このところ急に仕事が増え、先週は毎日午前様。少し、新しい投資を

視野に入れた調査などが増えている。このままの調子が続いてくれれ

ばいいのだが。新興国の株安が気になるところ。


 昨日は、北陸では珍しい穏やかな天気。ログハウスで読書をしている

のがもったいなくて、思い立って山に出かけて雑木を伐る。ドングリのよ

うな木。直径20CMくらいを2本伐り倒して、そのまま放置。


 それで今日は午後から妻と一緒に軽トラックで出かける。長さ2M位に

切り分けてトラックに積んでログハウスの軒下に立てかける。春になった

ら薪の長さに切りそろえて、ナタで半分に割る。そして数か月ストーブの

横で乾燥すれば立派な薪になる。


 夕食はログハウスで1合の米にキノコと野菜を入れてた雑炊風のお粥。

このところ週末はこのお粥が定番。おかげでまた少しずつ体重が減って

いる。新年会も何とか乗り切り、60Kg目前まで来ている。ここ10年で最

も軽くなっている。体調も良い。


 The great degeneration (邦題は劣化国家:この訳が良いのかどうかは

わからないが)を読み始める。毎朝のカフェ読書。読みやすい英語。内容

もWhy Nations Fail と共通する部分が多い。どちらも、ダグラス・ノースの

強い影響を感じる。制度論が新しい流行期にあるのだろうか。かつて、経

済のパフォーマンスの違いを制度で説明しようという流行があった(青木昌

彦など)。今、国家・社会の歴史的な発展(衰退)を制度から説明しようとし

ているようだ。


 

1月19日(日)


 依頼され、少子高齢化政策関係の会議に参加することになった。以前少し

勉強しただけでこのところ全くフォローしていないのだが、断れない事情があ

り受けることに。付け焼刃で数冊本を買い込み読みあさっている、


 まず、スタンスをしっかりさせるため、以前から読んでいる廣井良典氏のもの

を積み上げる。そして、新しくて幅広いものということで適当に買った福祉+α

シリーズの「福祉政治」。宮本太郎編著ということで選んだのだが、これが思わ

ぬヒットであった。先週読み終わった「デフレーション」の日本社会構造分析と

ぴったりと一致するのである。


 ということで、次回から紹介をしてみたい。これで会議もなんとか乗り切れそう

である。

1月19日(日)


 また、サボってしまった。このところ週末にログハウスに行き、薪ストーブ

に火を入れて仕事を整理したり、読書することが習慣になっている。テレビも

ラジオももちろんPC環境もないので、ブログを更新することができないのだ。


 「デフレーション」は読み終わった。著者の主張を簡単に要約すると、次の

ようになる。


 日本のデフレの原因は、我が国の賃金構造が柔軟なこと(他の先進国より

も下方硬直性が弱いこと)にある。つまり、企業は雇用を維持するため賃金を

引き下げることが比較的容易であることにある。労働組合も法制度も、国民全

体にも雇用維持を重視し、そのため賃下げには比較的寛容な風土がある。


 また、正規・非正規間の給与格差が大きく、非正規雇用が増えてくるとデフレ

に移行する傾向が強くなる。


 この辺りは日本の企業社会の雰囲気をとらえており、説得力がある。なぜ、

日本だけがリーマン以降デフレに陥っていったのかも説明しやすい。


 さて、デフレーションの最大の害悪は、筆者によれば、それがイノベーション

を阻害することにある。商品価格の低下に対応するためのインクリメンタルな

対応にばかり取られて、真のイノベーションが止まってしまうのだ。その通り

だと思う。


 イノベーションなき経済は衰退し、組織は劣化する。「なぜ国家は衰退するの

か」において、アセモルグやJ.ロビンソンは正当な報酬を保障する所有権制度の

重要性をイノベーションの根源とした。これをイノベーションのマクロ理論とすれ

ば、デフレの及ぼす影響は、イノベーションのミクロ理論ということができよう。


 


1月5日(日)


 ついに長い正月休みの終わり。昨日は、二人の息子もそれぞれ大学のあ

る街に帰って行った。次男はサークルの集まりがあるという。長男は卒論と

か理屈を言うが、彼女に早く戻れと言われているにちがいない(と妻は主張

する)。妻は会ったこともない息子の彼女に対して極めて辛辣である。母親

というのはそんなものなのかもしれない。これでは京都に出張したときに会

っているとは言い出しにくい。


 夜は東京の友人と酒を飲む。つい昔を思い出し、早く帰るはずが久しぶり

の午前様である。1年ぶりにクラブに足を運んだ。


 休みに飽き、また仕事のことも心配になり、今朝は朝からオフィスに出かけ

てたまった新聞や雑誌を読み、切り抜くべき記事に付箋を貼り付ける。デスク

に2〰3時間座っていると安心する。貧乏性が身についている。


 昼食は妻と近所の鮨屋。寿司屋は近くに3軒あり、2軒は回り、1軒は廻ら

ない。久しぶりに廻らない方に出かけ、お好みで食べる。2人で12〰3カン。

3500円也。下手なイタリアンに出かけるよりも安いもの。


 午後は「デフレーション」を読む。さて、デフレについては、実体経済不振の

結果と考えるか単なる貨幣供給量の不足と考えるか対立がある。後者の考え

方がいわゆる貨幣数量説であり、経済理論としては、今のところ多少分がいい

ようである。筆者はこの貨幣数量説に与しない立場をとる。


 歴史的な事実と現在のデータ両面から、そして学説史を織り交ぜながら、筆

者は貨幣数量説が妥当しないことを示そうとする。


 書く元気が出ないので、このあたりで。


 大河ドラマ「黒田官兵衛」の第一回。今回は幼少時代のエピソード。何とい

ったこともない。これから面白くなるのか。