今日、わたしのおじいちゃんが亡くなった。お母さんから夏は越えられないだろうとお医者さんに言われたという話は7月の終わりから聞かされていたがそれでも、そういう未来があると分かっていても身構えていても辛いものは辛かった。


8月6日、おじいちゃんの誕生日があった。コロナがうつってはいけないということでわたしは1年おじいちゃんの家に行っておらず1年ぶりの再会だった。

おじいちゃんはすごく痩せて細くなり、髪の毛は綺麗な白髪になっていた。それでも「さりな、よくきたね」と微笑んで小さな声で言ってくれた優しい姿はわたしの知っているおじいちゃんであった。でもわたしはその姿を見て涙が溢れてしまった。天国からのお呼びが近いことをわたしは感じてしまった。でもそんな姿を見せたら絶対おじいちゃんもおばあちゃんも悲しむと思ったわたしはちゃんと話せるようにいつも通りを装った。すぐにトイレに駆け込んでわたしは泣いた。

おじいちゃんと目が合うたび何度も涙が溢れた。

でも忘れないように、今日という日を決してなくさないように、とフィルムカメラのように何度も何度も頭に焼き付けるようにおじちゃんと目を合わせた。

おじいちゃんにアコギでハッピーバスデーを弾いてみんなで歌った。おじいちゃんはずっとわたしのライブを見に行きたいと言ってくれていて初めてわたしがギターを弾くところを見せれた。おじいちゃんは笑っていた。


この日わたしは白いワンピースを着ていった。

天使をイメージした。わたしが白い天使になっておじいちゃんを天国に導けたらいいなと思った。


8月25日。お昼の11時ごろにお母さんから亡くなったと連絡が入っていた。夕方会いにいった。

部屋に入るとおばあちゃんがベットで目を瞑っているおじいちゃんの額に額を当てて「みんなが来てくれたよ」と話しかけている姿が見えた。

おじいちゃんはまるで寝ているようだった。近くによるとほんとにスースーして布団もその息とともに揺れているように見えた。すごく気持ち良さそうに、眠っていた。でも冷たかった。額、頬、首、耳、どこを触っても冷たかった。でも少し残ったヒゲや生え始めていた細くて黒い髪を見るとやっぱり今は眠っているだけで本当は生きていてみんなの話を聞いているんじゃないかと思えた。

おじいちゃんの顔を真上の正面から覗き込むとほんとに安らかに、わたしから見て左目の目尻にシワが寄って口角が少しあがっていて笑っているように見えた。きっと微笑みながら夢に入り、そのまま天国へ向かったのだと思う。


おじいちゃんを囲みながらおばあちゃん、お母さん、弟との4人でいろんな話をした。 

おじいちゃんが昨日の夜、部屋におばあちゃんと2人きりになったときになんとか絞り出したか細い声で「愛してる 愛してる」と言った話。

亡くなった愛犬は自分の主人が来るまで虹の橋のもとで待っていて、主人が来たら一緒に渡るという話。

だからおじいちゃんの火葬のときにバレンのものを何か入れようかという話になった。


「死んだ後もしばらくはこの部屋にいるんだよ」と話していたときにわたしの写真がちょうど落ちて、まるで「ここにいるよ」と伝えられている気がしてならなかった。そのときおとうちゃまでしょ〜と笑いながら写真を拾いに右側へ回るとそれまでの表情より右側の口角が上がっているように見えた。


そのあとおじいちゃんの部屋に行った。

小学生、中学生入りたてくらいの頃はこの部屋で弟2人とわたしとおじいちゃんで布団をひいて寝てたな〜とかこの机で社会の歴史教えてもらったり数学教えてもらったりおじいちゃんが得意だった英語を教えてもらったり、おじいちゃんがテレビでたくさん溜めてあった英語のレッスン番組見て、それをノートにとったりパソコンで英語を見たりしてたなあと思い出した。

1年近く前か、半年ほど前かにおじいちゃんの柄シャツが欲しいとねだっていた。俺のか?と自分の服にそんなこだわりがなく価値を感じていないようだった様子をまだ覚えていて、おじいちゃんの部屋のクローゼットを開けた。そこにはやっぱりおじいちゃんが着ていたかわいい洋服たちがたくさんいた。

おじいちゃんの部屋に響くカチカチうるさいなぁと思っていた時計も時間は進んでいってたんだなと分からせられてるような気がして嫌になった。

苦しかった。でもこの部屋は愛しかった。



大切な人がいなくなるという経験は今までなかったからこんなに悲しくて辛いのね、と思った。

わたしの大好きな祖父の周りにたくさん貼ってあった写真、祖父の部屋に大量にあった写真のアルバム。

こんなにたくさん写真を撮ってプリントアウトしてラミネートしたりするようなおじいちゃん中々いないよ

わたしの写真好きはおとうちゃま譲りかもね。


だいすきだよ、おとうちゃま。