今日、彼氏とお別れしました・・・

ふたりでクリスタルを飲みながら想い出話など・・・・・

好きなものが一緒だね・・


「シャンパーニュの泡っていいよね。」

ごめんね・・・

わたし自由人だから・・・・・

お仕事辞めて専業主婦にはなれないから・・



「やっぱり・・クリスタル美味しいな。」

ごめんな・・・

俺、仕事忙しいから・・・・・

明かりの灯ってる家に帰りたいんだ・・


言えない事。

言わない事。

大人って感じ・・

これからは友人だね。

私たちいい友達になれるよ・・

「次は何開ける?・・・」

最近、昔のことをよく思いだす・・・                
あの日々を・・・
忘れられない人を・・・

当時の私は日本での居場所が分からず、ただただ乾いた咽喉を潤す水を求めるが如く、片道チケットで北京に向かった
ひたすら日本から逃げるように西を目指し、タクラマカンでカレーズを探し、天山山脈に神の影を仰ぎ、カシュガルですなつめを噛み、雪解けしたばかりのカラコム・ハイウェイを抜け、K2の頂と遠い空を眩しく見つめ、風の谷フンザやギルギットで甘い杏の香る春を楽しみ、こんなのどかな日々も悪くないなぁ~と思い始めた頃だった。

彼に・・・T君に出会ったのは・・・

北京で無理やり取ったビザは1ヵ月しかなく、この空気をもっと楽しみたかった私はビザの延長を受ける為に一路ラワールピンディへ。
カラコム・ハイウェイも悪路でしたが、私が通った中でこのラワールピンディ~ギルギット間が一番怖い悪路でした。
車2台すれ違えるかどうかの崖道をパキスタン名物デコバス(当時はこれが一番安くて一般的)が疾走します。                             

 

しかも女性をほとんど見かけない地域なので女性ひとりは心配だからと宿の人が運転手の横に席をしてくれたのだが、ギヤを変えるたびに足に触れてきたり、後ろの席から隙間ごしに手が伸びてきたり、休憩の度にいろんな人から話しかけられとほぼ1日かかる道のりを一睡もすることが出来ませんでした
ラワールピンディに着くとギルギットの宿の人に教えてもらっていた安宿ポピュラーイン(現在は無いそうです)に・・・
ギルギットではシーズンでは無かったからか、日本人はおろか旅行者はK2目当ての登山家かクライマーの山男数人にしかあって無かったので、久しぶりに日本人に会いました。
そのときは3~5人の日本人が滞在していて、みんなインドから周って来ていました。

その中にT君もいたのです

他の日本人とは違い、T君だけが現地服装パンジャーブを着ていて(その頃は私はまだチノパンにTシャツとかでした)いかにも旅長いです。という感じですこしとっつきにくいイメージでした。
久しぶりの都会に戸惑っていると「みんなで食事しませんか?」と彼等に誘われ、日本人みんなで夕食をすることになりました
食事をしながら自己紹介と旅してきたルートなどを話すことに・・・
T君はやはりインドを中心に長く旅しているバックパッカーでした。
私がビザ延長の為に山を降りてきたというとTも国境で1週間のビザしかもらえなかったから延長すると言う。

次の日から私とT君はビザ延長のため一緒に行動することに

ガイドブックの1冊も持ち歩いて無い私はイスラマバードにある内務省のビザセクションの場所はおろか行き方もバスの乗り方さえ分からない私はT君に言われるがままにバスに乗り、内務省に行ったのはいいが、門が閉まっている・・・
職員らしき人に聞いてみると「今日はもう終わった明日来い」と言う・・・
まだ昼前なのに
申請用紙だけはくれたので、仕方なく明日は朝早く来ることに・・
次の日もT君とビザの申請に行き、今度はちゃんと空いていて、かなり並びましたが申請完了。
パスポート引取りはまた明日。

最初とっつきにくそうと思っていたT君は本当はとっても優しい人で面倒見もよく、この国で無防備過ぎる私のお世話を焼き、旅のアドバイスをくれるのでした
3人部屋のドミトリーでアメリカ人のロリコンに22歳になっているのに「君は15歳に違いない」と言われ口説かれていると言うと1人部屋を取ってるT君は部屋を変わってくれようとする・・
「3人部屋だからもう1人日本人の男性もいるから大丈夫」と言うと窓とドアは開けときなと・・・?
これはだいぶ後にT君があの時はと語ってくれたのだが、みんな私が襲われないかと心配していたらしいが、私は口説かれても断わるから大丈夫と思っていて身の危険などまったく感じておらず、T君たちは怖がらせる事も無いかと私には言わずいたそうです。(私ってイタイ・・

このラワールピンディ滞在の10日程で私たちはかなり仲良くなり、後に人にT君との関係を聞かれるとふたつ上のT君のことを“私のお兄ちゃん”と説明していました。

ビザ延長が無事に済み、T君はアフガニスタンに行けるか試してからギルギットに来るというので私はひとりまた悪路をギルギットに戻ることに

のどかな春を楽しみながら、宿の人にお兄ちゃんが来るから日本人の男性が来たら教えてと伝えてT君をギルギットの宿マディナ・ゲストハウスで待つことに・・



2週間ほどたった頃、スタッフが「お兄ちゃんじゃない?」と言うので行ってみるとラワールピンディの宿で会ったヤギ髭の男の子でした
「T君はアフガン国境でトラブルみたい・・来れるまでもう少しかかるかも・・」
ヤギ髭君がフンザやグルミットに行かないか?と言うので、何もせずに待っているのもなんなので一緒にグルミットに行くことに・・・
ススト行きのバスに乗り途中のグルミットで降ろしてもらう・・・
宿は一軒しかなく周りにも何も無い・・・
ヤギ髭君はトレッキングに行くというので私も氷河のところまで行ってみる。
私は山暮らしが長くなっていたので標高2700Mのグルミットでもキツくはないが(その前にK2の第一キャンプまで同じドミトリーの山男たちに連れて行かれていたし・・)ヤギ髭君は完全な高山病・・・
少しは標高が低いフンザに降りようと提案し、3泊程したグルミットをあとに・・・
もちろんバス停などはないので道でバスを待つがまったく来ない
ヤギ髭君は具合が悪そうで・・
これはヒッチハイクですね っと言うことでここは女を活かして私がヒッチハイクを
通りかかったジープが停まってくれました。
なんだかんだと誘ってくる男性でしたが、なんとかフンザまで来ることに・・・・・
フンザでは有名な宿オールドフンザに・・・・・ 
 

そこにいたのはT君でした

私たちがいるかとギルギットからフンザまで来たそうです
逢いたかったよ~
待ってたんだよ~
なんてことも言えずに・・・・
「元気だった?アフガニスタンには行けたの?」などと言ってしまう・・・
T君はアフガニスタンの国境行ってビザが無いので(当時不安定だったこの国は無くても入れてたり、国境でビザが下りたりといろいろだった)不法入国と間違えられて拘留されてたそうです
笑って話せる彼が凄い・・・・・

フンザは『風に谷のナウシカ』とか『未来少年コナン』とか『天空の城ラピュタ』の舞台になったとか言われる緑溢れる田園風景が広がっています。
            
 
こんなのどかな風景を観ながら私たちは数日をここで過ごし、またビザが切れる前にインドに行くために、まずはギルギットへ・・・

ギルギットの宿は旅行者がで溢れ、観光シーズン真っ只中、新たに仲良くなった旅行者達とみんなで釣りをして、釣ったナマズを私が煮付けにしたり、日本風のカレーを作ったり、ハイキングに行ったりと楽しい日々でした

そんな楽しい日々でしたが、ビザの残りも少なくなってきたので、T君と日本人女性と3人でギルギットを後にしました。

ラワールピンディで2泊程して、彼と国境越えのためラホールへ・・・・・
                                               (つづく)