山田世代中3
『ドカベン』
秋田文庫1巻
柔道編。岩鬼が自宅の畳(山田太郎の祖父が作った)をこっそり、柔道部に提供したところを見ると、サチ子が岩鬼を「紋次郎」と呼ぶなど、岩鬼の葉っぱが木枯し紋次郎の長い楊枝をモチーフにしているような描写あり。2009年4月9日号『週刊少年チャンピオン』で水島新司が「岩鬼のハッパは紋次郎の楊枝がヒント」と書いている。
講道館の伊賀屋栗助(師範9段)は、日本柔道の全盛期に「イガグリくん」と呼ばれていたらしい。
『木枯し紋次郎』は1972年に放送が始まったドラマ。

文庫5巻
鷹丘中学野球部編。練習での岩鬼と山田の会話から、巨人の3塁は長嶋、捕手は森。
岩鬼は職員室で高倉健と鶴田浩二のまねをしており、岩鬼によると、当時、東映劇場で「網走と特攻隊の2本立て」をやっていたらしい。
夏子が岩鬼を訪れたとき、岩鬼は「明日、川上監督に言って、巨人にはいってやろう」と考えていた。
後楽園での巨人×阪神戦。阪神の外国人選手で~RANDOがいた。巨人の投手は堀内で、王と長嶋が現役。
小林真司の速球を観た大河内が「江川二美夫氏を父にもった作新学院の江川卓くんと同じ球威だね」とコメント(文庫5巻)。
江川卓が作新学院を卒業したのは1974年3月。

文庫6巻(1994年=平成6年8月15日初版發行)
雲竜は第34回鹿児島県中学野球大会で打点賞、打撃賞、ホームラン賞。
巻末で松井秀喜がコメント。5打席連続敬遠の話。

山田世代高1
文庫7巻
山田世代高校入学。王と長嶋は現役で、長嶋は引退目前。
長嶋茂雄現役最終年は1974年。

少チャンC12巻
山田世代高1夏の神奈川地区予選、明訓×丸岡で岩鬼は「この一球、法政大学にはいった江川卓くんにささげる」と言って投げていた。
江川卓は1974年4月に法政大学に入学。

文庫11巻
山田世代高1夏、明訓×土佐丸→いわき東。いわき市は「廃坑に沈む町」。
岩鬼が宿舎で『男どアホウ甲子園』のアニメの主題歌を歌っていた。
サチ子が甲子園の近くの宿舎から関東の自宅にてがみを出した。てがみが着くことには試合が終わっているので、山岡が宿舎のロビーの黒電話で連絡。
江川卓は「作新学院の江川卓投手(現法大)」として紹介されていた。
いわき市の炭鑛閉山は1976年。また、てがみと黒電話から、携帯電話が普及していなかった時代とわかる。

文庫18巻
山田世代高1秋、関東大会、明訓×クリーン→赤城山
抽選の日、山田の練習を田淵と掛布が見学。
秋のドラフトで大沢監督の日ハムが土井垣を指名。南海ホークスが犬飼小次郎を指名。岩鬼にはすでに「下級生」が2名いた模様。
山田世代高1の3学期~高2の1学期、春の選抜、明訓×桜島。
└→『ドカベン』単行本、文庫、時代設定II

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2008年11/30