私が人生かけて最も愛する小説。

もとより夏目漱石の文体が好きで、

大学生三年生の二十一歳頃に読んで痛いくらいに身につまされてからは、

数年刻みのサイクルで再読を繰り返している。

漱石の病死による未完なのだが、

ただの未完じゃない、一番そわそわしちゃう場面で未完なのが毎回堪える。

 

とにかく本作の「人付き合い描写」に思い当たる節が多く、

感想をまとめようにも言及したい点が多岐にわたるので、

断片的な表出・部分的感想を書き残しておく。

 

・夏目漱石『明暗』1916年

主人公は新婚の若い夫婦。

津田(齢三十)とお延(二十三)の両名。

住まいは東京。

 

感想端書き。

お秀という厄介でお節介な妹を、

津田・お延が結果的に追い詰め・追い払い・結託を感じあった口論のシーンは何度読んでも、

バトルアクション映画でもみるような「手に汗握る」ものがある。

自立心が強い夫婦(心理的自立をしてるかは別)vs社会的正論を笠に着て気持ちの強要をするお秀。

初めて読んだとき、ほぼ九割方お延の同情者だった私は、

心理的にはイケ~ッと応援しながらページをめくっていた。

 

ただし今の私が読むと、印象は変わってきている。

どんな経緯と背景であれ、人を追い込んでその場限りの勝利感を得ることのリスクが大きすぎるのがわかるから、

応援の気持ちよりも肝が冷える気持ちが強い。

この一戦で勝ち越し強者であれるのは一時的で、後々の彼ら夫婦の社会生活・社交暮らしの中では、

心理的または社会的・物質的な損害がかさむだろうと。

この場面で優先すべきは、自分らの自意識の保持よりも、

(どんなに相手が押しつけがましく腹立たしくとも相手の要求に乗ってやり、

親切心に感謝してあげることだったろう。

 

津田もお延も賢いのだから、その場で早急にスピノザ『エチカ』倫理学を見てほしい。

多分漱石は教養深いので読んでるんじゃないかなと勝手に思っている。

 

※スピノザ『エチカ』倫理学(下)第四部 / 岩波文庫 畠中尚志訳 p52~手打ち抜粋

“こうして「人間は社交的動物である」というあの定義が多くの人々から多大の賛成をかち得たのである。そしてまた実際、人間の共同社会からは損害よりもはるかに多くの利益が生ずるような事情になっている。…

…人間がその必需品を相互扶助によってはるかに容易に調達しうること、また諸方から迫ってくる危険を避けるには結合した力によるほかないことを経験するであろう。”

 

 

賢く若いお延は、その優秀さゆえに早くこれに気付かないと、

小林みたいな(社会的には)程度の低いやくざ者に煽られただけで、

心根がゆれて生死にまでかかわってきちゃうんだよ。

(小林vsお延の問答もまた凄いものがあるし語りたいが、やはり好きすぎると逐一を言及しきれん)

 

 

津田の自分至上主義、自分と親密に交わるほぼすべての者への軽視。

軽視・見下しからくる因果や応報への無自覚さ。

お延の自立心が強く有能ゆえの孤立無援、報われないきりきり舞い。

心から彼女に情がある岡本という味方がいるものの、

自意識ゆえにそこへ頼ることができずにいる不幸。

 

この主人公二人の、最も悪く最も厄介なところばかり、

私は身に覚えがあるがゆえの親近感と、呆れと慈しみの中間感情をいつも抱く。