いよいよ化学療法が開始された




「やっとここまで来れた!」

期待は大きかったが、実際その時になると、こんな強い薬が大事な息子の身体に入るのがとても怖かったし、辛かった




薬のカプセルをKに渡す時、手が震えそうになった

いっそのこと私が代わりに飲んでしまいたいとも思った




薬はテモダールというカプセル

5日間連続して決められた個数のカプセルを同じ時間に飲む

その前後は決められた時間、飲食は禁止になる




科学療法が始まって何日かした後、Kは少し調子が良くなったかのように見えた



麻痺の影響で、ベッドから身体を起こすときも、自分の力だけでは出来にくくなっていたのが、薬を飲んで何日か経ったとき、スッと身体を起こす事が出来て驚いた




心配していた抗がん剤による副作用はほとんど感じられなかった




Kは得意満面だった

吐き気もないし、食欲はあるし、このまま快方に向かってくれると期待が膨らんだ時だった




一回目で副作用が出なければ、二回目以降も副作用が出ることはまずないらしい



この調子でがん細胞をやっつけて、元通りの元気なKになって欲しい




「元通りでなければ!」
この時の私は、そう強く願っていた




しかし、この頃すでにKの記憶力の衰えが目立ち始めていたのも確かだった




本人も「ついさっきのことはすぐ忘れるのに、昔のことはよく覚えている」と言っていた




私がこの心配について、再三先生に伝えた為、リハビリの先生が手や腕、肩の動きを確認し、言葉、計算、記憶力なども試しに病室に来てくれた




計算問題はほとんど出来たし、今のところ問題はないと言われたが、心配は消えない




抗がん剤の効果はそんなにすぐには表れないのだろうが、やはり放射線もすぐに始めた方がいいのではないかと私は焦り始めた




旦那と話し合いたくて、会えた時に言葉をかけるけれど、気持ちに余裕がないらしく、病気のことを話したがらない




こんな大事なことを一人で決めるわけにはいかないので、困ってしまう




治療が遅れて、取り返しのつかないことにならないとも限らないのだから




先生はとても信頼できる立派な先生だけれど、やはり大学教授で化学療法の研究者でもあるのだから、抗がん剤テモダール単独の治療の効果を出来るだけ長く確かめたいのかもしれないと感じられた




でも、親の目から見れば、こんなに病気が悪くなっているのに、放射線をしないで化学療法だけに懸けていいたら、いざ放射線を始めても、もう手遅れとなってしまわないか心配で仕方がなかった




先生にも病院にも、こんなにもお世話になって感謝の気持ちはもちろん一杯だけれど、大事な息子の命を研究材料としてだけ扱われるのは、親として断固、拒否したかった




もちろん、大学病院なのだから、患者に対してどうしてもそのような側面があるのは否めないことは分かっている




そもそも先生にそんな考えがあったかどうかも、本当のところは分からない




私の勝手な思い込みに過ぎないのかもしれない




でも、Kの様子をいくら伝えても、気のせいだとまでは言わないまでも、まともに取り合ってはもらえず、はぐらかされている感じは、その後も無くならなかった




先生にもなかなか会えない
学校のことや、放射線治療の開始時期について話し合いたかったが、日々の目の前にあることをこなすだけで時間はどんどん過ぎていった




Kは私が側にいて、トイレの介助をすると失敗なく出来た

やはりオムツはしたくないと言っていた




それからしばらく経った日曜日、旦那の弟ちゃんが病院にお見舞に来て、Kに付きっきりで遊んでくれた




Kの好きなゲームのカセットを二つも買ってきてくれて一緒に遊んでくれた




自分は元々ゲームはやらない派なのに、Kが病気になってからわざわざ自分のゲーム機も買って来て、やり方を覚え、Kのお付き合いでにわかゲーマーになってくれていた




Kは旦那の弟ちゃんが大好きだった
夢中になってゲームの話をしていた




ゲームの初心者の弟ちゃんは、Kに教えを乞うふりをしたりして、Kをいい気分にさせてくれた




弟ちゃんには日に何度もメールをしたらしい




Kの闘病中、弟ちゃんにはお世話になりっぱなしだった




この日は、私の姉が娘を泊まりで花火大会に連れ出してくれていたので、旦那も来ていて、病室はいつになく賑やかだった




夜になり、旦那と弟ちゃんが帰る時、Kは少し寂しそうだったけど、「またね~!」と笑ってサヨナラをした




そして二人が病室を出た後、いきなり号泣したK…





いつまでも泣き止まなかった




静まり返った病室に、Kの嗚咽だけが聞こえる




私はビックリしてしまった
こんなにKが泣くなんて珍しいし、二人に泣き顔を見せたく無かったかのようなKの気持ちも意外だったから




サヨナラの時は、必死に涙をこらえてたんだね




誰の前でも、いつも同じように駄々をこねたり、甘えたり、ふざけたり、恥ずかしさのかけらも感じさせなかったKも、いつの間にかお兄さんになっていたんだね




「お盆休み、外泊できるか、先生に聞いてみよう!きっと大丈夫!お家に帰れるよ!」
私は言った




Kはうんうんと頷きながら
「ママ、ママ…家に帰りたい…」と言った




その夜、「頭が熱い」とKが言ったので、看護師さんから氷枕を借りて眠った