先日、例の雑誌のことをこのブログに書きましたが、ああいう雑誌の存在意義があると思うかというコメントを頂きました
先日とは、いつの話かというと、1ヶ月前の4月27日(笑)
コメントした本人も何のことか忘れてそうですけどね(^_^;)
とはいえ、こういうコメを頂くと、無視を出来ない真面目なsnowなのです(笑)
それなら、もっと早く記事にすれば良かったんですけど、下書きしたまま3週間以上、完全に忘れてたんですよねσ(^_^;)
何も新しいネタなさそうだし(もちろん、真希ちゃんの!)、たまには真面目な記事も書いておこうかなという感じ
まあ、1ヶ月前ということで、想像つく方もいらっしゃるでしょうけど、あの記事の内容に触れるつもりはないんで、お付き合いくださいませ(^_^;)
まず、ここで問題とするのは、芸能人のスクープ記事の中でも、事務所側などの承諾を得てるような記事以外についてです
ほとんどは事前に承諾を得てるものでしょうけど、中にはそうでない記事もあり、裁判になったような例もあり、ここで扱うのはそういう類のもの
新聞やテレビと違って、ああいう雑誌には、ここで扱うようなスクープ記事は多そうですが、個人的には必要ないですね
行き過ぎた記事、下品で不愉快に思える記事も多いですから
この問題について考える時、避けては通れないのがプライバシー権と報道の自由の問題
芸能人や有名人のプライバシー権は制限される、制限されてもやむを得ないものと一般的に考えられてる気がするんですが、基本的にこれはおかしいと思います
政治家等のプライバシー権は、報道の自由の前に大きく制約を受けます
例えば、不倫などの私生活を報道されても、それが事実であれば、プライバシー権の侵害になる可能性は低い
というのは、政治家は国民の意思によって選ばれるものですから、その適格性を判断する材料として、私的な部分も国民は大いに関心があるでしょう
例えば、不倫してるような人には投票したくないとか
こういう情報を入手する権利が知る権利であり、その国民の知る権利に奉仕するものが、報道の自由であるため、政治家のプライバシー権は報道の自由のにより制約を受けるわけです
芸能人の場合、その私生活には国民も興味があるから知る権利が及ぶと言えるのか?
これは当然NOのはず
知る権利は、国民が知りたいと思うことは、何だって知る権利があるという意味じゃない
国民主権、この場合は国政の最終決定権が国民にあるという考えのもと、その決定に必要な情報を知る権利が国民に保障されるというものです
とすれば、芸能人の私生活を知る権利なんか保障されるはずなく、報道の自由で芸能人のプライバシー権を制限することも当然出来ないことになる
この点で、勘違いしてるのか勝手な解釈をしてるのか、かなり間違いが多いんじゃないかなと思いますね
さてさて、原則論はこれで正しいと思うんですが、一般人と同じだけ保障されるかというと、ちょっと疑問もある
やはり、芸能人は自分自身をメディアに晒すことにより、それにより収入を得てるわけですし、そこに私生活だって含まれてくる場合がある
場合によっては、積極的に自身の私生活を暴露することで、メディアを利用して話題づくりをすることだってある
よって、人によっても違うにしても、一般人よりはプライバシー権が制限される可能性はあるんでしょうけど、あくまでそれは例外
そう考えると、芸能人のプライバシーが不当に侵害されてる記事は非常に多いんだろうなと思いますよね
これに対する最も効果的な対抗手段は裁判でしょうか
実際、芸能人が訴訟を起こしてるケースもありますよね
しかし、訴訟費用の方が高くつく可能性もあるし、それで余計に話題が大きくなるんでリスクも大きい
また、話題づくりにメディアを利用することもあるし、お互い持ちつ持たれつの関係にあるわけだから、そういう意味では、なかなか使いにくい手段なのかもしれない
本来は、報道する側が、芸能人のプライバシーを尊重し、正しいルールの下で報道すべきですが、利益の追求を優先してるのが現状なんでしょうかね
しかし、報道する側にその利益をもたらしているのは、そういう情報を求めてる国民一人一人だというのも忘れてはならない
すなわち、需要があるから供給が生まれるわけで、報道する側のモラルの問題であると同時に、国民一人一人のモラルの問題だということなんでしょうね
芸能人とはいえ、しっかりとプライバシーが尊重されるような成熟した社会になってもらいたいと思います
久しぶりに真面目な記事になりましたけど、当然最後は真希ちゃんの画像で(笑)
癒される~(*^▽^*)