父はたいそう驚いてとても目を丸くしました。


そして眉をよせて、
「なんだ、もうこっちへ来てしまって…」
と言い、ふと言葉を止めたあと、急に私を抱きしめました。


「お父さん。」


大きく息を吸って、お父さんはわたしを抱きしめたまま涙声で言いました。



「ああ。
見ない間に…いや、
上から見てはいたんだが。
近くで見れば、
こんなに大きくなってたんだな。」


そう言ってお父さんは、体を離した。
そして、私たちの様子をいつも、泉に見に来てくれていたこと。
兄が就職した時は、嬉しくて天国のみんなに話して回ったこと。
わたしが受験の前日は、自分もとてもドキドキしていたことなどを話してくれました。



ねえ、先生。



私は長く生きず、
いろんな経験もしないまま死んでしまいました。


でもその事を、不思議と悔やんではいないのです。



今はこうしてまた、父と暮らすことができます。
学生のうちに亡くなって、
働くことができなかったから、
こちらでは働かせてもらうことにしました。
ちょうど下界では郵便局みたいなところですが、
こうして天国からの手紙を送るため、
七色の消印を押すというお仕事を貰ったのです。
私はこのお仕事が、
なかなか気に入っています。


父は相変わらず忙しくみんなにおうちを建てて居ますから、
これからは私が泉に行って母や兄を見守りながら暮らそうと思います。



どうか先生、家族に伝えて下さい。
わたしは元気です。
悲しまないで下さい。
お母さん、兄と力を合わせて、
新しい生活をどうか楽しんで暮らしてください。


確かに見えるのです。
また、笑ってあなたたちが暮らす日々が。



私と父は、絶えず見守っていますから、と。



長くなってしまいましたが、
どうか先生。
わたしの葬儀が終わったら、この手紙を持ってうちを訊ねてくださいませんか。


そして、どうぞくれぐれもお伝え下さい。



お母さん、お兄さん、いつまでも愛していますと。

成美





小澤憲一郎は、手紙を封筒にしまうと、大きく息をついた。


ただただ、涙が止まらない。
にわか信じがたいような話であるが、
その字は確かに高橋成美の書いた文字であった。高校で、図書室の事務員をしている私のもとには、高橋成美はよく顔を出してくれていた。おとなしくて、気の優しい彼女は口数こそ少なかったが、
本のことについて色々と尋ねたり、学校に長く勤めるわたしに学校や図書室の歴史についてよく質問したりと、よくなついてくれていたものだった。


そして事実、
高橋成美は昨日、
事故で亡くなっていたのだ。


その手紙を信じさせたのは他にも、その封筒に押された消印であった。


こんな綺麗な模様は、見たことがない。
まるでその、"天国から来た"と言うのが相応しい消印だった。



小澤憲一郎は、
彼女の願いを聞き入れた。
彼女の望み通り、家族を長い悲しみに浸らせないようにと、手紙のことを話して聞かせた。


そして。
あの場所には。
彼女が亡くなった場所には、
白い、小さな祠が建てられている。


その祠の前で、帰りがけに手を合わせる男子生徒。
ふと見ると祠には、誰かが置いていったキャラメルや、コーラが供えてある。


寿が少し微笑むと、祠に掛けられた鈴が、風でちりんと鳴った。
"ありがとう"
と聞こえた気がした。