ああ先生。まるで心の声をそのまま書き記してしまっているようで、申し訳ありません。

でもどうか、もうしばらくお付き合い願いたいのです。もうこの世にいないのですから、これが一生のお願いというやつですから…



わたしは、
そのままふつうに午後まで授業を受けて、帰りがけも、いつもみたいに途中まで未菜ちゃんと一緒に歩いて返った。
学校から近い売店で、二人でお菓子や飲み物を買った。
わたしはお茶があったから、キャラメルだけ。
未菜ちゃんはコーラと、チロルチョコ。

バス停までしばらく歩いて、未菜ちゃんと別れる。


ここまではいつもと同じ。
毎日の、平々凡々とした日々。


わたしは家がわりと近いので、歩いていつも帰ってましたから。
バス停を過ぎて、橋をわたって、坂を上って下りて…いつもの道でした。

そこはちょうど、
交差点になっているところでした。


近所の二歳くらいの男の子が、道の端に立っていました。
いつもお母さんとお散歩に来ているのを見るから知っています。
でも何故か今日は、お母さんの姿がありませんでした。


不振に思いながら見ていたら、男の子はあたりをキョロキョロしながら、道を渡ろうとしました。
見ると、道の反対側に怪獣のオモチャが落ちています。
わたしは、前方に車はありませんでしたが、子供1人では危険だと思い、
「待って」
と声を掛けました。


そして子供の手を取り、
一緒にそのオモチャを取りに行きました。


「よかったね。でもお母さんと一緒じゃないと危ないよ。」
と彼に告げると、今度は慌ててお母さんを探してキョロキョロしました。


すると道の反対側の遠くに、お母さんを見つけたのです。



男の子は、
「ママ!」と叫んでわたしの手を離して道に駆け出しました。



その子のお母さんの叫び声と顔、それから必至に男の子の体を掴んだこと。



それ以外の記憶はありません。


わたしは、どうやら子供を歩道に押しやって、車に引かれたらしいです。


なんの凹凸もない、平坦な人生でした。



気がついたら、
私は天国で目を覚ましました。
そして、
天国の大きな泉から、下界を見ることができ、
その様子からどうやら、
自分が亡くなった事を知りました。


今は、私の葬儀が行われているようです。

不思議なことに、私には自分が死んだことへの悲しみは、
今のところまったくありません。
むしろ、
あの小さな男の子が助かって本当に良かった。


でも、家族は泣いているでしょう。
母の事ですから、私の死を気に病んで病気になってしまわないか心配です。


幸い、成人した兄がついていてくれますが、父も他界している今、
兄が仕事でいない日中などの、
母の様子は毎に気になります。


わたしはこうやって、天国の泉から、母や兄を見守っていることはできますが、もう語りかけることはできないのです。


ですから先生。
貴方にお願いしたいのです。
雲をも掴むような話でしょうが、どうか私を、この手紙を信じて聞き入れて下さいまし。



私は今、天国で父と一緒に居ます。
働きすぎが祟って、倒れてしまってこちらに来た父ですが、
なんと懲りずにこちらでもよく働いているようでした。
昨日私がこちらへやって来てから、
門番の方に尋ねたら父を教えてくれたのです。


父は天国のあちこちで、みんなに小さな家を建てて回っているそうでした。
天国にも家がありますが、どれも小屋みたいに小さくてかわいくて、木で出来ていて、特別な塗料で白く塗ってあるんです。
天国にも、
"景観を損ねないように…"
とか決まりがあるのかな?と思っています。
ちょっと下界みたい。


父は張り切って家を作っていて、
はじめ私に気が付きませんでしたが、
「お父さん」
と声をかけると、驚いたように振り向きました。


「なんだ…?その声はまさか、成美か。」