太陽おばさんを忘れない。


うちの営業所には、太陽みたいなおばさん職員がいる。
実はもう定年退職はとっくに過ぎているが、その豊富なキャリアを営業所に活かすため、まだ通い続けている、とてもタフな女性だ。


彼女を一言で言うならば。
服を身に付けず、丸裸で歩いているんじゃないかという気がする。


これは比喩である。
もちろん、太陽おばさんは露出狂おばさんなんかではない。


わたしがこう表現したのは、彼女は実に嘘が嫌いな女性で隠し事もできないのである。


まだ太陽というフレーズからは遠いが、まぁ堪えて聞いてもらいたい。


彼女は70を過ぎた今なお、恐らく若いときと変わらず、とても天真爛漫な方だ。


嬉しいとニコニコしてそれをみんなにしゃべり、
機嫌が悪いと目をギョロりとさせて怖い顔をしているし、
お腹がすいたら大きな声で、「ああ、わたしお腹が減ったわ。なにも手につかないのよ、先にお昼いただくわ」と率先して弁当を広げるのである。
そして毎日、多目にもってきたおかずや漬け物を、少しずつ班員に分け与えている。


彼女は良くも悪くも見たままだ。
彼女にかかれば、社長であろうが敏腕、マネージャーであろうが、うら若き何も知らない新米だろうが、何でも物申されるシステムらしい。
気に食わないことがあると、彼女は誰が相手だろうとけして黙ってはいない。言わないと気が済まないそうだ。
ある時の所長が、まともに業務もせず偉そうな口ばかり叩いていたので、我慢できなくなった彼女はなんと自ら、社長に所長を外せと直談判したらしい。その時は熱くなりすぎて血圧が上がりぶっ倒れ、救急車で運ばれた。
ある時は、皆が怖がる口のきつい職員にムッときて、負けずに延々1時間説教をくらわせたりもした。


彼女の言葉はストレート過ぎて、オブラートに包むという作業はない。


だがある時は、大きな挙績のあった職員のデスクにわざわざ出向き、両手を差し出して「ああおめでとう!!握手握手!」と一緒に大喜びし、
いつだって自分を頼る職員のためには、一肌も二肌も脱いでくれるのだ。


そんなたくましい彼女から今日、そっと耳打ちするように話しかけられた。


「ねえあなた。病気だと聞いてるけど。お昼から来る日が多いものね。あなたこの仕事、辛くない?ちゃんと楽しんで来ているの?」


わたしは一呼吸置いて、微笑んで答えた。
『自信はないんです。業績もあげられないし。でも営業所が好きなので、可能な限り続けられたらと思っているんですけど…』


わたしの言葉に、想定外に彼女は笑顔になった。

「ああ!なら安心した。辛いのに無理して来ても何もいいことないのよ。あなたを見てたら、もしかして他に雰囲気的に向いていて、楽しめそうな仕事があるんじゃないかしら、と思ったりしたもんだから。それならその道も応援したいし、ここが楽しいならまだまだやっていけるように応援してあげたいからね。聞いてみたの。聞かないとわからないじゃない?人生はね、楽しまなくっゃしょうがないんだからね。」
明るくしっかりと、彼女はそう言った。笑顔だった。


叱られるんだと思っていた。
笑って、「応援してあげる」なんて言ってもらえるなんてみじんも思わなかった。


彼女の言う、わたしに合いそうな職業とはきっと保育士か看護師だろう。前に唐突に言われたことがあった。
「子どもが好きねあなた」
「わたしが入院した時、あなたみたいな看護師がついてくれたらホッとできて癒されるわ」
みたいなことを。


ともあれ、今日彼女がわたしに話しかけてきたのは、わたしを放っておけなかったからだと思った。もしかして病気で会社をやめたいけど、言えずに無理して続けているんじゃないかと心配してくれたようだった。

また、彼女は言った、
「そういった(やる気のない)職員が、まわりに影響を及ぼしてしまうこともあるの。そしたらあなたにも周りにも良いことがないでしょう。」と。


キッパリした台詞だった。



大人になると何故だか、本当のことを何枚ものオブラートに包んで相手に伝えないといけない。みたいになる。
むやみに他人を傷つけてはいけない。
だから、苦言は極力言わないで温和でいい関係を保ち、けんかもしない、いい人でいようとする。
目立ってはいけない。
余計なことには首を突っ込まない。
敵を作ったら損をするから。
触らぬ神に祟りなし、と見てみぬふりをしたりする。


えげつない。でもそれが所謂、普通の大人だ。



太陽おばさんは違う。
わたしが彼女に太陽というフレーズをつけたのは、まるで表裏なく、子どものように自分の意志にストレートに生きる姿に、太陽のような眩しさを覚えたからだ。



悪いところも目を覆わずにギョロりと睨み付け、率直に物申してくれる彼女は、聡明で美人ではないが、確かに太陽の輝きをもったおばさんだ。



今の世の中にはもう、希少価値がついてしまうくらい珍しい。
感謝を込めて、笑顔で『ありがとうございます。』と伝えた。