お疲れ様です。
第69代國學院大學モーターボート水上スキー部主将を務めておりました、森潤一です。
毎回のごとく最後のアンカーとして起用されました。みんながいい事たっくさん書いてるから森潤さんもめっちゃいい事書いてくれるだろうって期待されてますが、同期や先輩方はご存知のように僕はそんな文書書くのも人前で話すのも上手くありません!笑
なので拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。
まずは、このブログを書くにあたって、この4年間自分が最後まで全力で走り抜けることが出来たのは、多くの人に支えていただけたからです。
ラストイヤーはほぼ毎日のように過ごしていていちばん近くにいた同期。
こんな主将についてきてくれたかわいいかわいい後輩ちゃん達
1年生の時から面倒見てくださった
ゆいとさん
たくまさん
ゆたろさん達の代の先輩方、
秋田でいつも迷惑かけてばかりの僕たちでしたが、最後まで見捨てずいつどんな時も支えて下さり、朝早くから日が沈むまで回してくださったり、合宿生活を支えてくださった、池田さんご夫妻、倉品さん。
滑りでも滑り以外の面でも多くの学びをくださった監督はじめコーチ陣の方々、
普段の合宿生活から学生には高額すぎるボートまで運営面の支援をして下さったOBOGの皆様。
いっつもみんなが休みの時に遊びたくても遊べなくて予定を合わせてくれて応援してくれてた友達。
そしてこの部活に入部する時も許可してくれ、4年の最後の最後まで多くの支援をしてくれたお父さん、お母さん
本当にありがとうございます。
皆さんのおかげで自分たち同期は胸を張って引退することが出来ました。
改めてこれを書くに当たって4年間を振り返ると、今まで経験したことの無いことの連続で、壮絶で、何度も悩み、その度に周りに救われ、成長することができた4年間でありました。
今自分は胸を張ってこの4年間國學院大学水上スキー部をやり抜けて、この部活の主将をやれて本当に幸せと言えます。
何度も言いますが、支えてくださった皆さん本当にありがとうございます。
最後だと思って書き始めてたらとても長くなってしまったので、章ごとにまとめたのでお時間ある際に気になるところだけでも呼んでくれたら嬉しいです。笑
全部で5章の超大作になりました、、、ほんとに読む気失せないでください、、、
第1章
〇まずは、なぜこの部活に入ったのか。
ここから語ろうと思います。
正直なんとなくは話したことあるかもだけど、恐らく本音を話すのは、ここが初めてだと思います。笑
普段は何事も隠す自分ですが最後くらい赤裸々に行かせていただきやす。
まず、2022年4月、國學院大學に入学しました。
同じ高校の友達などおらず、初めて同級生と話したのは健康診断でたまたま順番が前後だった超絶ロングマンバンの、しのはらゆうや君です。
(大学デビューの子かな、、と思ったり思わなかったり?)
もし彼に出会って無ければ水上スキーに出会って無いかもしれない。そう思うと感謝しかないですね。一応ありがとうと伝えときます。一応です。
たまたま最寄りも近く、共通の友達とか意外といたりして何だかんだ話が盛り上がった記憶あります。
そしてゆうや繋がりでまた自分にとって運命的な出会いがありました。当部には所属していないたくやです。(すまん名前出すわ)
水上スキー以外の大学生活を楽しませてもらったのはまぎれもなくたくやです。男だけでホテルに泊まって死ぬほど飲んだり歌ったり踊ったり、色んな遊びに連れてって貰ったわほんとに楽しかった、ありがとう。
正直この時から水上スキーをやりたいとは思っておらず、存在さえもちろん知らなかったです。
むしろ高校までずっと陸上を続けていて、駅伝が強い國學院でマネージャーとして箱根優勝のサポートをしたいと思い、入学当初から本気でマネージャーをやるつもりで、駅伝部の知り合いに声をかけて練習に参加させてもらいました。
他校に駅伝部のマネージャーの知り合いが数人いたので何となく仕事内容の話は聞いていました。なんで仕事はわりとすぐに呑み込めて、淡々とこなしてました。しかし、練習の雰囲気が想像していたものと違いすぎて、みんなが超真剣。
いや、、そりゃそう。そりゃそうなんだけども。。。
やっぱ走ってる人見ると自分も走りたい。って気持ちが出てきて、仕事はできるけど生半可な気持ちでやったら失礼だと思いました。
そして寮生活の話を監督から提案された時に今の自分にはその覚悟をすぐに決めることは出来ないと思い悩みに悩んでましたがマネージャーをやることをやめました。
この時多くの人に支援してもらいながら練習参加してたのにも関わらず裏切ったような形になってしまいすみませんでした。。
マネージャーをしないと決心した僕は、普通の大学生活をスタートする事になります。
そうなった時、じゃあ何やろう。
・今までできなかったこと。
・やりたかったこと。
・大学生活でしか出来ないこと。
これらを全てやって大満足大学生活を送ろう!!!!と思いました。
そこでまず家が近いとなんかかっこいい、スタバ飲みてぇ〜!って理由でスタバのバイトに応募したら運いい事に受かって、ダンス動画見るの好きだったからダンスサークルに入り、子供と遊ぶのが好きだったからボランティアサークルにも入りました。
この生活だけでも既に楽しい大学ライフでした。
よし、こっから順風満帆な大学生活がスタートすると思ってたところに、あのたくやが水上スキーの体験会行ってきた!楽しかった!とか言ってきやがりました。
正直たくやと仲良すぎて基礎演習(大学の授業)も一緒だし、ずっと一緒にいるからこいつが入るなら一緒にやりたい!って気持ちと、
自分の中にまだ運動神経いいんじゃね?俺絶対上手いやろ。って過信してる気持ち。
さらに、純粋に陸上では輝けなかったからこそ「スポーツ」で輝きたいという気持ち。
そして将来を見据えて、やりたい事ばっかやってても将来につながるかどうか不安だったから体育会系部活に4年間打ち込めばきっと就活の武器にもなるだろうと思ってる自分。(汚い理由かもだけど、結局は4年間で何をしたかの方が大事だと思うので、あえて言う。)
などなど、様々な要因がありこの部活の体験会に申し込みます。
あ、この時もう大学1年の5月です。
新歓なんて終わってたらしいっす。それでも僕のわがままで急遽試乗会を開いてくれた先輩方本当にありがとうございます。
うあー、その時連絡してたのおがちさんなんすよね。緒方って苗字が珍しすぎてめちゃくちゃ怖い4年生なのかなとか勝手に思ってました。本八幡で飲み物無いからってポカリを奢ってくれたかおりさん、超でっかいリュックを背負ってたゆきさん、クソでかい部車でサングラスかけて登場したりょうさんあおみさん。
みんないい人達ばかりでこの時点でこの部活の優しさに包まれてたんだなぁと振り返った今でも思います。
まあでもたかが試乗会でなんでこんな遠いところに行かなきゃ行けないんだろうと思いながら行き、到着後夕方までボート壊れ滑れない。この時この部活の大変さをこの時からうすうすちょっと感じてました笑
そして助けてくださったのは、超イケメン優しい立教の先輩山口健斗さん。なんとなんとけんてぃーさんが立教の船で回してくださったんです!!!!!試乗会でこの優しさとこのスポーツの楽しさを感じ、入部を決めました。
けんてぃーさんまじでカッコよすぎたんすよ、試乗会で立てた時も一緒に喜んでくれたし、バッケン脱げない時も応援してくれたし
本当に。優しすぎてもう、大好きです。
しかもめちゃくちゃトリック上手い!こんなかっこいい先輩になろう!!!って思ってました。
うちの国学にもイケメンいるのかな🥺🥺という期待もありましたが、、、、、( ; ; )
冗談はさておき、
まあ入部したものの、結局たくやは入部せず、僕とゆうやだけ入部しました。。。
(あれ、、、、、、でもやると決めたからにはやるか)
結局夏まで俺とゆうやはお互い練習ほとんど行けなかったけど、夏休みでゆうさんおがちさんはじめ最高の先輩方のおかげで水上スキー楽しくなって、あ、本気でやろうって思ったポイントですね。(本気と書いてガチと読む)
自分たちの練習よりも優先して、金銭面も多く負担して合宿所管理からドラまで朝早くから日が沈むまで夏江戸を回してくださった先輩方。本当にありがとうございました!!!!!
だいだいだい、だいすき!!(=LOVE 超特急逃走中🚄より)
この夏江戸をきっかけに水上スキーの魅力にトリコになりさらに水上スキーで1番取りたいという気持ちが強くなりました。
と、以上が僕のなぜこの部活に入ったかと言う理由です。いかがでしょうか。こう見えて森潤一は自分の事を隠したがる性格なので読み応えがあったのでは無いでしょうか。
続いて第2章ですどうぞ。
第2章
〇自分がなぜ主将になれたのか
まず入部当初から決して主将になろうと思ってたわけではありません!!!!!(👈ここ大事)
今までリーダーというリーダーなんてやった事は、ありません!人前に出て話すのは嫌いではないけども、みんなをまとめるなんて経験なんて全く無いから副将とかで主将支えてる方がタイプだなーとか思ってやりたいなーとか思ってた!それこそゆうさんポジ!周りから優秀優秀言われて直接じゃなくて影でチヤホヤされたいなーって思ってたね。あのポジって神なのね。
全然ね、入部当初から最近まで俺がいちばん同期の中で真面目で良い奴って思ってたんだけど、そんな事無いって最近気づいたです、、、、ほんとに悲しい
(まあみんなどんぐりの背比べだけどな^_^)
初めて、主将やろっかなーと思ったのは、実は1年生の冬なんですよね笑
これも同期の誰にも言ってこなかったんですけど、当部OGの陣内さんとお話させていただく機会があり、「リーダーの重要性」「リーダーを経験することで獲得できる能力」「本当のリーダー」など多くのことを勉強させていただきました。そこで君はリーダーをやった方がいいと言われ初めて主将やってみよっかなと考えたことがあります。笑
でもそん時はさすがによし、本気でやろう。とはなんなかったですね。だけど、やるなら俺しかいないんじゃねとは声に出して言えなかったけど思ってたんよ笑あーはずかしっ!
当時は競技力なんて1スタ固まってないくらいの皆無だったし、運営もやってた記憶なんてほとんどないっすね。あ、でも1年の頃から想定いじってたっけ。
まあでもほんとそんくらいでチームの中での自分の立ち位置をまだ理解出来て居ませんでした。
このチームで存在価値を見いだせ始めたのが1年生の冬やばから2年の夏にかけてですね。
それまではスラ専だったけども、なんとしてでもこの年のインカレにはでなきゃいけなくて、絶対に見せたい人がいたから少しでも次の年インカレに出る可能性を増やしたくて当時4枚目が空いていたジャンプを始めました。
そこでスラとジャンプが着実に伸びてくれて、やっとこの部活の存在価値を見いだせた。やっとたける、とうご、まさという才能の原石どもに追いつきそう、舐められないぞ。と思いました。
(1年の新人戦前耶馬溪で自分だけ上手くなくてイジメられていたので、やってやろう精神は誰よりも強かったと思います^_^)
ここでの競技力がついたのは、正直デカかったですね。確かに周りから見たらそんなかもしれないですけど、陸トレの成果であったり、努力が実を結ぶのは、やはり気持ちがいいものです。
でも競技力だけついたところでチームはまとめられません。もちろん競技だけで引っ張っていくリーダー像もあると思います。
しかし、今の時代のリーダーのあるべき姿は組織の多様化やネットワーク化の進展を背景に「1人のリーダーによる統率」から「権限のないメンバーによるリーダーシップ」「チーム内での分担・共有」という共同型組織が重要視されています。
そういった事で3年になる前に新歓隊長に僕とたけるととうごの3人が任命されました。(当時は自分たちの事をイケパラとかF4とか浮かれてたなぁ懐かしい)
やるからには、とことんやろうと思い、死ぬほどやる気はいりましたねー笑
目標人数は20人。
去年が少なかっただけ大きな目標だと誰しもが思ったと思います。
やると決めた俺たちは強いです。まじここが自分のターニングポイントだと思ってます。
ゆうと監督とゆーたろーさんとゆうさんが俺たち同期に役割を振ってくれ、みんなでそれぞれ率先して動きました。
自分はビラ担当でそんなんやったこともセンスも無いけど、同期と協力しながらなんとか作り上げました。当時いちばん仲良かった人には俺が書いたと言わず見せたら不評でしたけどね、、、まじ許さん。
まあでもみづきにもうきっかりおろしたから来年は安心やー間違って俺ん家にビラ届けんなよ???
最大の難問は「新歓合宿」です。
自分は新歓合宿自体経験した事すらありません。それでもゆーたろーさんゆうさんは予算を尋常なくらい高めに設定してくれて俺たちに自由にやらせてくれました。自由にやらせるって任せる側は本当に怖いと思うんです。最終的に確認するとはいえですよ、、、
つまりはそれだけ俺たちに期待されてるってことです。
期待されてるからにはやるしかないっしょ。
ってことでまずは何日間やるか、何をやるか。そしてどこに泊まるか、雨の日はどうするか。船壊れたらどうするかなどたっっっっくさんのプランを考えました。
これまじたくさんなんよ。
ゆうとさんもゆたもこれだけは褒めてくれてた気がします。ちがったらごめんなさい笑
ほんとに寝る間を惜しんでリサーチして作り上げました。
多分新婚旅行どうするか真剣に考えるくらいめちゃくちゃ頑張ったと思います。(将来のお嫁さん、それ以上に調べるし幸せにするので許してくれ)
ここで大活躍したのが誰もが想像つかないであろう、たけるとうごです。2年生までのこの2人は数々の仕事から逃げて来た天才でもあり、正直頼りずらい存在でした。
まずファーストステップとして彼ら2人をやる気にさせようと自分の中で決め、たけるが大好きそうなレク要素であったり、とうご専門の料理関係であったりと彼らがワクワクしそうなことから仕事を頼んでいきました。
するとすると期限内にちゃんと2人とも仕事をこなしてくれたんです。しかも自分の想像をはるかに越えるリサーチ量。
俺はその時点で感動しました。本当に冗談抜きで涙出ました。あの普段は生意気な2人がやる時はやる男達だったんです!!!!!もし自分が女だったら少し惚れてたかもしれません。そんくらい嬉しかったです。ありがとうね
その感動と同時にやる気にさせることが出来れば、人を動かす事が出来るんだ。自分にも人を動かすことが出来るんだと自信を付けることが出来ました。
多くのプランを立てた事により臨機応変に対応し、新歓合宿大成功。
入部人数は、21人。
目標達成です!👏
この時の達成感が尋常じゃなく嬉しくて新入生達もすごい楽しんでくれて、頑張って良かったと心の底から思えました。自分自身の努力量に結果が結びついた時の達成感ってほんとにすごいんすよ。とても。
そしてこの時この同期とたくさん入ってくれた大好きな新入生達含む後輩達をまとめあげ、みんなで協力しながら最高のチームを俺が作りたい。俺が作るんだ。と決心し、主将を本気でやりたいと思ったタイミングでございます。
新歓合宿の最後で楽しかったと言ってくれた新入生の顔を見て本当に泣きそうでした笑うあー頑張ってよかったって、、、
この新歓が俺の1年からのもやもやを主将をやろうという強固な気持ちにさせてくれました。
こん時実はまだ主将決まってもないのに自分一人で新入生に対して、これからどうやってこの部活で過ごしていくべきなのか。とか先読み力向上のためのコツとか当時は最強の後輩育成というやる気に満ち溢れていてミーティング開いたりもしましたねー笑
当時長期インターンやってて、そこで教わったことを後輩たちにアウトプットする事で知識定着させようとか色々やってたんですけど、一年以上たった今後輩たちは覚えてて俺がうろ覚えというか覚えてません!うん!後輩!ありがとう!!!!議事録みせて!笑
自分が4年生になった時に後輩達が自主的に、能動的に動いてくれる。というのを理想の状態とし、働き掛けていきました。
次の代の主将の話は4.5月くらいからちょいちょいあってゆーたろーさんゆうさんも巻き込んでミーティングとかもしましたが結局決まらず、たくさん話し合った結果最終的にはまさが譲ってくれました。ありがとうね。
主将に正式に就任した後は、今までに無いほど重い「責任」とプレッシャーを貰いました。
多くのタスクがあり正直右も左もわからなくてミスもたくさんしてしまいました。けど!!たくさんのご指導をいただきながらも決して周りにはキツいとか弱音を吐かなかったと自負してます笑
以前は弱音とか平気で吐けていたのが、生活環境が変わって誰にも相談できなくなって、それが自分の中で1番辛い時期でしたね、、、笑いまとなっては自分自身の成長ポイントであったと思います!大感謝!
これこそゆうとさんがおっしゃる僕たち同期の特徴の「根拠の無い自信」ですね。
心の底から
いや、俺はキャパってない。
俺ならできる。
もうミスんない。絶対見返してやる🔥とか
とかずーーーっと思ってましたね。生意気ですみませんでした笑
まあそれもあるし自分の性格の悪いところでもあるのですが、キツくなく振る舞って頑張ってる姿を見た周りはすごっ!ってなるかなーなんて安直な考えもありました笑
しかし結論!!!!として、
これはやめた方がいいなと4年の5.6月で気付かされました。いやあ遅いっすね笑
キツくなく振る舞うのはいいにしても、周りには頼るべきなんだなと痛感しました。
やっぱり一人でやることには限界があるし、相手が出来なさそう、仕事完遂させるの遅そうって思っても、小さなタスクからちょっとずつやらせて行くことで仕事を任された本人も達成感によりやる気になったり、後の自分が楽になって行ってもっと早くにやれば良かったなあと気付かされましたねー
いや、今自分で書きながら思ったんですけど、俺ってちょいちょい後輩に仕事振ってたな。今ふりかえってみて思ったのは、俺多分同期頼ってなかった。
これですわ笑
もちろん同期にも仕事振ってたし、そゆ部分では頼ってた部分はあると思います。みんなありがとう笑
ただ、今だから言えるけど同期に本音で心の内を話したのはやっぱ4年の7月山中湖挨拶の帰りが初めてだと思う。
それまで自分の気持ちずっと伝えられなかったわ。
みんなで弾丸琵琶湖作業行った時めちゃくちゃ楽しかったけど、あの瞬間って結構詰められてたり、タスク多かったりしんどかったりしたけど皆に最近主将しんどいとか言わなかったと思う。
たけるんちのエスティマに大森で乗った時
もりじゅん最近どーなん?主将つらい?
って聞かれた。
その時
全然なんもやってないから特になー
みたいなニュアンスの事を言った記憶があります。
いちばん近くにいるはずの同期に本音を言えなかった。
なんでだろ笑
こん時はだから同期と後輩にあまり差はなかった。つまりチームをまとめられてなかったんだと思う。
7月例の同期ミーティングガン無視事件起きたおかげで本気でブチ切れることが出来て、お互い本音で語れたのがでかかったな。(今となってはあれがあったからこその今の俺たちがいると思ってるよ笑)
あそこから本音で胸の内を話したおかげでみんなの部活に対する姿勢格段と変わって俺が逆に何もしない。ってくらいこの夏は楽しめた。(あん時はまじでほんとにもう🔪)
今となってはほんとにありがとう
大好きだよ
だから現役!!!!!
たとえ信頼出来ない相手かもしれないけど、自分だけでやろうとせずに共同であったり完全委託であったりどんどん任せていくといいぞーー!!!!!
ってのが1点
それと同期と本音で話さない、話そうとしない、話したくないやつ。
そりゃいると思う。気持ちもわかる。俺だってそうだったから。
でもそのままじゃ何も変わらないよ?
自分が辛いままやぞ。いいんか?
特定の人物が思いつくせいで口悪くなってしまいましたが、強豪校の寮生活とはまた違う本当に1つ屋根の下で1ヶ月とか過ごす意味わからないくらい頭おかしくなるくらいずっと同期と過ごす。それを4年間
たまには勇気を振り絞って本音で語り合って欲しいな。
次同期にムカついたり、アレって思ったらLINEじゃなくて直接面と向かって言ってみよう。
言ったって何も変わらないかもしれん。
言っちゃったら関係が悪くなっちゃうかもしれない。
でも言わなきゃその人は一生そのままかもしれないんだよ!
ほんとにその人のためを思うなら言いなさい!
もちろん!言い方は大事だよ笑伝え方ね!
俺は本気で語って、任せていったおかげで、最後の夏ほぼ同期と後輩達がサポートしてくれて、競技に全集中出来たわ!
ほんとに最後の夏は楽しかった。
みんな改めてありがとう。
以上、第2章自分がなぜ主将になれたのか編でした。
みんなの前では見栄張ってた主将も裏では色々考えながらやってたんだよ!ってことです笑
次は番外編です。





