ナンニ・モレッティ監督はいまイタリアで最も信頼されている映画監督です。代表作である『息子の部屋』が公開されてから20年。これを観たときは驚かされました。とある平穏な4人家族。ところが最愛の息子を喪ったとき、悲しんでいくこの家族は、一体どうなっていくかというお話でした。非常に家庭的で、かつ深刻なテーマではありますが、その演出筆致は気が滅入るほど重くなりすぎず、監督なりの人情で両親と娘の心境を静かに見詰めていくドラマ。これは同じようなテーマを扱っても、日本やアメリカとは違う、イタリアという国ならではの風情と柔らかさを感じさせる家庭劇でした。この代表作から20年、モレッティ監督は再び、「ある出来事によって日々の生活が変容していく家族の姿」というテーマに挑みます。同時にこれまでオリジナル脚本を手掛けてきた監督にとって初めての原作小説を映画化する機会となりました。原作はイスラエルの作家エシュコル・ネヴォによる『THREE FLOORS UP』。

 

 ある夜、3階に住むジョバンニとドーラの裁判官夫婦の息子アンドレアの運転する車が建物に衝突し、ひとりの女性が亡くなる。同じ夜、2階に住む妊婦のモニカは陣痛が始まり、夫が出張中のためひとりで病院に向かう。1階のルーチョとサラの夫婦は、仕事場で起こったトラブルのため娘を朝まで向かいの老夫婦に預けるが、認知症の老夫と娘が一緒に行方不明になってしまう。

ということでこの作品では、ある大きな事故をきっかけに、1階のご家庭、2階のご家庭、3階のご家庭が登場し、それぞれ混み入った事情を抱えていきます。自分たち家族は一体どうなってしまうのかという不安。苛立ち、悪意が渦巻き、淫らで怖いことになってきます。そうこの映画、「ああ、なんてことを」と呆気にとられるくらい怖いんです。親心、兄弟、性欲、審問など、只ならぬ出来事に関連していろいろと出てきますが、彼らが住むアパートはもうスリルの塊と化していきます。

 

 映画のポイントとなるのは、人間の弱さと、それ故の短絡的な行動。モレッティ監督は2人の脚本家、フェデリカ・ポントレモーリとバリア・サンテッラと共同で、そういった行動によって自身や周りにどのような影響が及ぶかを重視するかたちで原作を脚色し、最後の最後まで、各々がどのように生き抜いていくのか関心を引き込みます。子どもたちの明るい将来のため、親たち大人たちは数多ある壁の向こう、扉の向こうへと心開かなければならないわけですが、閉ざし合うことにも理由がありますね。どうにも息苦しく生きにくい世の中です。夫婦、親子、人付き合いについて、普遍的なエピソードが繋がっていきながら、幸せ目指して生きていくことがどれだけ大変なことかを感じさせるこの映画筆致。ホームドラマの描写については、今も昔もイタリアは第一級のセンスだと思わされました。それでいて緊張感をもって画面に引き込む映画術。ラストに映る表情に至るまで、どうかじっくりご覧いただきたい。今年最も印象強いイタリア映画です。