kuwabarayukiのブログ
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11・23 【感性をテクノロジーで再構築する産業とは?】

今日六本木ヒルズで話を伺ったチームラボの猪子さん。
本当にお話が面白くて何度も笑ってしまいました。

ただ、おっしゃっていることはなんとなく分かるなぁと感じることも。

龍安寺の枯山水はどこから見ても全部の石が見えない。
それは、ある意味どこからでも見えるということ。

海外の遠近法に代表されるパースペクティブなものは、
見るべきポイントに立たないいけなく、場所が固定されている。

なるほどなぁと強く思いました。

日本画がどんな世の中の見方のもとで描かれてきたのか。
そこには西洋のものの見方とはまったく違った価値観が息づいており、
それが人間の導線も変えるということみたいんです。

海外はキャラクターと自分の目線が一体化した、主観のゲームが多い。
一方で日本は、どこからみても見えるという感性が生み出した庭園のように
横にスクロールするゲームというこれまでなかったものをうみだした。

マリオだ。

こういう流れを考えても、我々の文化や美意識といったものをもう一度見つめ直し、
それを産業にくっつけていくことで本当に新しい競争力をうむなぁと強く感じました。

同時にテクノロジーに対する感覚も大変参考になりました。
インターネットの世界は、ご本人曰く「わくわくするはんぱないものがあって」
それが付加価値になる。

それを引き出すためのインターフェイスとしてのプロダクトがある。

ぶっとんでいるなぁと最初思ったものの、よくよく考えるとすごいなぁと。

ようするにテクノロジーを使っていかようにも価値を生み出せる「ネットの」といって
いいのか分からないけど、要するにはんぱないデジタルな世界で生み出したはんぱない
価値を、日常生活の中にどう引き出すかという思想のもとで製品が設計される。

つまり、iphoneもようするにとんでもない世界の価値、なんでもできちゃう価値を
日常生活に引っ張るインターフェイスとしての道具だというのです。

普通、逆に考えてました。
なんかプロダクトありきで、それを高めるためにどうITをつかうかみたく。
でも、そうじゃないっていう発想が、じわ~と、あっそれってすごいことだな!って
六本木から帰ってきて、浦和あたりまできた時点で感じました。

そんな思想が現れているチームラボの作品をご紹介しときます。
あとは僕がもんもんとしているようにどういうことなのか皆さんもぜひもんもんとして下さい。笑



これは以前facebookでも紹介したけど、念のため。

11・13 【人が見えるということ】

TPP交渉参加表明がなされた。
この話はいろいろ議論はあると思うけど、僕はいまだに賛成とは思えない。
すでに交渉参加というテーブルにつく以上、どこまで本当に譲れない部分を主張できるのか。
そのためにも交渉参加が決定したら、すっと報道からもこの論議がなくなるのではなく
過程をぜひ公開しながら進めて欲しい。

なぜ反対だったかといえば、まさに参加することで世界がどうより良くなるのか
あまり見えないからだ。

3月11日に、東日本大震災という未曾有の被害に直面した日本は、本当に
何も無くなってしまった場所にどんな新たな町を再建するのか?を議論してきた。
それはこれからも続いていくだろう。

エネルギーの問題、社会のあり方の問題、直面した大きな課題を先送りにせず
いま、考えなければならない状況に直面している。

そういう中で、復興まちづくりにあたっては、ゼロ・エミッションや循環型の
社会づくりがしきりに叫ばれている。

本当にこれまでに効率性を第一にする経済成長のための町づくりで良いのか?
自然の力をコントロールすることなく、共生するとはどんなあり方なのか?

不適切な言葉かも知れないが、ここまでのインパクトで社会のあり方を考える契機
にも関わらず、特に東北以外に住む我々が一体なにを学んだのか。

TPPに参加することで、GDP成長の試算や自由貿易によるメリット、参加しないと
どちらにせよ衰退している産業はどうにもならないと言われることがなんだか腑に落ちない。

いまこそ、それこそ「内向き」になるべきじゃないのだろうか。
海外にモノを売る、うってうって売る。その発想は、従来の資本主義そのもので
何も変わっていない。日本が世界に示せる価値をもっと考えてみたい。

そして、いまだにGDPの成長というのをおいかける理由もよくも分からない
数字にとらわれ、僕らはどこにいくのだろう。

所得倍増計画で所得が倍増した結果、社会はどうなったのか。
人々は幸福になったのか?

毎年3万人もの人々が自殺している。しかも10年連続で。
こんな異常な社会を目の当たりにして、未だにGDPの成長を求める産業界や政治家のリーダー
の「ビジョン」が分からない。

目指す社会のあり方という前提条件そのものを考える必要があるのではないだろうか。
成長神話に踊らされたラットレースから抜け出して、
いまこそ、内向きにもっと目を配るべきじゃないだろうか。

一体、僕たちは東北に何を学び、どんな社会を創っていくべきなのか?
東北復興のために動くのではなく、機能しなくなった社会のひずみを直すべく
東北に力を貸してもらいながら、本当に住みやすい精神的にも豊かな社会を創ること。
それが3月12日を生きられなかった人々にたいする僕らの使命だと思う。

東北ではカーシェアリングやコミュニティタクシー、ゼロエミッション、自然エネルギーの活用、
森林のカスケード利用。あらゆる実証が今後進んでいくだろう。

それはモノを大量につくって売らなくても、サービスを循環させていくことで利益をあげる
人と地球に優しい産業転換への挑戦だ。

日本でもシェアという本が発売されているが、
すべての産業が新しい挑戦をすることが本気で求められている。
人と世界を変えるために。

いま、伝統技術や伝統工芸を現代にもう一度蘇らせ、その背景にある知恵や文化も伝えて
いきたいという想いでものづくりにも携わっている。

例えば、風鈴。暑さを制御することなく、感じ方を変えることで涼しさをつくりあげた日本の知恵。

夏は風鈴の音に耳を澄まし、冬はキャンドルのほのかな灯りに目をとめる。
季節の小さな変化、うつろいを感じる感性を取り戻し、五感で感じる豊かな生活。


そんな企画書を書きながら、改めて思う。
借景という発想など、日本の内側にはおきさられた豊かな精神性がある。

いま、だからこそ、こうした内なるものをもう一度感じ取り、美意識や感性を
ベースにした生活の転換が求められているのではないだろうか。

【人々が求める新しい未来像】

今週のCasa BRUTUSにおいて、コスタリカが紹介されていた。
Casa BRUTUS (カーサ・ブルータス) 2011年 11月号


アメリカ人夫婦オーナーが2人でつくりあげた「フィンカ・ベラヴィスタ」という場所。木の上にツリーハウスがあり、昼間はトレッキングやバードウォッチング、滝壺で泳いだり、満天の星空を見ることができる。



面白いのが、なんとこのツリーハウスコミュニティはWIFI完備。教師や弁護士も分譲された49区画のツリーハウスに住み、都会のクライアント相手にSKYPE会議も行うという。もちろん冷蔵庫やお湯も出るので原始的な生活というものではない。

フィンカベラヴィスタが人気を集めることは、やはりどんなに環境問題が叫ばれても、不便な昔の生活にそのまま戻れる人は多くないことと、現在のソーシャルメディアや情報革命による多様なツールを駆使しつつ、古き良き時代を取り入れたいという、新しい欲求だと思う。

フィンカが体現しているのは、「懐かしい未来」と言うコンセプトとチベットのラダックを紹介した
ヘレナノーバーグ=ホッジが伝える世界観かも知れない。

この懐かしい未来は、働き方に置き換えるとどうなるのか?
昨今、世間にあらわれるキーワードの「ノマドワーカー」やマイプロジェクトという情報技術やソーシャルメディアを核にした情報発信の変革による新しいライフスタイルは、それ時代は新しく見えても、実は「百姓」という呼ばれる人々が、100の仕事を持っていたことからそう呼ばれるようになったように、型や枠にはまらないクリエイティビィティを活かす仕事のあり方がどうできるのか?という個人の欲求に追求に感じる。それは結局、効率性のために職種で区切られた大企業ではなく、自分で何でもやらなければならなかった古き良き時代の働き方に、現代の情報技術というスパイスを加えて、蘇えらせているようにも感じる。

まさに「懐かしい未来の働き方」とも言えるかも知れない。
次回はこの辺の個人の働き方についてもう少し掘り下げて考えてみたい。
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