本日は二冊ほど。
少女時代を思い出させてくれる二冊。
でも、一方は「こんな怖い時代に戻るなんて、まっぴらだわ」と思ってしまうような、そしてもう一冊は、そのころの空気にもう一度触れたくなるような、対照的な二冊。
- 中等部超能力戦争/藤野 千夜
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これは、斎藤美奈子さんの書評で興味を覚えて読んでみた。
斎藤さんも書いてたけど、この小説、なんかちょっと怖いんですけどー。
小中高一貫教育の女子校を舞台に、ちょっと変な能力を持つ小清水さんと主人公のはるかの間の、へんてこな友情(!?)の物語・・・なんだけどね。
なんか怖いー。
へんてこな友達小清水さんも怖いけどー、至って普通な女子高生として書かれてるはずのはるかの言動が、よくよく考えると、なんかへんー。
ってか、イマドキの女子高生ってこんなにさばさばしてるつもりでべたべたしてんのー?
怖い人いっぱい出てるし、それに対する女子高生たちの対応がもっと怖い。
でも、やっぱり自分も中高一貫の女子校にいた頃は、うんにゃ、共学の公立高校に通っている時も、うんにゃうんにゃ、今だって、オンナが集団になると、やっぱりなんか怖いー。
今でこそ自分とは違う人間に対する許容範囲が広くなってきたから、人付き合いにそれほどストレスを感じなくなったけどー。
そんなことを考える余地も経験も知恵もなかった幼いあの頃には、もう戻りたくないー。
あらら、つられて私の言葉遣いも、なんか変だー。
へんてこな小説、なんて思ってたら、新聞小説大好きな私がめずらしく読み続けることができなかった人の小説じゃない。
先日まで朝日新聞で連載していた小説。
挿絵に拒否反応を示したけれど、最初2,3日は頑張った。
でもね、小学生から中学生にかけての男の子が主人公だと、もはや共感なんてまったく覚えることができず、めずらしく断念。
あら、女子高生書くとこんなにうまく気持ち悪さを表現できる人なのねー。感心したわー。
あぅ、この人、多分もう読まない。
- 青春の終わった日――ひとつの自伝/清水眞砂子
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んで、今、読んでる最中なのが、こちら。
私が一番好きなファンタジー小説『ゲド戦記』の翻訳者、清水眞砂子さんの自伝。
まだね、第一部の少女時代しか読んでいないけれど、懐かしい感触がそこかしこにちりばめられている。
これはちゃんと読んでから、またきちんと何か書きたいな。
この人は太平洋戦争中に両親が移民していた朝鮮半島で生まれ、4歳の時に本土に引き揚げた経験を持つ。
多感な少女が育ったのは、戦後の貧しい時代。
私の母親よりもほんの少し上の世代だから、実際には彼女の育った田舎の風景や生活の匂いってものは、私が生まれ育った高度経済成長を迎えた日本の田舎とは全く異なっていたはず。
でもね、彼女が幼い頃に読んでいたいろんな絵本や児童書が、私が読んでいたものと幾つか重なっていたり、田舎でたんぼのあぜ道や山道で遊んでいた自分の幼い頃の記憶が呼び起こされる描写があって、それだけでも懐かしい気持ちになってくる。
引き揚げてからの生活が苦しかったことが繰り返し書かれているけれども、働きづめだった両親や数人の兄姉たちは彼女と下の妹を存分にかわいがり、大切にし、その愛に包まれてのびのびと育っていく様子は、読んでいて破綻がなく、安心できるもの。
当時の日本は誰もが貧しく、彼女の生活は質実と暮らす大人たちのお陰で、切りつめる中でも、幼い好奇心旺盛な幼い娘に絵本を買い与え、映画を見せるだけの余裕をもった、文字通り「きちんとした」生活を送ることができていた様子。
筆者は天真爛漫に幸せに育ったようでいて、ずいぶんと年の離れた兄姉や両親の間で繰り返される諍いを、目に耳にしながらの成長だったよう。
筆者はそのことを振り返り、みごとなまでのバランス感覚の良さで、誰かを悪者にすることなく、当時彼らが置かれていた状況を冷静に分析し、想像し、優しい眼差しを投げかけている。
こんな少女時代なら、戻ってみたい。
というよりも、中学に上がってからは遊ぶことに必死で、とんと本を読まなくなってしまった自分を省みると、あのころにもっともっとたくさんの本を読んで心を耕すことができていたら、この人ほどは無理としても、もう少し自分勝手ではないまともな大人になれていたんじゃないかと思うと、時間を戻してやり直したい気持ちに駆られる。
後悔することなく、豪快に前進するはずの獅子座O型剛の虎のオンナには、なんだかちょっとめずらしい現象。