大好きな義父が今月頭に緊急入院し、その後この人生を全うしました。
私と旦那の祖父母はみんな、既に他界しているため、近親の葬儀はこれが初めてでした。
亡くなる前日と当日、義父は私たちが病室に来るのを待ってくれていました。
もう会話は出来ない状態で呼吸するのが精いっぱいの中、家族の面会時間が許される限り、たくさん声をかけた後の午後、穏やかに息を引き取りました。
葬儀で親戚の介護士さんと話した時、こうした意識がない中、病院側が遠くに住むお子さんに連絡をして『着くまで持つかな?』と思っていたら、長い人で1週間も持ち堪え、到着まで待ってから息を引き取る。
そういったことが、よくあるということでした。
娘も学校を休んでいたから最後に会えたし、義父もきっと、そうして私たちを集めてくれたのだと感じました。
結婚の報告をした時、遊びに行った時、孫を見せに行った時…。
いつも多くは語らず、静かにニコニコと受け止め、喜んでくれる人でした。
悲しくて悲しくて、気を抜くと涙が溢れてきて、私は私が思っている以上に、義父の事が大好きだったんだと知りました。
義父の過去の投稿。
この入院後は、すごい回復力で嬉しかったな。
それはつまり今生きている旦那の家族や自分の家族に対しても、
私は私が思っている以上に、彼らのことが大好きだということを、義父が教えてくれたんです。
火葬の前日、お別れ花や手紙を入れたり、紙にあっちで困らないように義父の必需品や好きだったパンやコーヒー、と書いたものを入れた後、みんなで義父を囲んで笑顔で写真を撮りました。
葬儀なのでバタバタもしたけれど、穏やかであったかい時間もたくさん溢れていました。
義父にもっとしてあげられることもあったんじゃないか?
という後悔がないわけではないけれど、その気持ちが沸いてくる時ですら、感情にあたたかさがあるんです。
義父がこれまでくれた優しさが、私自身を不必要に責めなくていいと言ってくれている気がして、私も願わくば、そんなおばあちゃんになっていきたいと思いました。
そして旦那や子供達など、彼らの中には確かに今も、義父がいてくれている。
彼らとの時間を大切にすることは、義父との時間を大切にすることでもあります。
それは誰もがそうで、みんな一人一人の体の中に引き継がれてきた、ご先祖様の命を大切にするのと同じ。
だから私達は、他の誰よりも、自分を一番に大切にすべきなのだと思います。
それは、ご先祖様を愛することと同じだから。
巡り合って、愛し合って、新たに生まれた命の連なり。
産まれてきた時も、想いを伝えたい時も、最後の別れの時も、いつだって私達は「生まれてきてくれて、ありがとう」と言う。
私たちが多くの感情を味わいながら、最後に思い出に残るのは『生まれ出会い、共に生きた時間』なのです。
改めて伝えたいのは、目の前の愛する人との時間を大切にしてほしい。です。
愛することに疲れていたり難しいと感じるなら、自分からの「私を愛して」というサインです。
それがさっきお伝えした『ご先祖様を大切にすること』に繋がっていきます。
私達はいつだって、決して一人ではありません。
私達の中にはたくさんの『家族』がいます。
だから、あなたはずっと、大丈夫です。
たくさんの存在に、生まれる前から愛されてきたのだから。