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ぐーすけとりきのブログ

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1971年生まれ、東京都出身。GRABAKA主宰。
中学から大学まで柔道で身体を鍛え、プロレスラーを志
し、新日本プロレスやUインターに入門するもいずれも
退団。その後、総合格闘家となり、寝技を武器に脩斗、
リングス、PRIDE、パンクラスなどのリングで活躍
する。2001年にアブダビコンバットで日本人初の優
勝を果たす。2002年にはGRABAKAジムをオー
プン。その後もPRIDEや戦極、DEEPなどのリン
グで活躍を続け、2009年には吉田秀彦に判定勝利を
収めている。

      ★     ★     ★

▽新日本道場、脱落

菊田:ボクは坂口さんと知り合いだったので、そのツテ
で新日本に入ろうと。

椎名:坂口さんとは柔道関係で知り合ったんですか?

菊田:(息子の)征夫と憲二が柔道部の後輩なんですよ。

ガンツ:ああ、明大中野高校で。

玉袋:縁故で入ると、やっかみがあったりするんだろう
な~。

菊田:で、ボクが入る前、坂口さんから「いま俺が信頼
しているヤツが道場仕切ってるから、話を聞いてもらえ
」って言われて紹介されたのが、馳浩さんだったんです
よ。そのときは凄くいい人で(笑)。

ガンツ:そのときは(笑)。

菊田:入る前に会ったときは凄くいい人に見えたんです
けど、入った瞬間、人格が豹変して。あれはヤバかった
ですね~!

椎名:「あれを大臣にしていいのか」って蝶野さんも言
ってましたよね(笑)

菊田:道場のみんなは、スクワットでも何でも木刀でぶ
ん殴られながらやってて。木刀と竹刀とは痛みが全然ち
がうんです。

ボクも背中が内出血で真っ黒になっちゃって。挙句の果
てには、懸垂やっててももう上がらなくなったときに、
馳さんに「荷物をまとめろ!」って言われて、そのまま
近くの土手に荷物を思いっきりぶん投げられて、追い返
されたという。

ガンツ:で、ますそこでプロレス界「バツ1」になって
(笑)。次はUWFインターに入門するわけですよね?

      ★    ★    ★

▽Uインター合宿所、脱落

菊田:またUインターは練習もそうなんですけど、私生
活が厳しいんですよ。

高山さんがすぐ上の先輩で、いろいろ道場のしきたりと
か、雑用のやり方を教えてくれたんですけど、とにかく
細かい決まりがたくさんあるんですよ。

食事の鍋を洗うときは「もし、少しでも洗剤の流し漏れ
があったらヤバいから、必ずお湯で洗えよ」とか。風呂
掃除の隅々まできれいにするやり方とか。それを教えて
もらいながら、また気が滅入ってきて(笑)。

ガンツ:練習前に覚えることが細かすぎて(笑)。で、
道場では宮戸さんが厳しく、合宿所は田村寮長の絶対王
政が敷かれてたんですよね?(笑)。

菊田:そうなんですよ。同じように細かいルールがたく
さんあって。例えば、田村さんがお風呂に入るまでは、
誰も入れないんです。それなのに田村さんはなかなか入
らないから、夜中の1時くらいまでみんな無言でリビン
グで待ってて(笑)。

玉袋:刑務所以下だね(笑)。

菊田:だから、しまいには風呂はあきらめて、入らなく
なったりとか。そういう臭い状況になったんですよ。

玉袋:世捨て人だよ!(笑)。

菊田:それで金原さんからは、「おまえはキツいと思っ
てるかもしれないけど、俺らのときと比べたら全然甘い
」とか、ずっと吹き込まれてたんですよ(笑)。それで
だんだん怖くなってきちゃって、「この先、どうなるん
だよ…」って。で、ほんの2週間ぐらいでやめちゃった
んですけどね。

玉袋:バツ2になったんですね。

菊田:プロレス界の風習として「夜逃げ」というものが
あるのを知ってたんで、思わず逃げ出しちゃったんです
ね。気づかないうちに限界に来ていたというか。ちょっ
と特殊な道場だったんで。

例えば、安生さんと宮戸さんが毎日のようにケンカして
たりとか。お互いに腕を後ろにやって、胸を突き出しな
がら「おー!」「なんだこの野郎!」ってやってるのを
見てたらだんだん怖くなってきちゃって(笑)。

玉袋:それ、昭和のプロ野球の監督と審判だよ!

菊田:しまいには「表に出ろ!」ってふたりで出て行っ
て、安生さんが「こないだ俺の車に乗った時、シートの
隙間に、鼻をかんだティッシュを詰めたろ!そんな人間
が俺に何を言ってるんだ!」とか言って、凄い話に発展
してて(笑)。

玉袋:子供のケンカ以下だよ!(笑)。そりゃもう逃げ
たほうがいい。

菊田:もう短い間にいろんなことがありすぎて、頭の中
がだんだんわけが分からなくなって。それでヒュっと逃
げちゃったんです。脱出に成功した後、真っ先に友達に
電話して、「やったぞー」って(笑)。

ガンツ:それで逃げてバツ2と(笑)。

安生と宮戸、仲悪かったんだ~。面白いな。これは1億
円トーナメントの頃かな?対前田ということに関しては
一枚岩に見えたのだが、「会社のため」だとか、「一生
のお願い」とか無理を通す宮戸。やりたくもない狂言を
いやいや演じてきた安生。安生はいい人だけに、悪者に
ならざるをえないのはたまんなかったんだろうな~。

      ★     ★     ★

▽Uインターテスト、再び脱落

玉袋:でも、そこで終わらねぇところが凄いんだよ。も
う一回、Uインターに出戻りしたんでしょ?

菊田:やっぱり、一度はプロの世界で名を成したいと改
めて思って。それで前回は、宮戸さんに挨拶もなしに逃
げちゃったので会いづらかったんですけど、2年半ぶり
に宮戸さんの家に行って、ピンポーンって鳴らしたんで
すよ。

玉袋:お~!

菊田:それで「すみません!菊田ですけど、前に辞めた
…」って言ったら、「えっ、どちらの菊田さんですか?
」って言ってて。

玉袋:カマしてくるんだな~。

菊田:ぶん殴られると思ったんですけど、「菊田です。
もう一回やりたいのですが…」って言ったら、出てきて
いただいてですね。宮戸さんが「誰だって逃げることは
ある。高山だってそうだったんだ。そんなことより、お
まえには2つの道がある。1つはもう1回テストを受け
る、もう1つは諦める。どっちだ?」って言われて「も
う一回やりたいです!」と。「じゃあ、テストを受けに
来い」って言ってくださって、凄く感動しちゃったんで
すね。

玉袋:「許しきる」という猪木イズムだな。

菊田:それでもう一回受けに行ったんですけど、そのテ
ストっていうのを、ボクは一度やめたわりには呑気に考
えてたんですけど、出戻りじゃないですか。みんなが狙
ってたんですよね(苦笑)。

ガンツ:当時のプロレス界は、出戻りに対して特に厳し
い時代ですもんね。

菊田:夏の40度ぐらいある道場で、凄くきついテスト
をやって、もう脱水症状でボロボロになったところで、
「じゃあ、最後に若手とスパーリングだ」ってことで、
相手がヤマケン(山本喧一)さんだったんですね。

それで、当時はボクも極め方がわからなかったんで、押
さえても何にもできないし、極まらないから終わらない
んですよ。それで疲れ切ったところで腕十字を極められ
て、参ったを無視して思いっきり折にきたんですよね。
ボキーッて。

椎名:タップも無視なんですか!?

菊田:そうなんですよ。「もう、おまえは用なしだ」み
たいな感じだったんですね(苦笑)。

玉袋:うわ~。

椎名:腕は折れちゃったんですか?

菊田:結局、外れただけだったんですけどね。接骨院で
戻してもらって。今思えば、ヤマケン選手もあれでボク
に負けてたら、先輩から同じ目に遭ってたんだろうなっ
て(笑)。

ガンツ:きっと、負けたら道場に残れなかったんでしょ
うね。だからこそ、生きるか死ぬかの気持ちで向かって
きて。

菊田:ボクはそんな心構えができてなかったから、気持
ちで負けちゃってましたね。それで不合格みたいな感じ
で道場を追い出されたんです。3度目ですけど(笑)。

玉袋:バツ3か(笑)。そっから“さまよえる格闘家”
になっていくわけだもんな~。