はなのつぶやき

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私、30ン年独身を貫き通しましたが、2009年10月1日に人妻になりました♪
2012年2月より、ぼちぼちブログ再開!ベビ待ち記事を中心につぶやきます♪
現在は初めての体外受精の末に陽性判定を頂き、我が子に会える日を楽しみにしつつ妊婦生活中です!
どうぞよろしゅう♪

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旦那に呼ばれ、気がつくと私は病室でした。

時間は20時...3時間程寝ていたようです。

産まれ出た息子は...?

無事やったの...?

実は彼にも麻酔が効いてその瞬間はグッタリしており、

時間の経過と共に目覚めるはずやけど、

大事を取ってNICU(集中治療室)に入ったと旦那に聞かされました。

旦那は息子の様子を見たらしく、

『立派な赤ちゃんやったから、何も心配せんでエエから。今日はゆっくり休みや。』

と言い、彼自身も1日以上寝ずに疲れ果ててたので帰っていき、

私も旦那の言葉に安心してこの長い1日を終えるように眠りにつきました。


翌4月6日...

全身麻酔で喉に管を通されてたのと、乾燥と、2日程叫んでいたのとで声は出ないけど、

NICUにいるまだ見ぬ我が子に少しでも早く会いたい私。

その気持ちを原動力にして、昼頃には立ち上がり、少しだけ歩く事が出来た。

そして、旦那とともに車椅子でNICUへ...

初めて見た我が子に涙が出た。

小さいながらも重みがあり、生きるエネルギーに満ちている。

やっと母になった実感が湧いた。

ただ、その母の決断に付き合わされて麻酔がかかってしまい、

小さな体に点滴や注射の跡、ミルクの管を通され、保育器にいる姿に申し訳なく思い、

また涙が出る。

ここでの入院は念の為に検査してるだけであって、

週明けには一緒に過ごせるようになると旦那から再度説明され、

ようやく、ようやく安心できた。

大切な私の息子。

長年待ちわびた私の子供。

何があってもこれからは守っていかないと。

心からそう思う。


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波のようにやってくる痛みによって、夕飯も全く食べられず、

次第に恐怖すら感じ、

私は陣痛の度に大声で叫んでいました。

腰の痛み、骨盤の軋むような感覚も辛かったのですが、

何よりも耐え難かったのがお尻の痛みでした。

これはどんな痛みかは文字で表現できません...。

ただ言えるのは、もうこの痛みから逃れられるのなら、

どんな方法でも良いから子供だけ助けて私はどうしてくれても良い、とまで思える位辛かったのです。

そんな私をアシストするように、旦那はひたすら私のお尻をテニスボールで押したり、マッサージしたり...

私が我を忘れて叫び出しても冷静に呼吸法を誘導してくれたり...

最近結婚したナイナイの矢部っちが奥さんに『ブレない人』と言われてたけど、

ウチの旦那もまさしくそうだと思いました。

彼の冷静さは私をひたすら支えてくれて、あの時の唯一の救いでした。

夜通し痛みと格闘し、内診を受けたのですが、

子宮口は思うように開かず、

更に痛みに追い討ちをかけるように、再び促進剤の点滴が開始されました。

もう...ホンマに辛かった。

何度も何度も叫び倒しました。

『先生、もうお腹を切って下さい!』

とも。

それでも皆に励まされ、なんとか夕方まで頑張りました。

そして16時頃の内診。

『あともう少し、あとホントに少しで全開で分娩室なんだけど...』

『でも、この様子だと分娩室でもしばらくかかるし、予想以上に体力を消耗していきむ力があるか...そうなると子供さんにも危険が...』

と旦那に対して説明している先生の声が聞こえてきて、

『子供に危険!?』

その言葉で私、ポッキリ折れてしまったんです。

これ以上やって危険な事が待ち構えているなら、我が身を切って欲しい...

ホンマにホンマにそう思い、先生と旦那に泣いてお願いしたんです。

ここまでやって成し遂げられないなんて情けないけど、

それしかないと思ったから。

そこから先は緊急オペの準備になりました。

未だ襲ってくる陣痛に耐えながらオペ室にあれよあれよという間に運ばれ、

血圧の状態等々から全身麻酔だったため、

そこから先の私の記憶はありません。

ですが、帝王切開を決めてから約1時間後の17時02分、

大切な大切な息子が私達に会いにこの世にやってきてくれました。

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陣痛室に移ってからは、自前の陣痛なので、この日は薬は何も使わずに、

ひたすら襲ってくる痛みに耐えました。

とはいえ、まだ鈍痛の部類の痛みやったから色々考える余裕があり、

まだ出てくる羊水用に使えるなと思って、

旦那宛てに『お父さんの介護に使ってた尿漏れパッドの余りを会社に行く前に持ってきて』

と、メールしたりしました。

旦那はほどなくやってきて、昼頃まで付き添ってくれました。

ご飯も少し食べる余裕もあったし、痛みは強くなる一方やけど、まだ耐えられたから、

夕方まではひたすら息を吐き、必死で痛みを逃しました。

でも、思うように子宮口が開いていかないのと、

だんだん日が暮れて心細くなったのと、

何よりも耐え難くなってきた痛みから、

旦那に、

『今夜は泊まって傍にいて欲しい』

と伝えると、会社を早退して飛んできてくれました。

ここから私達夫婦とチビの長い出会いまでの闘いが始まるのです。

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