ぴあのピア、ブラームスの2週間が終わったのですが、10曲のうち7曲が初めて目にするタイトルでした。知っていた3曲のうちの一つ「パガニーニの主題による変奏曲」だって、昨年の秋「のだめカンタービレ」で初めて知ったくらい。それも最初はリストだと思っていたくらい、ブラームスのピアノ曲に関しては何も知らなかった。

 ドイツ文学者の小塩節さんは「ブラームスの音楽は一言で言うと渋い、しかもピアノ音楽となると渋いけど心に沁みるんだなぁ。中味がとっても大きい、本当の音楽というのは大きくて、しかも深くてまっすぐなところ。それがブラームスに感じられるんですよ」
 作曲家池辺晋一郎さんは「ブラームスは後ろ向きの作曲家だと言われる、つまり保守的で古典を受け継いだけれども次の時代を指向していないと言われるけれど、ぼくは全く正反対の意見を持っていて、随所にブラームスの実験的な試み、新しい手法を見つける事ができるとと思っているんですよね。目立って旗は振っていないけれど、実はその中でものすごく重要な未来志向の事をやっているっていうのは、その精神はぼくはすごく好きですね」
 声楽家中嶋彰子さんは「大人の音、先ず瞬間的に感じますね。渋い赤ワインの味が判る人とかね、ブランディーの味が判る人とか、葉巻のいい香りが判らなければ、ブラームスも判らないだろうみたいな、そんな感じがします。人間の素晴らしさというのをすくい上げてくれてるというか、人それぞれ違うんだよ、君も大丈夫なんだよそれで、そういうところを理解してくれている作曲家ですね」
 ピアニスト伊藤恵さんは「普段私達は孤独だという事を判っていても蓋をしないとなかなか生きていけないと思うんですね。どれだけ蓋をしたり、扉を閉じていても、ブラームスの寂しさとか優しさ、なんともいえない優しさですね、寂しいんだけれど、でも孤独なのは君だけじゃないよって言ってくれるような、そんな感じがするんですよね」
 バイオリニスト葉加瀬太郎さんは「ブラームスの曲を練習するというのは本当に忍耐力がいります、これはバイオリンにもいえること。バイオリンの曲さらっても、さらっても、地味なんでね。ただ、その分本当に響きに味わいが出てくるんです。質のいいツィードのジャケットを見てるように、このジャケットを作るのは大変だろう、というところからスタートして、いつまできても飽きない」
 バイオリニスト堀米ゆず子さんは「ブラームスは譜面に書かれている事よりは、テンポの設定とか、感情の起伏とともに速くなったり遅くなったりとかをしていい作曲家だと思いますし、何よりもドルチェとかカンタービレと書いてあるときのこちらの感情移入の仕方が、ほかの作曲家に比べると本当にもっともっとたくさんものを持っていないと説得力がないんです」と語りました。
 ぼくも、クラリネットソナタやクラリネット五重奏を少し練習した事があるのですが、本当に難しかった。技術的にはさほどでもないのだけれど、音楽を演奏しているという感じがまるでしなかった。音符を音に変換しているだけのような素っ気なさ、とりつきの悪さを常に感じていました。プロの演奏家の言葉を聞いて、ようやく納得できました。素人がブラームスの味わいを出したり、感じたりする事が容易でないのは、むしろ当然の事だったのです。

 15年ぶりに姫路工業高校が復活しました。姫路工業といえば20年ぐらい前までは西播地区でもっとも実力のあるクラブだった。関西大会に出場したこともある。ぼくの知っている限り、高校Aの部で西播から関西大会まで進んだのは昨年の琴丘高校と26年前の姫路工業だけ。その姫路工業が凋落したのは、吹奏楽が女子のものになってしまったからと思われます。現在はいろんな学科ができましたが、当時の工業高校といえば9割以上が男子だった。中学の吹奏楽部員の9割が女子になってしまってはどうしようもなかったでしょう。
 今回は27名でSの部に出場。スウェアリンジェンの曲で、実力もまだまだですが、これだけ吹く人がいれば前途は洋々です。

 高校Aの部では、今年も姫路高校と琴丘高校が頭一つ抜きんでていました。姫路高校の演奏は最初から最後まで魅力に満ちていました。意味のある良い練習をがっちり積み上げてきたのがありありと見て取れました。全てのパートが自信に溢れた演奏です。特に感動したのは自由曲のクラリネットの不協和音、昔、先生が「不協和音は美しいものなんだ」と言ったことを思い出しました。クラリネットを吹いている者なら誰もが、ああいう強くて美しいクラリネット本来の音を出したいと思うでしょう。フルートも非常に骨太で艶のある音色で魅力的でした。オーボエもファゴットもサックスもみんな安定感があった。そして、それら以上に驚かされたのがトランペットとトロンボーンだ。トロンボーンに割れた音はいかなる時も必要がない、と高校時代にレッスンを受けた兵庫県警音楽隊の人から聞いたことがあります。アタックに雑音が全くない透明感のあるトロンボーンはコンクールではときどき見られる。そして今年の春聴いたワシントンウインズの演奏もこういう雑味の全くないバランスのいい音だった。トランペットのアンサンブルも惚れ惚れするくらいきれいだった。アタックに無理がなくてきれいな音色、音程も完璧だしパートのまとまり感は比類がないといってもいいくらい。バランスもいいからほかのパートともよく融和して、全く邪魔していない。
 昨年も相当いいと思ったけれど、県大会ではあまりいいとは思えなかった。全くミスも悪いところもなかったのですが、金賞常連校の演奏に比べると、明らかに見劣り聴き劣りがしたのです。結果もそのとおりで銀賞。だから、今年もこれだけ素晴らしい演奏でも、県大会ではどうなるか分かりません。金賞はあくまで相対的なものですから。でもアルカイックホールを埋め尽くした聴衆の心を大いに動かすことだけは間違いない。それは、本当にものすごいことです。アマチュアでそういう経験ができるというのは、全く得難いことでしょう。音楽を好きな者にとって、音楽をしている者にとって、結局はそれが最高の目標であり目的なのですから。また12分の楽しい音楽の時間を存分に味わってほしいものです。

 昨年は2時間遅れのコンビニで買ったので、午後のチケットは買えなかったのですが、今年は姫路駅前のチケットピアまで行ったので、午前、午後両方のチケットを買うことができました。発売の10時には10名くらいの人が並んでいました。いずれも県大会に出場する中学生の父兄の方のようでした。高校の部を買ったのはぼくだけでした。高校生ともなると父兄の人も尼崎まで行って応援するほどの関心は持てなくなるのでしょう。
 無事チケットは買えたのですが、依然として釈然としないし納得もできない。2年前までは1000円で26チーム全ての演奏が自分の好きな席で聴くことができた。今年は3000円も出して決められた席でしか聴くことができない。内容は全く同じなのに。おかしいでしょう。なぜにこんな無茶な変化が必要なのか、連盟からはなんの説明もない。
 説明がないから、ぼくは勝手に想像します。午後の部の後半になると、演奏の終わった出演者が他チームの演奏を聴くために会場に詰めかけて、満席になる。通路に座ったりしていると、消防法の規定で演奏ができなくなるので座席に座るようにと、繰り返し場内放送が響いて進行が中断される。仕方なく場内で聴くのを諦める人も出てくる。チケットを買っているのに聞けないとはどういう事だと、連盟の役員に文句を言う人はいただろう。そのための苦肉の策がこれだったのだろう。しかし、このやり方は、全くひどい対処法ではないか。なんの意図も工夫も感じられない。30年間通い続けているファンをばっさり斬って捨てて、消防法を順守する事だけを意図した、最低の方策だと言えるでしょう。その証拠に、昨年の午前の部では空席が目立った。指定券を買えなかった人もいたろうし、当日券も買えなかった人もいたはずであろう。もしすべての人が当日券を買えていたとしたら、指定券を発売する必要はなかったことになる。満員にならなかったのだから。午後の部の座席状況は見ていないのでなんともいえないけれど。でもそれとて、もっと多くの人が満足できるようなやり方はあったはずだ。指定券を買った人が全部聴くとは限らない。自分の聴きたい団体2つ3つ聴いて出ていく人も少なくない、そうするとその席は空席のままで無駄になってしまう。コンクールに指定券はそぐわない、無駄が多すぎる。座席がないから指定券を発売するというのは、コンクールにおいては全くの矛盾ではないか。午後の部は自由席は出演者だけに発売される。指定券が400枚ほどだから、1200席以上は出演者のために確保されている。ところが午前の部の出演者は650名だから、午後の部の最初は500席以上空席になっている。当然プログラムが進むに従って埋まっては行くけれど、このやり方が本当にあるべき姿なのか。出演者がほかのチームの演奏を聴くことは重要なことだとは思う。大いに勉強になる。そのことを重要視して一般客を排除することも一つの見識だとは思う。コンクールを勉強会、研修会と考えれば充分意義のあることだ。だとしても、排除の仕方を考えてほしい。自由席券を枚数を決めて窓口だけで販売すれば、値段を高くする必要もないし、遅く来て買えなかった人はいくらかでも納得できるだろうし、無駄な空席を作ることもない。
 ぼくはこれからも毎年指定券を買うけれど、毎年納得できないと文句を言い続けるつもりだ。

 今年もまたこのふしぎな曲が鳴り響きました。日本でもっとも多くの人が知っている行進曲がこの曲ではないか。野球には全く興味がないという人も多いから、案外聞いたことがないという人も多いかもしれない。でも、子供時代は夏休みだから1度や2度は聞いたことがあるという人がほとんだとも思う。吹奏楽をやったことがある人なら「星条旗よ永遠なれ」がもっとも人気のある行進曲だろうけれど、一般の人が普通の行進曲を聞く機会などほとんどない。だいたい行進曲が行進曲として演奏される機会も全くといっていいほどなくなってしまった。学校の運動会や体育祭では演奏されたりレコードが流されるかもしれない。でも、小学校ではちゃんとした行進曲が流されるか疑問、流行歌やアニメの曲がアレンジされたものが行進曲として使われる。ぼくが高校の時はちゃんとスーザの「キングコットン」が入退場に演奏された。でも、それは学校によってバラバラだから、特に知名度の高くなる曲というのは存在しないはずだ。各地のお祭りのパレードでも吹奏楽が行進曲を演奏することはあるし、国体でも演奏される、自衛隊の閲兵式等でもそうだろう。でも、それらの曲もバラバラだし、耳にする機会も多くはない。でも、この一つの曲は年に一度必ず演奏される。正確には地方大会でも演奏されるから50回。閉会式でも演奏されれば100回になる。でも放送で多くの人が聞くのは1回、1回でも毎年何百万という人が聞く。もっとも知名度が高い行進曲だと言っても間違いないと思う。そのもっとも知名度の高い行進曲の作曲者を知っている人はほとんどいない。テレビラジオでこの曲の紹介をしているのをあまり聞かない。でもぼくは、だいぶ前からこの曲を作ったのは山田耕筰だということは知っていた。そして、この曲のタイトルを知っている人はさらに少ないと思う。ぼくも、10年ほど前、この曲が入っているCDを買うまで知らなかった。ちなみに、この曲が作られたのは1935年、「全国中等学校優勝野球大会歌」として作曲された。それを作曲家自身によって行進曲に編曲されたものです。
 今年も関西吹奏楽連盟(多くは高校生だと思われる)によって演奏されたけれど、本当にうらやましい。この曲はどんなに演奏したくても、関西吹奏楽連盟の選ばれた人たちしか演奏することができない。

 2年ぶりに全部聴いて、帰って結果を確かめても何も書く気がしないほど疲れました。先ず思ったのはレベルが本当に高くなったということ。兵庫県は何十年も前からレベルが高いと言われているけれど、僕自身30年聴き続けているけれど、さらにレベルの高いバンドが増えたと感じました。その証拠に金賞が10団体出ました。金賞は上から3割、という規約のようなものがあるようで、26団体だと8団体が金賞ということになる。この11年で見ると、8団体の時が7回、9団体の時が4回でした。10団体の金賞は12年前の1回だけだったのです。15年前にもあるのですがそのときは30団体の出場なので、ちょうど3割になっている。
 県大会に出てくるような高校生はみんな判っている。どういう音楽がいい音楽で、どういう練習をすればいい音楽ができるかを。ぼくなんかより余程鋭い。以前隣に座っていた高校生がプログラムに○△×をつけながら聴いていたのですが、その評価は全て審査結果どおりでした。コンクールは指導者のものという感じがあるけれど、兵庫県の高校に関しては必ずしもそのままではないような感じがします。生徒の自主性、受け継がれていく感性や方法論が生徒の中に息づいている感じがする。

 ぼくの座席の3列前の席に昨年近大の指揮をした守屋先生の姿がありました。ポップスコンサートでは学生指揮らしき女子の名がチラシにあったので、てっきり彼女が指揮をするのだと思い込んでいました。まさか、森下治郎が出てくるとは夢にも思わなかった。彼が近大を指揮して3年連続金賞を獲得したのは、もう24年も前のこと。82年のアンティフォナーレには本当にしびれた。あの格好いいフィニッシュの姿は今も鮮烈に残っている。なぜに24年も前の人を担ぎ出さねばならないのか。学生が駄目ならプロ、プロが駄目なら勝てるプロ。本当に勝ちたいのなら、復活したいのなら、ごく自然な選択だったでしょう。でも二昔も前の人をよくも覚えていたものです。そして24年ぶりに出てきた人の実力は、やはり半端なものではありませんでした。「プラハ」がこんなに恐ろしい音楽だとは思いもしませんでした。音楽を聞いて身震いするなんてそうあることではない。音程がどう、リズムがどう、バランスがどう、というような次元の音楽ではない。圧倒的な迫力、心を揺さぶる音楽、当たり前の練習をどんなに積み重ねても遠く及ばないのではないかという気すらした。
 関西に住んでいる人は、絶対19日に橿原文化会館に行くべきです。得難い感動が待ち受けているに違いありません。
 どういう事情か3年生以下43名で挑んだ関大も立派な演奏でした。ぼくの耳では全く問題点は見出せないほど素晴らしい演奏。事情を抱えた中でのこの演奏はちょっと信じられないくらいです。



犬
 別格1番太山寺が近づくと突然犬が現れて先導してくれます。まるで九度山から高野山へ弘法大師を導いた白い犬の伝説そのもののようです。

山門
 かなり傷みかけている山門、

石段
 山門を抜けると途方もない石段が待っています。お大師さんの犬は軽快に駆け上がっていきます。






慈眼寺へ
別格3番慈眼寺への山道

慈眼寺
 慈眼寺の大師堂、本堂、穴禅定はここからさらに急峻な山道を登る。


中の浜
 土佐清水市、中の浜にあるジョン万次郎記念碑です。