腐れ茸のぬるっとつれづれ(仮) -14ページ目

腐れ茸のぬるっとつれづれ(仮)

年齢はほぼ半世紀、乳ガンステージⅣ患者のブログです。コメントメッセージ一切受けません。宗教やオカルト、ネットビジネス系の方及び勧誘行為と判断した方のフォロー及びアメンバー申請はご遠慮、途中でも解除します。

いわゆる「第二次ベビーブーム生まれ」な私、高校入試でも残念ながら「浪人」をせざるを得ない同級生が何人かいた。

塾通いしている子がほとんどで、行ってないと行ったら「またまたぁ〰️」と言われた…いや、マジで行ってなかったけどな。

しかしなんぼ呑気といえど、さすがになんか言うだろ、うちの両親…と思っておりましたが…


まずはさすが我がおかん、びっくりするくらい勉強や成績について何も言ってこなかった。

言わんというより、邪魔はガッツリしてくる。

歌番組見よう、とテレビの前に連れて行かれた笑い泣き笑い泣き笑い泣き

何も言わないのはおとんも同じだった。

ちなみに、おとんは時代劇視聴のお誘いをしてきた。

こんな感じなので高校卒業後は就職しろと言うと思っていた。

ただ、二人とも大学進学の時期になったら、進学を薦めてきたのだ…ならばテレビ消すぞ…


自分としては、出生についてほわぁ~とわかっていたし、祖母からは「女なんじゃけ、中学卒業したら工場に行って働くんが当たり前じゃ」と言われていた。

ぱあぷうな私、ババァからそう言われたらさもあらん、と納得…

ばぁさんは、長子のところの男子(私と同じ歳)より偏差値の高い学校に行かせたくないだけ…なるほどですねぇw笑い泣き笑い泣き笑い泣き

絶対にどこかの高校に行きたい、というのもなかったし、成績についても悪くなければええか、くらいだった。

成績悪くなければ、どこかの工場が拾ってくれるだろうな、と。

ちなみに、当時の成績は学校参加の県の模試で430点くらいだった(五教科各100点満点)。

よーし、悪くない、やったあ、問題なく工場就職できるぞぉ!ウインクウインク

世間知らずの子は、血が繋がってなくともちゃんと世間知らずだった笑い泣き笑い泣き笑い泣き


…で、見事にその案は、両親に握り寿司にされましたよ〰️。

ま、そりゃまあそうだな、ババァの男尊女卑計画にはまりそうだっただけだしね(本人、どうでもよくて割と就職にノリノリだったとはいえ)

ただ、みんなと同じ進路(進学先の高校)には行きたくなし。

幼稚園からずっと同じ顔見てるので、あちらも飽きてるだろう、と勝手に予想。

結局、うちの中学から4人しか受験してない高校に行きました。


ちなみに、行った高校ですが、父方の女性達が主に通ってた学校でした…ちっ、知ってたら行かなかったのに。

ばぁさんも卒業生です…マジで嫌だわぁゲローゲローゲロー

ばぁさんは、親がどこかの学校の校長だったらしい…いわゆる「師範学校」いうやつです。

ちなみに、一応家政科の免状は貰ってたそうですが、裁縫はおかんのほうが自慢だけどw何倍も上手いです。そういう仕事を中学卒業後からずっとやってたしね。

飯炊きも、おかんや私のほうが上手いですね。

免状、台無しやんな笑い泣きニヒヒ笑い泣き


どこかのブログで、ご子息の成績自慢をしまくってるおかんがいて、ガチで胸焼けがしたので……滝汗ゲローポーン笑い泣き笑い泣き