いわゆる「第二次ベビーブーム生まれ」な私、高校入試でも残念ながら「浪人」をせざるを得ない同級生が何人かいた。
塾通いしている子がほとんどで、行ってないと行ったら「またまたぁ〰️」と言われた…いや、マジで行ってなかったけどな。
しかしなんぼ呑気といえど、さすがになんか言うだろ、うちの両親…と思っておりましたが…
まずはさすが我がおかん、びっくりするくらい勉強や成績について何も言ってこなかった。
言わんというより、邪魔はガッツリしてくる。
歌番組見よう、とテレビの前に連れて行かれた![]()
![]()
![]()
何も言わないのはおとんも同じだった。
ちなみに、おとんは時代劇視聴のお誘いをしてきた。
こんな感じなので高校卒業後は就職しろと言うと思っていた。
ただ、二人とも大学進学の時期になったら、進学を薦めてきたのだ…ならばテレビ消すぞ…
自分としては、出生についてほわぁ~とわかっていたし、祖母からは「女なんじゃけ、中学卒業したら工場に行って働くんが当たり前じゃ」と言われていた。
ぱあぷうな私、ババァからそう言われたらさもあらん、と納得…
ばぁさんは、長子のところの男子(私と同じ歳)より偏差値の高い学校に行かせたくないだけ…なるほどですねぇw![]()
![]()
![]()
絶対にどこかの高校に行きたい、というのもなかったし、成績についても悪くなければええか、くらいだった。
成績悪くなければ、どこかの工場が拾ってくれるだろうな、と。
ちなみに、当時の成績は学校参加の県の模試で430点くらいだった(五教科各100点満点)。
よーし、悪くない、やったあ、問題なく工場就職できるぞぉ!![]()
![]()
世間知らずの子は、血が繋がってなくともちゃんと世間知らずだった![]()
![]()
![]()
…で、見事にその案は、両親に握り寿司にされましたよ〰️。
ま、そりゃまあそうだな、ババァの男尊女卑計画にはまりそうだっただけだしね(本人、どうでもよくて割と就職にノリノリだったとはいえ)
ただ、みんなと同じ進路(進学先の高校)には行きたくなし。
幼稚園からずっと同じ顔見てるので、あちらも飽きてるだろう、と勝手に予想。
結局、うちの中学から4人しか受験してない高校に行きました。
ちなみに、行った高校ですが、父方の女性達が主に通ってた学校でした…ちっ、知ってたら行かなかったのに。
ばぁさんも卒業生です…マジで嫌だわぁ![]()
![]()
![]()
ばぁさんは、親がどこかの学校の校長だったらしい…いわゆる「師範学校」いうやつです。
ちなみに、一応家政科の免状は貰ってたそうですが、裁縫はおかんのほうが自慢だけどw何倍も上手いです。そういう仕事を中学卒業後からずっとやってたしね。
飯炊きも、おかんや私のほうが上手いですね。
免状、台無しやんな![]()
![]()
![]()
どこかのブログで、ご子息の成績自慢をしまくってるおかんがいて、ガチで胸焼けがしたので……![]()
![]()
![]()
![]()
![]()