(12月4日) 10

温まるまで数秒の時間を要し、僕は水を浴びた身体を震わせていました。

振り返って怒鳴りそうになる衝動を押さえ、風呂場に備え付けてある鏡に背を向けます。そのまま床に座り込みました。

すると、彼女は「にゃ、にゃ、にゃ」と、特殊でありながら腹立たしい笑いをして見せます。

にゃにゃ。失礼仕りました

能天気な口調が、悪意を感じさせません。

そして、改めて僕の背中に湯がかけられました。

先ほどの冷たい水を流すように、その温かさは身体の芯まで温めてくれるようでした。

しばらくして、僕の背中に垢すりが当てられ、優しく撫でるようにこすり付けられます。

僕は思わず、大きく息を吐きました。

はああぁぁぁぁ~。それにしても、この歳になってお前と入るとはなぁ。真央もこんな気分なのか? うらやましいな

自分の背中越しに、妹に話しかけます。

すると、彼女は僕の背中を洗いながら返事をしました。

おや? 先日も入りましたぞ? ―――と、兄上は健忘でしたなぁ。にゃは……はぁ

無理やり笑おうとして、途中で止めます。

それは僕にとって、普通の人とは違う「障害者」を認識させてしまうと考えたからなのでしょう。

僕も失笑し、話を切り替えました。

まぁ、健忘なのは生まれつきだけど―――そうだなぁ。お前と詩織は双子だろ? 身体の発育が違うよな?

その質問に対して、結は「二卵性でござりますから」と前置きをしてから、返事をします。

それこそ、生まれる前からのものでござりますぞ。しかし、姉上には申し訳ござりませんなぁ~。なんと言っても、姉上よりスタイルがいいのでござりますから。こればかりは、私の勝ちでござりますぞ。兄上も触ってみませぬか? 特別に八割引で……いかがでござりますか

(金を取るつもりなのかよ……) い、いや。遠慮しておくよ。でも、本当に大きくなったな……背丈も……胸も―――って、別に深い意味で……

一瞬、結の手が止まりました。僕は自分の発言の過ちに気付き、しかし結の方が先に答えます。

もしかして、兄上も……ご自分の胸が平たい事を悩んでいるのでござりますか?

いやいやいや! 男だから! むしろ要らない!

僕は全力で否定。肯定する要素は一切ありません。

すると、僕の背中に再びシャワーの湯が当てられ、垢すりでこすられていた背中が流されます。

その際に発生していた泡が床にこぼれ、排水溝へ向かって漂いました。

それはぷかぷかと浮かび、水平線の先に見える雲を縮小したような光景です。

次に、頭にシャワーがかけられました。僕はうつむき、目を閉じます。

……す、すまん

なぜか申し訳なくなり、一言謝ってしまいました。

すると、結は手馴れた手つきで僕の頭に直接シャンプーを塗り込み、がしがしと両手で揉むように洗います。

にゃ、にゃ、にゃ。弟にも同じことをしているのでござりますからなぁ。小学三年生とはいえ、両親を失って以来は一人では入れない様子。私も姉としての役割を担っていますゆえに―――と、皆まで言わずとも分かりましょう

そう言われ、僕は納得しました。

ああ~。そう言えば、お前もお姉ちゃんになったなぁ。身体もすっかり成長したし、大人の階段を上っていないだろうな~?

我ながら、品性のないことを口にしてしまいます。

〔つづく〕

登場人物

草薙 香    主人公

草薙 詩織   香の妹 双子の姉厳格で気丈 中等部 二年

草薙 結   香の妹 双子の妹 のん気で明るい中等部二年

大根 真央   香の従兄弟、両親は他界 小等部三年

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ストーリーの概要


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