密室の医猟 「罠」

密室の医猟 「罠」

簡単な手術だと虚偽説明→約束に反して未熟医に執刀させ
聴力喪失、眩暈は治らず疼痛は悪化
説明を求めたら暴言オンパレード
大学病院への紹介状に眩暈悪化の経緯を書かず「心因性」だと誘導
他病院での再手術により完治
公開質問状→回答拒否
鬱に

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説明不足は不作為の罪と言えるが、偽りの説明を繰り返した罪は作為の罪である。

 

繰り返し繰り返し確認したにも拘わらず、意図的に患者をミスリードして、手術しか方法はないと信じ込ませた。

 

脳腫瘍の手術するなら、経験豊富な名医でなければならないが、当該病院は『脳血管がメイン』の病院だと自ら公言していたのである。

 

ネット接続していたなら、担当医の嘘は見抜けた筈であるが、当時PCも持っていなかった。キーボードで日本語を打ちたくなかった。

 

仕事で英語の契約書などを作成して、心が荒れていた。日本語を手書きで書くことで、癒された。PCやネット接続は、出来る限り先延ばしにしたかった。

 

まさか医師が患者を騙す目的で虚偽の説明をするとは想定外。ヤブ医者が難しい病気の診断が出来なかったというのとは違う。誰が見てもMRに写っている良性腫瘍。大脳・小脳の外にある腫瘍だから、脳本体を傷つけることなくきれいにコロッと取れるのだと。

 

繰り返し尋ねたが、『簡単な手術できれいにコロッととれる、ホクロを取るような簡単な手術である』と説明。これが詐欺でないと言えるか。詐欺医師!

 

手術の第一の目的である『眩暈』を治すこと。これを約束したのである。めまいが治らないのなら、手術などする筈がない。良性腫瘍だから手術の必要はなかったのである。

 

術後の痛みに関して質問したら、あたかも名医の如く断言した、『一ケ月で仕事復帰できる』と。

 

3ケ月経っても傷口の強い痛みが改善しないので尋ねたら、『1ケ月で仕事復帰は一番うまくいった場合の話!』と言って、すましている。どんな痛みか、どんなときに現れるか、・・・一切尋ねない。

 

眩暈は治ると、手術前に何度も言質を取ったのに、『めまいは心因性!』だと、詐欺そのもの。

 

どんな失敗も、『心因性』で誤魔化すことができる。ペテン医者にとっては、万能の逃げ道。。。

 

担当医自身が脳血管専門であるのみならず、未熟医師にまで執刀させていた。最初から最後まで隠蔽。カルテ開示によって患者は初めて知ることになる。カルテ開示のときには既にこの未熟医師は当該病院を辞めていた。結婚して医者を辞めたのだと、医事課の人は言った。事実かどうかは分からない。何しろ最初から最後まで嘘のオンパレードだった病院である。

 

詐欺なのに、何故被害者が弁護士費用を負担して、立証責任を負って、結局裁判官は医師の言葉を信じて、被害者を何重にも苦しめるのか。

 

単に勝った負けたの話ではない。既に体を傷つけられているのである。日常の生活ができない。加えて、精神的に蹂躙され続けるる。精神的痛みは、決して軽減はしない。日々積み重なるのである。

 

心も体も衰弱して死に至る。生きながらの地獄である。

 

説明責任のある筈の医師の言葉は、『記憶にない』である。

年月とともに、『事実もない』になってしまうのである。

経験を重ねた悪徳病院は、蹂躙の方法、捩じ伏せの方法、・・・を熟知している。

 

 

日本人は、争いを嫌い、和をもって貴しとなし、相手を思いやり、美しいものを尊び、こまやかな心の営みをしてきました。日本人は、勤勉で、親切で、真面目、正直、誠実です。相手を思いやる、弱いものを皆で守る、嘘をついてはいけない、人を騙してはいけない、卑怯なことをしてはいけない、と子供はいちばん最初に教えられてきました。日常のこととして育ててきた文化は、かけがえのない貴重なものです。

今、この「日本人の本質」が失われつつあります。

現在の日本で、手抜き工事をし、平然と盗作を応募するとか、偽装経理を行い、また、家族を傷つけ、守るべき弱者を騙し、目の前の自分の利益だけを求めるなど、あってはならないことが起きています。無機質な個人が中心の社会となっています。

失われつつあるのは、「日本のこころ」です。

騙してでも勝ったものが賢い、騙されたものがバカなだけ、騙されたものの自己責任だという価値観になりつつあります。

 

まるでゴーゴリの『死せる魂』の世界。

 

一旦騙されたら、『外套』の主人公のようにみじめに死んでいくしかないのでしょうか。日本をそんな国にしてもよい筈がありません。

 

悪貨が良貨を駆逐するような国柄にしてはならないのです。

 

何か大きな力が働いて、美しかった国を地獄にしようと罠をかけてきているような気がしてなりません。

 

日本人の力ではどうすることもできないのでしょうか。

 

ペテン医者の正体を暴くことだけが、残されたわずかな命の唯一の希望です。

 

ペテン医者を野放しにしたら、同じ被害が再生産されます。それを承知で、医師会(?)は、医師を性善説を前提に扱います。被害患者は泣き寝入りしろと。。。



たまに被害患者の訴えが認められるのは、ガス抜きにすぎないのでしょう。裁判もまた偽装です。弁護士と弁護士と裁判官の談合です。

 

インチキを野放しにすれば、やがて、道徳が麻痺状態になり、日本の国柄は汚され、国家自体がなくなってしまうでしょう。
 

http://www.sankei.com/life/news/151124/lif1511240008-n1.html


小児慢性疲労症候群 「脳の働きすぎ」画像診断で判明

 慢性的な疲れや倦怠(けんたい)感が続き、早寝早起きができなくなるなど日常生活にも大きな影響を及ぼす「小児慢性疲労症候群」。その患者の脳を調べたところ、複雑な課題を処理する際に過剰に神経が働き、疲労を増していることが、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター(神戸市)の研究で明らかになった。小児慢性疲労症候群は不登校との関連が指摘されており、脳の過活動を抑えるなど脳科学の視点からの新たな治療法の開発が期待される。(坂口至徳)



複数課題で活性化


 国際慢性疲労症候群学会の診断基準によると、小児慢性疲労症候群は、慢性の疲労や倦怠感が3カ月以上続き、安静にしても回復せず、教育や社会活動の面での機能が著しく低下する疾患とされる。階段を上ったり、読書したりといった軽い作業でも急速に疲労する。また体の痛みや、早寝早起きができないといった睡眠のリズム障害などの症状もある。

 ストレスによる副腎の活性化と脳の興奮状態は入眠を困難にし、 反対に副腎の疲弊による低血糖症は、 熟睡に必要な血糖値を維持することができないことから、 中途覚醒を引き起こします。

http://fatigue.hajime888.com/f013.html 

 2015/9/23 「医療情報の公開・開示を求める市民の会」シンポジウム  

勝村久司さん(産科医療保障制度再発防止委員、被害者遺族)の発言から

 

 

 米国科学アカデミーの「To Err is Human」という報告書は、医療過誤を「治療が予定されたプラン通りに実施されなかった、あるいは、予定したプランが初めから間違っていた」と定義しています。『ちなみに、インフォームド・コンセントは 「医療者が患者と共同の治療目的を設定して、その目的を達成するために治療プランを作成するプロセス」 と定義されますので、米国科学アカデミーの医療過誤の定義は、「インフォームド・コンセントで患者と取り決めたことが守られなかった、あるいは、誤った情報をもとにインフォームド・コンセントが作成された」と置き換えることができます。

 

 しかし、日本における医療過誤は、「医療の側がインフォームド・コンセントのプロセスを端から無視している」ケースが目立ち、米国科学アカデミーの定義からすると「医療過誤」の範疇には入れてもらえません。インフォームド・コンセントという現代医療の根幹に関るルールを無視するようなケースは、「過誤(善意が前提となった行為の誤り)」として取り扱うべきではなく、「悪意をもってなされた犯罪」として取り扱うべきだからです。

 

 伝え聞きます枚方市民病院のケースも、「過誤」というよりは「犯罪」の範疇に属するもののように思います。「リスクマネージメント」とか「医療の質の管理」とか、テクニカルな努力で医療過誤を減らそうという努力も勿論大切ですが、それ以前の問題として、医療の側がインフォームド・コンセントのルールを守ることで、日本の「医療過誤」から「悪意をもってなされた犯罪」の部分を取り去ることが肝要かと思います。