私の父は、17歳で志願して戦争へ行きました。

最初は海軍学校で過ごし、その後船に乗り戦場へ。

物資などを運ぶ役割の船だったそうです。

そして、攻撃されて沈没した経験を、なんと二度もしています。

この二回というところで、嘘だと思われるのが怖くて今まであまり人に話すことをしませんでした。

乗っていた船の名前も聞いたはずなのですが、覚えていません。記録しておけば良かった。

証拠は?と言われても何もありません。

父が話し、私が覚えていることをここに残すだけです。

どこかに記録を残さないと後悔しそうで、書かせていただきます。



一度の沈没では、夜に攻撃を受け、一晩中海に必死で浮かんでいたところ、どこかの国の漁船に引き上げてもらい助かりました。木材のような物が流れてきて掴まっていたそうです。

何人か同じ船に助けてもらったようです。

ですが、途中で力尽きて沈んでいった人も目にしたそうです。疲れて人にしがみつこうとし、掴まれた人も力が残ってなく一緒に沈んだりも…

これ以上に怖いと感じた話もあるのですが…ここまでにします。

人間が生死のかかった極限状態です。

船に助けてもらった直後は物凄く眠かったそうなのですが、眠りそうになるところ頬をベチベチ叩かれて起こされたと言ってました。

船に引き上げてもらったあとに亡くなった方も…


そしてもう一度の沈没…

船が攻撃された時、爆発の際に閃光が走り一瞬で目が見えなくなったそうです。「目が見えないっ!」と叫んだところ、誰かが手を引いて真っ先に救出船に乗せてくれたそうです。本来ならば一番下っ端なので、救出船なんて一番後回しのはず。

本当に運が良いとしか思えません。


どちらの話なのかは分かりませんが、生き残ったのはほんの一部だったとか…


もっと話を聞けば良かったと思います。

私が小学生の頃は、父が戦争の話をするのは、お酒を飲んで酔った時でした。自分から話しをすることはなかったです。

中学生になる頃には、私はしっかり反抗期を迎えて父を避けるようになり、父の話に耳を傾けることはなくなりました。

高校を卒業し上京してから、再び父と話せるようになりました。上京し、最初の数年は頻繁に帰省しましたが、そのうち帰らない年もあったりして、ゆっくり話す機会もなくなりました。

しかも母が戦争の話をすごく嫌がるので、こういう話を聞く機会が貴重でした。

本当にもっときちんと聞いておけば良かった。


これは人に伝えるべき話なのではと思いながら、今まで出来ませんでした。


こうして私がここに生きてるって凄いことです。


もう二度とこんなことが起きませんように。