福岡県うきは市吉井町の一部が筑後吉井伝統的建造物群保存地区に指定されています。
詳細は『うきは市』→歴史・伝統文化→筑後吉井伝統的建造物群保存地区ご参照。
うきは市とはこの一帯もと浮羽郡から由来。
最寄りはJR久大本線(ゆふ高原線)筑後吉井。駅前から真っ直ぐ北へ吉井駅前T字路(信号)。
ぶつかるのは筑後街道(国道210号)で右折、川を渡った地点から左手にマックスバリューを望むあたりまでの国道両側に点在する建造物がまず見もの。が、これで半分ぐらいで国道北側奥に残余が広がっていて国道上町T字路(信号)から北に伸びる道路沿いが濃い。
ご当地は有馬家21万石の城下町久留米と天領日田とを結ぶ街道の宿駅として出発、筑後川への水運も開発して近隣商業作物の集散、加工地(精蝋、酒造、菜種油)として繁栄。
ただ江戸期の建物は1869年大火により焼失。これに懲りて耐火性ある瓦葺塗屋造で街並み再建、最盛は大正時代というから、そんなに古いものではない。
見た目岡山県倉敷にくりそつだが、じぇんじぇん観光客はいない。個別に重要文化財指定の建物はなく、大原美術館級の美術品公開施設もないのでしゃーないね。独自金融もあったようだが、久留米藩をケツに敷いたとまではきかない。倉敷は商売では昔も今も岡山と張りあうほどじゃけんね。まあ愛をカクニンしあうカップルなんて見たくもないシトにはいいんじゃなかろうか。
画像はらしきものを大急ぎで撮影だが地区組成物件かどうかは保証いたしかねる。前記市HP添付地図に物件名は記載されていないが、記載されていたとしてもどれと指示できるほど丹念には観ていない。まあ、こんな感ずつうことで。なお、内部公開は3件でうち2について連載(本項画像物件はしべて非公開)。