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他のみんながやってきて
私を笑わせようとした
みんなは私とゲームをした
面白半分でやるゲームや、本気でやるゲームを
それからみんなは行ってしまった
ゲームの残骸の中に私を残して
なにが面白半分でなにが本気なのかも分からずに
ただ私 ひとりを
私のものではない笑い声のこだまする中に残して
その時あなたがやってきた
おかしな人で
とても普通の人間とは思えなかった
そしてあなたは私を泣かせた
私が泣いてもあなたは大して気にかけなかった
もうゲームは終わったのだと言っただけ
そして待っていてくれた
私の涙が全て喜びに変わるまで
『新しい眼で自分を見る』
私は小さい頃、私の存在を嘲笑した人間の眼を深く内面化してしまった。
私はいつもいつも、その人間の眼で自分の存在を見ていた。
だから、自分は他人に愛されるに価しない存在と感じるし、何かみっともない存在と感じるのである。
小さい頃、私の存在を嘲笑した人に私の一生を支配させていいの か。
私は、私の中に、私を見る新しい眼を作らなければならない。
常に私の存在を肯定し、勇気づける眼を作らなければならない。
親が子供に与えるメッセージの中に、
「存在するな」というのがある。
「あなたさえいなければ」というような事を言う親である。
その親の元で育った子供は、自分の存在は他人の不幸でしかないと感じる。
このようなメッセージを受け取った子供は、自己防衛のため自然と受け身になり、「鬱」になる。
「自分は存在する価値が無い」
このように感じた私のような人間は、大人になってもやはり受け身で、鬱になるのではないか。
このような育てられ方をしたら、社交的で挑戦的な生き方なんて出来なんだ。
私は小さい頃、私の存在を嘲笑した人間の眼を深く内面化してしまった。
私はいつもいつも、その人間の眼で自分の存在を見ていた。
だから、自分は他人に愛されるに価しない存在と感じるし、何かみっともない存在と感じるのである。
小さい頃、私の存在を嘲笑した人に私の一生を支配させていいの か。
私は、私の中に、私を見る新しい眼を作らなければならない。
常に私の存在を肯定し、勇気づける眼を作らなければならない。
親が子供に与えるメッセージの中に、
「存在するな」というのがある。
「あなたさえいなければ」というような事を言う親である。
その親の元で育った子供は、自分の存在は他人の不幸でしかないと感じる。
このようなメッセージを受け取った子供は、自己防衛のため自然と受け身になり、「鬱」になる。
「自分は存在する価値が無い」
このように感じた私のような人間は、大人になってもやはり受け身で、鬱になるのではないか。
このような育てられ方をしたら、社交的で挑戦的な生き方なんて出来なんだ。
『愛されるに値する存在』
人間の心理にとって決定的なことは、自分が他人に好かれる存在であるかどうか、ということである。
実際に好かれているかどうかではなくて、好かれる存在であると自分で感じているかどうかである。
自分は愛されるに値する存在であると感じられるか、自分は愛されるに値しないと感じるかは、自分の一生の幸不幸を支配する。
小さい頃、「あなたは望まれている。愛されている。」というメッセージを受け取る人がいる。
しかし私のように、「あなたは望まれていないのに生まれて来てしまった」というメッセージを受け取る人もいる。
「あなたはここにいていい。あなたはここにいる権利がある。誰もがあなたがここにいることを責めることはない」というメッセージを受け取る人がいる。
しかし私のように、「あなたはそのままではここにいる資格はない。可愛がられる様に行動しなければ受け入れない。あなたはここにいるために、常に機嫌とって自分を押さえなければならない」というメッセージを受け取る人もいる。
私は望まれて生まれた存在である
幼い頃、このように感じることの出来た子供とそうでない子供とでは、大人になってから他人に対する態度が全然違ってくるだろう。
このように感じることのできた子供は、大人になってから、どこにいても堂々としていられるだろう。
私と違い、見知らぬ人と接しても堂々としていられるだろう。
人間の心理にとって決定的なことは、自分が他人に好かれる存在であるかどうか、ということである。
実際に好かれているかどうかではなくて、好かれる存在であると自分で感じているかどうかである。
自分は愛されるに値する存在であると感じられるか、自分は愛されるに値しないと感じるかは、自分の一生の幸不幸を支配する。
小さい頃、「あなたは望まれている。愛されている。」というメッセージを受け取る人がいる。
しかし私のように、「あなたは望まれていないのに生まれて来てしまった」というメッセージを受け取る人もいる。
「あなたはここにいていい。あなたはここにいる権利がある。誰もがあなたがここにいることを責めることはない」というメッセージを受け取る人がいる。
しかし私のように、「あなたはそのままではここにいる資格はない。可愛がられる様に行動しなければ受け入れない。あなたはここにいるために、常に機嫌とって自分を押さえなければならない」というメッセージを受け取る人もいる。
私は望まれて生まれた存在である
幼い頃、このように感じることの出来た子供とそうでない子供とでは、大人になってから他人に対する態度が全然違ってくるだろう。
このように感じることのできた子供は、大人になってから、どこにいても堂々としていられるだろう。
私と違い、見知らぬ人と接しても堂々としていられるだろう。
『一人では何をしてもつまらない』
甘えの欲求を満たされていない人は、たいてい虚栄心が強い。
他人の注目を集めようとする。
他人の称賛を必要とする。
皆に、「わあ、すごい」と言ってもらいたい。
虚栄心を満たそうとして努力する。
そのエネルギーは大変なものである。
私がやっていた読者モデルなどもそれに含まれる物だと思う。
みんなの注目を集め、「すごい」と言われることで満足する。
しかし、これは満たされない甘えの欲求を間接的に満たそうとしているのである。
虚栄心の強い人が自分を満足させようと、いつも心に安らぎがないのはこのためである。
虚栄心の強い人は一人では何もできない。
称賛してくれる相手がいて、初めて虚栄心が生まれるのである。
一人では何をしてもつまらない。
一人では生きていることも楽しめない。
一人では何をしていてもつまらないのである。
甘えの欲求を満たされていない人は、たいてい虚栄心が強い。
他人の注目を集めようとする。
他人の称賛を必要とする。
皆に、「わあ、すごい」と言ってもらいたい。
虚栄心を満たそうとして努力する。
そのエネルギーは大変なものである。
私がやっていた読者モデルなどもそれに含まれる物だと思う。
みんなの注目を集め、「すごい」と言われることで満足する。
しかし、これは満たされない甘えの欲求を間接的に満たそうとしているのである。
虚栄心の強い人が自分を満足させようと、いつも心に安らぎがないのはこのためである。
虚栄心の強い人は一人では何もできない。
称賛してくれる相手がいて、初めて虚栄心が生まれるのである。
一人では何をしてもつまらない。
一人では生きていることも楽しめない。
一人では何をしていてもつまらないのである。