僕は結構ネトナン歴が長く、それなりに自分のルーティンや、
自分なりの口説き方を確立している。
それで何年もやってきていた。
その中でいつの間にか、
【自分なりの口説き方の確立=視野の狭さ】
というものが出来上がっていることに気づかなかった。
ネトナンというのは、正直本当にイージーモードで、
路上に出て暑い、寒い思いをすることもなく、
メンタルを病むこともなく、手軽に異性を抱けるツールだ。
だから、そのためにアポを入れて、必要なら食事やお茶を挟み、
ホテルやネカフェに連れ込んだ後、セックスをするまでがワンセット。
ずっとこのやり方でやってきたし、
自分に向いているのも、こんなやり方なんだと思う。
しかし、つい最近、合流したナンパ師の方と話をしていて、
衝撃を受けたことがあった。
彼のやり方は、圧倒的に今までの自分のやり方とは違った。
ネトナンを限りなく有効活用している。
確かに、加工アプリの進化により、
誰でも写真だけは可愛く盛ることが可能になった現代。
マッチングアプリでアポを取り付け、待ち合わせ場所に向かう。
そこに来たのが、写真とはまったく別人のブスだった…ということはないだろうか?
これに関しては、男性に限らず、女性にでもあることだろう。
そんな時、一体どんな対応をするだろうか。
待ち合わせ場所に着き、ワクワクしている人間を、
もし、少し離れたところから見ている待ち合わせ相手がいたとしたら?
会話をする前から、損切りされてしまうかもしれない。
連絡が返ってこなくなったり、
急に用事ができたと言い始める人もいるのかもしれない。
相手から見て、「セックスをする相手」として…
いや、「お茶をするだけの相手」として…
いや、「一瞬だけでも会話する相手」としてすら、見られていなかったとしたら?
この悲しみを、限りなく自分視点に…
自己中心的思考に置き換えたやり方を、先ほど前述した彼はやっていたのだ。
これには、結構な衝撃を受けた。
そもそも、そこに善悪はないし、
それを咎めようもない。
なぜなら、善悪を決めるのは、
それぞれの価値観や、生きてきた中で培った考え方である。
かの天才、アインシュタインは
「常識とは、18歳までに身に着けた偏見のコレクション」
と言ったそうだ。
「ドタキャンするなんて可哀想」
「悪いことをするやつだ」
なんて、誰が言えるというのだろうか。
そもそも人間は、自分にとって都合が良ければいい生き物である。
この本質は変わらない。
人類皆仲良くなんて、極論のところ難しい問題なのだ。
「仲間を傷つけるやつは許さない!」だとかほざいているマンガはいくつもあるが、
だとしたら、仲間以外は傷ついてもいいのだろうか。
「人を傷つけてはいけません」
言葉のうえでは、たしかにそうだと思う。
だがまっとうに、それを忠実に守って、
清廉潔白に生きたところで、
誰が自分を可愛がってくれるものか。
付け込まれて、悲しい思いをしたほうが多くはないか?
しかし、一般的に言われている悪いことをすると、
正義を武器に叩いてくるやつがいる。
まったく関係のない外野が、正義や常識をほざいてくる。
だが、ネトナンというやり方で見てみると、
経験人数を増やしたいとかではない限り、
可愛い子だけを狙いたくて、自分の時間の方が貴重なら
中途半端に優しくするより、待ち合わせ場所を眺めて、
損切りする方が、お互いのためなのではないだろうか。
そうやって、損切りされた人はこの世にたくさんいる。
待ち合わせ場所に誰も来ないまま、連絡がつかなくなったことなんて、
たくさんの人が経験しているだろう。
これはその分、男性側でも女性側でも一定数は
「損切りしたやつがいる」
という裏付けになるわけだ。
じゃあ自分がやっちゃダメ、なんてない。
ブサイクだった相手が悪い。
だから、異性に損切りされないように、
自分にとっての勝つ方法、勝てるやり方を確立していくべきなのだ。
今までにない価値観を知ることができて、また一つ勉強になった。
そういう話をしてくれて、本当よかった。
まだまだ全然井の中の蛙だ。
これから、じゃんじゃんドタキャンできるくらいの人間になろう。
…でも正直、損切りされた方はたまったもんじゃないなあ…と思った。