※このお話は全てフィクションです。実際の人名や地名などは関係ありません。※

2019年7月掲載記事の再投稿です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂上がりに洗面台で髪を乾かしてると

高校の頃の後輩からLINEが届いていた。

 

 

 

「はなちゃん」

「今までありがとう」

 

「なに?」

「どした?」

 

「なんでもない」

「なんか伝えたくなって」

ひまわりが笑ってるスタンプ。

 

私もスタンプを返す。

照れている犬。

 

「これからもよろしくね」

お辞儀をする白い人。

 

 

 

 

 

私のひとつ下の後輩は結構な不思議ちゃんだ。

 

 

 

 

高校を卒業してもう10年以上経つけど

こうやってふと気が向いたときに唐突なLINEを送ってくる。

 

 

 

 

先輩である私のことを普通に「はなちゃん」ってあだ名で呼ぶし

「今までありがとう」なんて

下手したら誤解されかねないことを平気で送ってくる。

 

 

でも、私はそんな自由な後輩が

はなちゃんが好きだった。

 

 

私も「はなちゃん」

彼女も「はなちゃん」

 

 

弓道部でずっと一緒に鍛錬してきた仲間。

 

 

 

 

「はなはなコンビ」なんて言われて

勉強も恋愛もそっちのけで

部活動に明け暮れていた高校3年間だった。

 

 

 

 

 

彼女はアーティストだ。

 

 

 

 

とても多才で

 

服も作るし

絵も描くし

歌も歌う。

雑貨作りもするし

写真家でもある。

 

 

そこそこ売れてるようで

一人気ままに暮らしている。

 

 

 

 

今度、東京で個展をやるらしい。

彼女らしい唐突なタイミングで

日時と場所とフライヤーの画像を送られた。

 

 

 

 

私は旦那さんと一人の娘がいる普通の主婦。

昼間はスーパーでレジのパートをしている。

 

 

 

 

大学の頃付き合っていた彼氏とそのままゴールインして

絵に描いたような"ふつう"な人生を歩んでいる。

 

子どもは今年の4月幼稚園に入った。

 

 

 

 

彼女からのLINEが来るたびに
心はなんだかざわざわした。
 
それなのに、待たせないようすぐに返信していた。
 
 
 
 
既読スルーだってしょっちゅうだし
話題が急に変わることもある。

 

 

 

 

それでもなかなか切れない縁。

 

いっそのこと

連絡が来なくなればいいのに

なんて思ったこともある。

 

 

 

 

 

嫌いではない。

嫌いではないけど。

 

 

 

 

きっと羨ましいのだ、と

私は勝手に自己完結して

 

はなちゃんが送ってきた

お辞儀をする白い人のスタンプを

じっと眺めていた。

 

 

 

 

旦那のいびきが聞こえる。

幼い娘はぎゅっと私にくっついて眠っている。

 

 

お弁当の準備は大丈夫。

明日のシフトはそんなに忙しくないはず。

旦那は残業もなく定時帰りだ。

 

絵に描いたような普通の人生だった。

 

 

 

私が思い描いていたとおりの人生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

東京の個展で会った彼女は

たくさんのファンに囲まれていた。

 

 

 

旦那さんに頼んで

日曜日に家族みんなで

東京に遊びに来た。

 

 

旦那さんと娘はデパートのゲームセンターに夢中になっている。

 

 

 

 

「2時間くらいあーちゃんと一緒に遊んでて」

 

そう言うと

 

「ゆっくりしてきな」

 

ぐずる娘を抱っこしながら

旦那さんはにっこり笑って送り出してくれた。

 

 

 

 

さすがたーくん。

 

我が夫ながら

素晴らしいイクメンぶりににやけてしまう。

 

 

なにかお土産買っていってあげよう。

そう思いながら

はなちゃんの個展へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

行かなきゃよかった。

 

行ってみた感想はそれだった。

 

 

 

 

 

久しぶりにゆっくり話ができるのかと思っていた。

 

勝手に。

勝手な期待だけど。

 

 

 

 

 

ファンに囲まれているはなちゃんは

美しい黒髪を一部分だけ金色に染めていて

 

まさに、アーティスト、といった出で立ちだった。

 

 

 

 

着ている服も高級なブランド品で

化粧もバッチリきめいている。

 

 

 

 

 

さっきからひっきりなしに

彼女のファンがやってきて

 

あの作品がどうだ

この作品がどうだ

 

賛美の言葉を送っている。

 

 

 

 

 

彼女は高校の頃と同じように

 

にこにこと微笑んでいて

 

 

言葉少なく

キラキラと輝く憧れの視線を受け止めていた。

 

 

 

 

変わったのはどちらなんだろう。

 

 

 

 

私の感じ方が変わったのかな。

私の性格が悪くなったのかな。

 

 

 

 

高校の頃から彼女は変わらないはずなのに。

 

 

 

 

いつもにこにこ微笑んでいて

 

「はなちゃん」「はなちゃん」

そう私にくっついていた。

 

 

 

 

とりとめもない彼女の話を

ときどきツッコみながらきいていた。

 

暗くなった帰り道を歩いていた。

 

 

 

 

緊張感あふれる部活動から開放されると

 

普通の女の子2人になって

夜空を見上げながら

おかしな空想話をしたものだ。

 

 

 

 

はなちゃんは

私が出会った頃から

不思議ちゃんだった。

 

 

 

 

 

宇宙をめぐる旅人になりたいんだぁ。

 

 

 

 

 

はなちゃんはよく言っていた。

 

 

 

 

 

「この宇宙にはたくさん星があるでしょ。

 それ全部旅してみたいんだ」

 

「いいね~。

 宇宙旅行!

 楽しそう」

 

「はなちゃんもそう思いますか!

 わ

 嬉しい」

 

「うん、宇宙旅行いいじゃん。

 はなちゃんならできそう」

 

「はなちゃんだってできるよ!」

 

「あは

 できるといいな~」

 

「2人で天の川で泳ごうよ!」

 

「いいね!

 水着持ってこ」

 

 

 

そんな馬鹿なこと言って笑い合う。

めちゃくちゃ楽しかった。

 

そんな時間が愛おしかった。

 

 

 

 

 

私が大学に進学して

はなちゃんとは疎遠になった。

 

初めての環境でいっぱいいっぱいだったし

初めてできた彼氏との時間を優先していた。

 

 

 

 

はなちゃんからの近況を伝えるメールを

何度も見なかったふりをした。

 

 

そうこうしているうちに

はなちゃんは服飾の専門学校に入り

何かのコンクールで賞をとった。

 

 

 

 

 

私は大学を卒業して電子機器の会社に就職したけど

頑張りすぎて体を壊して仕事をすぐにやめてしまった。

 

付き合っていた彼氏がプロポーズしてくれて

そのまま専業主婦になった。

子どももできて数年は育児に没頭していた。

 

 

 

 

 

その間にはなちゃんは

どんどん華やかな世界に進んでいっていた。

 

服も絵も歌も雑貨も写真も、

その全てが彼女の作品として鮮やかに彩られていた。

 

 

 

ときどきやってくる

はなちゃんからの華やかな活躍を知らせるLINE。

 

 

いっそのことブロックしてしまおうか。

 

 

そんなことをおもう夜もあった。

 

 

 

 

 

それでも私は彼女が好きだった。

 

不思議ちゃんだけど

優しい、温かい彼女の心が好きだった。

 

 

 

 

ファンに囲まれる彼女を見て
私はそっと個展会場を後にした。
 
 
 
 
「おかえり、早かったね」
旦那さんはそう言って

私の頭をポンポンとなでてくれた。

 

 

「ママー! あーちゃんもう一回これで遊ぶ!」

興奮でほっぺを赤くさせた娘が

綺麗なドレスで着飾ったキャラクターが踊るゲーム機の前で

ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ~

 楽しそう!」

うまく笑顔になれた気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はなちゃんから

個展に来てくれたお礼のLINEが来た。

 

いつもすぐに返すその返信を

一週間後にポツンと返した。

 

 

 

 

 

 

 

もう、住む世界が違うのかな。

 

そんなことをぼんやりと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日

家に雑誌が届いた。

 

表紙には大きな文字で

「今注目すべき人! 新進気鋭の万能アーティスト SORA」

 

この前の個展で大きく展示されていた

はなちゃんの作品がその雑誌の表紙になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

雑誌が届いた数日後

はなちゃんからLINEが届いた。

 

 

 

「雑誌、届いた?」

 

「届いたよ

 急にきたからびっくりした笑」

 

「はなちゃんに見てほしくて」

 

「表紙すごいね」

「なんかもー別の世界の人だね」

 

 

 

既読。

 

 

 

 

 

 

 

その日、はなちゃんからの返信はなかった。

 

 

 

 

 

 

その雑誌を開く気にはなれなかった。

 

 

はなちゃんの特集が組まれていそうなことは分かったけど

 

嫉妬する自分を感じたくなくて

みじめな自分を感じたくなくて

 

 

 

 

 

 

 

でも、その雑誌を捨てることはできなくて。

 

 

 

 

 

 

見えない場所にそっと隠した。

 

 

 

 

 

 

あの東京の個展から

もうすぐ半年が経とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きだよ」

 

 

 

 

 

 

はなちゃんからのLINE。

 

 

 

 

 

 

送り先間違えた?

 

そう思って一日様子を見る。

 

 

 

 

 

 

取り消しがなかったから

これは正真正銘

私へのLINEだ。

 

 

 

 

 

 

ハートを抱きしめる可愛らしいスタンプを返す。

 

 

 

 

 

 

すぐ既読になった。

 

「私も好きだよ~~」

 

またすぐに既読。

 

 

 

 

 

「ありがとう」

「大好き」

 

 

 

 

 

 

 

はなちゃんからのLINEはいつも唐突だ。

 

 

 

 

 

 

そんな彼女が好きだった。

 

 

 

 

 

 

自由で、キラキラしてて

どこまでもありのままの彼女。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつまでも読めなかった

彼女の作品が表紙の雑誌を開く決心がついた。

 

 

 

 

 

 

 

ファッション誌とは違って

その雑誌は作品ばかりが載っていた。

 

作者の顔よりも作品と文字。

 

 

 

 

"SORA"特集のページを開いた。

 

 

 

 

 

 

あの夜2人で眺めた

星空が描かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

"この作品に込めた思いとは?"

 

 

"ずっと大好きな人がいるんですけど

 その人と一緒にみた星空を表現したくて。"

 

 

"ロマンチックですね。

 その方とは今も?"

 

 

"はい、ずっと仲のいいお友達です"

 

 

"お友達ですか。

 てっきり恋人なのかと思いました。"

 

 

"(笑)

 高校の頃の先輩です。

 今の私があるのはその人のおかげなので。"

 

"私、ずっと半端者だったんです。"

 

"友達いなくて。
 宇宙のことばっかり話してるから

 ドラマとか芸能の話が全然できなくて。(笑)"

 

"高校のころ出会ったその先輩に

 引かれるの覚悟でいろいろ夢とか語ったんですよ"

 

"そしたら「それいいね!」って。

 もう、この人のためだけでいいから

 ずっとアーティストで居続けようって思いました。"

 
 
 
 
 
 
 
それは熱烈なラブレターだった。
 

 

 

読んでるうちに涙があふれてきた。

 

 

 

あんな何でもないような会話が

2人をずっとつないでいたんだ。

 

 

 

私は彼女のことが好きだった。

純粋な彼女の言葉が好きだった。

 

 

 

どこまでも澄んでいて

どこまでも透明な彼女が好きだった。

 

 

 

 

 

 

これが恋愛の感情ではないと分かっているけど

 

だからなんだというの?

 

 

 

 

 

私は彼女のことが好きだった。

大好きだった。

 

 

 

 

彼女の表現を

彼女の純粋さを

 

愛していた。

 

 

 

 

 

それでいいじゃないか。

 

それだけでいいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

寂しかった。

 

遠くに離れてしまったように感じて。

 

 

 

あの頃の2人を忘れられてしまったような気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、ずっとつながっていた。

 

ずっとずっとつながっていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

勝手に誤解して

離れようとしてたのは私だ。

 

 

 

 

 

 

ただ、寂しかっただけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

羨ましさや

嫉妬だって

 

確かにあるかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

大好きな人が活躍している姿を見るのが

嫌なわけないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

だから、

もらった雑誌を捨てられなかった。

LINEをブロックすることができなかった。

 

 

 

 

 

 

ただ、寂しかっただけだ。

 

 

 

 

 

 

彼女の"特別"から

外れてしまったような気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、いいじゃないか。

 

 

「特別」なんて言葉

どうだっていいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、私が好きでいればいいじゃないか。

 

ただ、彼女のファンであり続ければいいじゃないか。

 

 

 

 

だって、私が一番最初の彼女のファンなんだから。

 

 

 

 

 

 

2人で見上げたあの空の頃から

私はずっと彼女のことが好きだったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また唐突に

彼女からLINEが届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日時と場所とフライヤーの画像。

 

 

 

 

新しい個展のお知らせだった。

 

 

 

 

 

 

笑ってしまうほど

彼女はいつまでも変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

スマホで「花輪 値段」と検索してみる。

 

色とりどりのお花の画像、

開店祝いにあるような花輪。

 

 

 

 

なんだ、

今月のパート代で軽々払える値段じゃないか。

 

 

 

 

 

 

特注のおっきいやつ勝手に送ってみよう。

 

 

 

どんな顔するかな。

喜んでくれるかな。

 

喜んでくれたらいいな。

 

 

 

 

あれ邪魔だったよ、って怒られるかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

送りたくなってしまったのだ。

どうしようもない。

 

 

 

 

 

 

 

だって、私が一番のファンなんだ。

 

私だって、あのとき見たファンの子みたいに

きゃっきゃしながらはなちゃんに話しかければよかったんだ。

 

 

 

 

 

 

なんだ、分かってみると単純な話だった。

 

 

 

 

 

 

たーくんに聞いてみる。

 

 

「またはなちゃんの個展があるみたいなんだけど、

 会場の近くまで送ってくれる?」

 

「いいよ。

 今度はゆっくりしてきなよ。

 あずきは俺がみてるから」

 

「うん、ありがとう」

 

 

やっぱり私の夫は最高の夫だ。

 

私は最高の私の人生を歩んでいるんだ。

 

 

 

 

 

彼女と同じように。

はなちゃんと同じように。

 

 

 

 

私も最高の「はなちゃん」だ。

 

 

 

 

 

 

ファンレターを送ってみよう。

 

「改まってどうしたの?」

 

って

 

今度は私がはなちゃんみたいに不思議な子になっちゃうかな。

 

 

 

 

 

 

 

それでもなんだかとても楽しい。

 

 

 

それでもなんだかとても嬉しい。

 

 

 

 

 

 

花輪専門店のHPから特注の花輪の注文をしてみる。
どきどきした。

 

 

 

 

 

 

けれどなんだか、

わくわくして清々しい気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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高校の後輩がやる個展に花輪を贈る話。
 
 
愛って「〇〇だ」って断言することができないものだと思います。
 
 
 
 
《追記》
「はなちゃん」は「はなちゃん」を恋愛的に愛しています。
 
LGBTの話題って繊細なのでずっとそれを書けなかったけど、
裏テーマとして忍ばせたら忍ばせすぎて見えなくなってたので追記しました。
 
はなちゃんにとって作品を作ることは
自分のはなちゃんへの気持ちを綴ることと一緒なのです。
 
でもはなちゃんは結婚してるし、
まさか自分がそんなふうに愛されてるなんて知らない。
 
はなちゃんも知られなくていいと思っている。
でも、ちょっとは知ってほしい。
そんな揺れ動く気持ちを雑誌に込めて送ったんです。
 
女性として好きだけど、
自分がそう愛されることはないと知ってる。
それでも好きだし、彼女のために作品を作り続ける。
 
はなちゃんへの愛がはなちゃんの行動力の源。
この片思いが実ることはないけれど、
はなちゃんは愛という作品を作るために生まれてきたのでそれでいいのです。
 
受け取られることがないことを知ってるから。
とめどなくあふれてくる愛情を作品に込めてるんです。
 
 
 
こういう切ない愛の話が大好き。
 
 
 
愛、とは
愛する、とは。
 
 
 
 
切ないねぇ。