世界が一望できる、空気すら薄く感じるシティタワー最上階107階。

ガラスで一面が覆われた場所で、玉座に腰かけた男を背に、一人の男が立ち、世界を一望している。
ガラスからは強い日差しが差しこみ、立っている男が何者なのかは伺えない。

玉座に腰掛けている男は、入江マサシ。
肩まである長い白髪、血のように黒い肌、強靭な筋肉と金の刺繍が入った着物との調和が
この男がただ者では、無いことを感じさせる。

入江マサシを背にして、飄々(ひょうひょう)と光景を眺める男もまた、入江マサシのただならぬ信頼があることを伺わせる。

「失礼します。」

聞き覚えのある女性の声が響き、大きく重い扉を開けて、暗い入江マサシの社長室に入ってきたのは
あの笹川ヒカルだった。

「よくきたな…そこに座れ」
入江マサシは8人腰掛けられる丈夫な深い茶色のソファーを指差した。

「お元気そうで何よりですわ。入江社長。」
そう言ってソファーに腰掛ける。

「いいんですか?ヒカルさんにこの私を会わせて?」
外を眺めていた男が始めて振り返る。

「ヒカルには知ってもらっておいたほうが良い。」

振り返った男を見て、笹川ヒカルの表情が一変する。
「あなた…ダイスケ!?」

振り返った男は、あの笹川ダイスケだった。
ダイスケはニヤリと表情を変える。

「なぜ、あなたがここに!?」

「残念ながら私は笹川ダイスケじゃない。」
「!?」

「ヒカル、この男はお前も以前から知っている男だ、極秘でこの男をオゾンに潜入させていた。
今後は、お前の味方でもある、この男の能力を良く見ておけ。」

笹川ダイスケの顔は、少しずつ、変化し、みるみるうちに顔が別人に変わっていった。
そして、その顔はある男の顔になる。

「あなたは、品質管理、只十(ただじゅう)スケサブロウ!」

「お久しぶりですね、ヒカルさん。あなたとお会いしたのはたしか一次面接の時以来、でしたか?」
物静かにヒカルに話しかけるそのゆったりとした口調はスケサブロウの温和な性格を現していた。

「し、しかしなぜあなたがここに...」
状況を飲み込めないヒカルが続ける。

「彼(只十)は普段は目立たない男だが、人には無い、恐ろしい能力を持っている。」

「只十さんは、顔を変えられるのね。それで入江社長のスパイとして活動されているの?」

「ヒカルさん、いい感をしてますね。でも、残念ですが、そうじゃ無いんです。
 私は姿形を、変えることはできませんが、”一人の相手に対して、幻を見せる”ことができる。
 例えば、今あなたが、私をダイスケさんと見間違えたようにね。」

玉座からやや身を乗り出しながらマサシは得意げに口を挟んだ。
「蜃気楼って知っているかね? 只十が身につけているミラージュスーツは周囲の大気密度を上げることで光の屈折をコントロールするんだ。つまりは正面に立つ人間に幻を見させることが出来るわけ。」

「き、気圧のコントロールなんて現代の技術じゃ...」
ヒカルは驚きを隠せず声が詰まった。

「さっきも言ったが、幻覚を見せるのは、彼の能力だ。ミラージュスーツは、その能力の補助的なものでしかないがね。」

「ははっ社長、私のこのスーツはまだ実験段階ですよ。ヒカルさんには、また今度、機会があればお話しましょう。それより、社長、私とヒカルさんを会わせたのには、何か意味があったのではないんですか?」

暫くの沈黙の後、入江は恐ろしい計画を語りはじめた。

「オゾンへTOB(株式公開買い付け)を仕掛ける。」

ヒカルの表情が凍り付いた。
「まさか、あのオゾンを事実上、”買収”されるということですわね」

「これは、敵対的TOBになる…。」
そう言って、只十はうつむいて、暫く考え込んだ。

「あとは仕掛けるタイミングだな。」
入江がデスクのPCを覗き込みながらパチン!と指を鳴らす。

ガシャンッ

入江の合図で、何かが動き出した。
只十の背後に見える景色を巨大なシャッターがゆっくりと覆い尽くしていく。
部屋は暗闇となりながら、3人の前に巨大なモニターがゆっくりと映し出された。

「これはセントレア証取の株価ボードっ...!」
部屋を覆うかの様なサイズのモニタに張り巡らされているチャートや株価に対し、ヒカルはしばらく目を泳がせていた。

「この株価ボード、現在の状況ではないな。
これは、未来の状況を示したシミュレーションボード。
まさか、この計画がここまで綿密に計算されていたとは…さすが入江社長。」

「悪魔と天使が密会している。」
一言で言えば、巨大なタワーの中でそんな光景が生まれていた。

血のように黒い肌、目は充血しているように赤い。
身につけている濃い紺の着物には金の刺繍が入っている。
異様に固そうな筋肉質な体系と着ているその服が、男の不気味さを際立たせていた。
その男は、一つの書類を一人の女に手渡した。

女はその書類を確認もせず、脇にはさみ、男を背にして
そのまま風を切りながら歩いていった。

丈夫な透明の扉が、次々と女に合わせて開いて行く。
女は色白で清楚、身長も高く、桃色と白で構成された洋服の着こなしは
尋常ではないセンスの良さが伺われた。
彼女の名前は、笹川ヒカル。

すれ違う男も女も次々にヒカルを振り返る。
彼女にあわせて、最後の扉が開いた時、強風が彼女に吹き荒れた。
彼女は少し怪訝そうに顔を傾けるが、風もものともせず、巨大なタワーを背にして進んで行く。

ヒカルが出てきたタワーには、”キングスコーポレーション”と金色の大きな文字が描かれていた。

セントレア島の北西に位置するシックスブックシティはこの地区の再開発計画の一環として17年間かけ建築された超高層ビル「シティタワー」を中心とした複合施設である。シティタワーにはグランティス大陸内外から大手・新興企業がテナントとして入居しておりそこに勤める人は「シティ族」などと呼ばれるようになった。そしてこのタワーの最上階に本社を構えるのがキングスである。

笹川ヒカルと密談をしていた筋肉質な男は入江マサシ、キングスを急成長に導いたネット界の風雲児であり同社の社長である。ヒカルがシティタワーへの出入りを目撃されるようになったのはexpo事件の数日前からで、オゾンとキングスはライバル関係にあり直接取引も行っていない中、社員が出入りするのは異例中の異例だった。

この出来事の数時間後、セントレア中央病院へ向かっていたワイマール博士は裏門へ到着していた。するとそこにはキングスのロゴの入った封筒を手にした笹川ヒカルの姿があった。

「偶然ね、ワイワール博士。相変わらず、そのお姿、お変わりのないようで…」
「…笹川ヒカル、その封筒…キングスのものだな。」

「そうです、この封筒をある方にお渡ししなくてはならないので、ここでお待ちしてます。ワイマール博士、あなたもここで誰かをお待ちですか?」

その静かな口調は普段のヒカルそのものであったが、ワイマールは気付いていたことがあった。ヒカルがキングスによって仕組まれたアンダーカバーであることを。

(ここはひとまず様子を見ることにしよう。騒ぎを大きくしたくない。)

両者腹の探り合いの心理戦が5分ほど続いたころだった。ガラスが破れるような音と共に男が裏門を目指して駆け込んでくる。病室を抜け出したクラリスとそれを追いかけてきたダイスケであった。大きな闇に引き込まれていくかのようにこの四名が顔を合わせたのであった。
陶器を徐に掴み、まるで煉瓦のような口まで陶器を近づけ、中の黒い液体をその口に注ぎ込む。
一息ついた巨体の男は、またゆっくりと陶器を口から離し、月の光が差し込む小さな窓を見上げた。
その月の光に反射して、暗闇の中で男の目だけが白く不気味に光る。

暗く、冷たい牢の中に、ゴーレムと化したクラリス・ワイマールは幽閉されていた。
もはやその姿は、研究熱心であった頃の好青年の面影はもう無い。

「その姿にしたこの俺を、そうやって今もお前は恨んでいるのか?ワイマール…」

ワイマールの背後から金属のような低い声が、狭く静かな牢に響き渡った。その声はまさに1年前、ダイスケの最終面接時に起きた事件で聞いたものと同じであった。

ガチャ、キィー...。

牢獄の戸が開く音がし、何者かがワイマール博士へ歩み寄る。暗がりから徐々に月明かりで姿が浮き上がると、そこにいたのは四神相応珠を首に下げた谷川マサルであった。

「ワイマール、お前の報告書は読ませてもらった。まったく恐ろしいことを考える、破壊剣とはな...。実はね、こいつを完成させてarms expoの発表会にぶつける予定だ!!」

ワイマール博士が振り返る。
「何?正気か!?一般人にも多くの死傷者が出るぞ!社長、一体どうしたっていうんだ!!」

「自分の立場を弁えるのだな。お前はもう用済みだ。一生ここでその切れすぎる頭を冷やしてるがいい。」
言い終えるか終えないかのうちにマサルの姿は霧の様に消え、牢獄の扉も再び閉ざされていた。



そして1ヶ月が過ぎ、arms expoの事件が発生した。オゾン社内は、多くの宣伝担当スタッフが泊まり込みで現地入りしていたため社員もまばらであったが、事故の一報がニュース速報で流れると一瞬のうちに大きな騒ぎとなった。
セントレア証券取引所一部市場に上場しているオゾン・ホールディングスの株価は売り気配のまま取引停止へ追い込まれ、本社タワーの周辺は多くの報道陣で囲まれていた。

オゾンへのバッシングが浴びせられるテレビ報道を社内で呆然と見つめる中年の姿があった。品質管理部の只十スケサブロウだ。

「こっ、こんなことが...。検収も終えて負荷テストもやった..。なのになぜ...?」

社員が渉外対応に追われ騒々しい中、スケサブロウはある物音に気づいた。

ドシーン、ドシーン...。

「地下の保管庫からの音か?」

品質管理部の脇には地下室に設置されたアーカイブ保管庫への階段がある。恐る恐る足を進めると人の声が聞き取れた。

「...誰か!ここを...開けてくれ!!....」

保管庫奥の牢獄で助けを呼ぶワイマール博士の声であった。

「わ、わわわ、、、牢屋が?こんなところに?? い、今開けますから、ちょっと待ってくださいっ。」

外側から鍵を開けるとスケサブロウは腰を抜かした。いきなり暗がりからゴーレムが現れたのだ、それは仕方がないだろう。

ワイマール博士はことの経緯を要点だけスケサブロウに話しexpo事件解明の協力を求めた。直ちにスケサブロウはウィザードストライク開発時における不正がないかの調査のために法務部へ、ワイマール博士はクラリスが搬送されたセントレア中央病院へ急いだ。
暗い路地、激しい雨に叩きつけられながら、地位も名誉も失った、身も心もくたくたの男が、傘もささずにずっとうつむいて、座り込んでいる。

一瞬の閃光、遥か向うでうなり声のような音が響き渡る。

開発部長、笹川ダイスケである。

全てを懸けて挑戦した一大イベントarms expo、多くの仲間や上司の期待を背負い、その期待に応え、ダイスケは成功を収め、会社の繁栄と共に、世界中が賞賛し、驚嘆に包まれるはずだった。

だが結果は大失敗に終わった。それだけじゃない、会場の仲間達を置いて、責任者である自分は逃げ出したのだ。

オゾン・ソードテクノロジーはこのexpoで魔法を宿すことが可能な世界初の剣「ウィザードストライク」を発表。試作品の実機展示を行った。

これはオゾン社が迷わずの森にあるワイマール博士の研究を秘密裏に回収し、1ヶ月掛け試作品の完成まで漕ぎ着けた曰く付きの一品だが、世界を揺るがす画期的な商品であることも確かであった。

クラリス・ワークスがプロデュースし、ダイスケがディレクターを務めたこの商品は発表直後に世界中へ打電され、山のような報道機関や関係者の人集りがオゾン社のブースに出来るほどの注目を集めた。

しかしこの晴れの場で大惨事は発生した。

デモンストレーションとしてクラリス・ワークスが手にしたウィザードストライクへ向けてコンパニオンのハーフエルフが炎の精霊ゴウカーを唱えたと当時に爆音が響き渡りウィザードストライクがバラバラに砕け散ったのだ。破片がオゾン社のブースを中心にホール全体へ拡散し辺りを赤く染めた。

会場が大騒ぎとなる中、走り去るダイスケの背中を涼しい顔で見つめる女の姿があった。笹川ヒカルである。

「フフッ、オゾンとサード・ディグニティーをこんな簡単に潰せるとは。簡単すぎて物足りないわ。」

そこにいるのは明らかにヒカルではなかった。ヒカルの姿をした誰か、いや誰かに乗り移られたヒカルとでも言うべきか。

救護班や負傷者などが激しく行き交う会場の雑踏の中でヒカルは姿を消した。

ダイスケは、不安に押し殺されそうになりながら、失望という恐怖から会場を後にして、思い切り逃げ出していた。倒れそうになりながら、只々走り続けた。
会場のざわめきも遠のき、次第に辺りは暗くなった頃、頬に滴が落ち、やがて大雨になった。
ダイスケは、足の感覚も無くなり、地面に転がり込むように倒れこみ、抜け殻のように地面を見つめていた。
徐々に強くなる大雨に叩き付けられながら…

「頑張れぇ!ダイスケ」
甲高い声が、ダイスケの背後に響いた。

それは大賢者バタフライの相棒、ナノテラであった。
「テラ....僕..もうダメだよ....」
雨音でかき消されるぐらいの小さな声がダイスケの口から漏れる。

「さぁ、行こう!事件の黒幕はすでに掴んでいる。バタちゃんとイエティはすでに行動を開始したヨ。」
ナノテラの言葉で、ダイスケの目に力が戻り始めた。
「バタフライとノキ(鋼のイエティ)が?黒幕って…ま…まさか…これらは全て誰かが仕組んだってこと?」
ダイスケの言葉に力が入り始めていた。そして、ダイスケの頭に真っ先によぎったのはオゾン会社の競合会社である、キングスコーポレーションだった。
「そうか! 奴らがっキングスの仕業だったんだ!僕のせいなんかじゃなかったんだぁ!!」
大きく手を掲げ、ダイスケは気持ちが晴れたように天を仰いだ。

「ダイスケ、残念ながら、この事件はそんなに単純じゃないヨ。とにかく元気だしな…これからが勝負だよ」
ナノテラはそう言って、得意の瞬間移動でダイスケの頭に座りこみ
大人の手のひらに乗る程度の小さな体をダイスケの髪の中に埋め、小さい足で一つしかない目玉をサラサラとかいた。


鉱山を所有し、製造から流通までを手がけるオゾンとは対照的に、キングスは武器・防具・アクセサリーなどのオンライン販売で業績を上げてきた新興企業である。自社では工場は持たず完全外部生産。通常武器などの工業製品は市場動向を踏まえながら目的別にサイズ、デザインなどを計画し生産ラインに移してようやく流通に乗るため、どんなに早くても企画から発売までに1年は要する。つまり流行に合わせるのが難しい業界であった。

しかしキングスは剣や鎧などの製品ラインナップを各3種類×3サイズに絞り込み、鞘や握りの部分などをBTO(Build to Order)させることでバリエーションに対応。自社での在庫を持たずに完全受注生産する大胆なビジネスモデルによりわずか5年で業界トップグループへ上り詰めた。このキングスオンラインストアによるビジネスモデルはこれまでの武器・防具流通を一変させるものであり、オゾン社にとっても大変な脅威であることは間違いなかった。


arms expoの大惨事から丸一日が過ぎた頃、多くの負傷者が搬送された王立セントレア中央病院にダイスケの姿はあった。奇跡的にも一命を取り留めたクラリスを見舞いに来たのだ。

ベッドに横たわるクラリスは全身が包帯に覆われ点滴を受ける痛々しい姿ではあったが、オゾンへ中途入社する前は古武術を行っていたこともあり、スラリとした長身からは想像が付かないほどタフな肉体を持っていたことが今回は幸いした。

「クラリス統括、とにかく無事でよかったです。実は、今回の事故で来場者の中から重要な証言が出てきました。」
ダイスケが告げると表情を変えずにクラリスがこう返した。

「やはり、誰かが本物とすり替えたな...。」
ダイスケは目を閉じて、首を大きく横に振って答えた。
「残念ながら、あの剣は本物でした。クラリス統括、あのイベントは、なんと成功していたんです!」

クラリスは意外なダイスケの答えに息が詰まった。
「せ…成功!?…成功しただと?」

ダイスケは、諭すようにクラリスに告げる
「はい、あれこそウィザードストライクの本当の能力…そして、そう、何より装備していたあなたが、生きているのが何よりの証拠です。本来ならあの衝撃でクラリス統括は跡形も無く吹き飛んでいてもおかしくないですからね。」

自信満々に話すダイスケに、少し戸惑いながらクラリスは訪ねた。
「馬鹿な…しかし、ウィザードストライクは私の目の前で、確かに砕け散った…それでも成功だというのかね?」

クラリスのこの言葉にも動じず、ダイスケは落ち着いて答えた。
「それが、お話したかった今回の重要な証言ですよ、これを見て下さい。」
そう言ってダイスケは、長く大きな箱を取り出し、中から光放つものをゆっくり抜きだした。

「そ…それは!」
クラリスは、それを見て、目を丸くして思わず言葉を漏らす
「まさか、ウィザードストライク!なぜ、そこに!?確かに私の目の前で砕け散ったはずだ!」

「クラリス統括、私も驚きました。しかし、今回の証言では、この剣が”自ら元通りに再生した”とのことです。」
ダイスケが手にしているウィザードストライクは灼熱の炎が静かに宿っているかの様にオレンジ色の眩い光で包まれていた。

「こっ、こんなことが...。再生する剣..!?」
ゆっくりと身体をベッドから起こしながらクラリスがウィザードストライクを手に取る。そのズッシリと感じる重みと端整な作りはまさに昨日arms expoで自身が手にしていた剣そのものであった。

「しかし、我々の設計段階や計画では、こんな性能は想定していなかったし…君も何度もテストを行っていたはずだろ?私自身、当日まで確認を行っていた。
第三機関の品質管理部の只十君からもそんな報告は無かった…なぜこんな破壊的な力があの会場で突然発動したんだ…やはり誰かがすり替えたとしか…」
クラリスはそう言いかけて、ダイスケに剣を渡し、何か気づいたかのように呟いた。
「そうかダイスケ君…あの報告書か!」

するとダイスケは手提げ袋から200ページはあろうかという報告書を取り出してクラリスに手渡した。
「これがダイスケ君が以前言っていた、ワイマール博士の報告書か」

「クラリス統括、私は、あなたに、そして、会社に謝らなくてはならない。
私は、魔法剣の成功のため、社内でも極秘事項をワイマール博士から預かり、この企画に使用してしまったのです。」

暫くの沈黙の後…クラリスが口を開いた。
「禁断の"破壊剣"!!...。剣芯をバラバラに砕くことで敵全体攻撃を可能にし、その後再生するという...。なぜだっ!なぜ黙ってこんなことをっ!!多くの来場者が巻き添えになったんだぞ!!」

ダイスケは含み笑いをしながら続けた。
「統括、武器っていうのはね、危険であれば危険なほど魅力的なんですよ。そしてその危険さは身を持ってしないと分からない。破壊剣は危険すぎて本来であればプロモーションなんて出来ないでしょ。でもあのexpoで一瞬のうちに世界中へこの剣の魅力が報道されたんです。今ごろ本社にはかなりの数の受注が来てるはずですよ。これは喜ぶべきじゃありませんか?」

「ダ、ダイスケ、お前...誰だっ!!」
ベッドから飛び上がりダイスケと思われる人物から間合いを取るクラリスに対して、ウィザードストライクを構え剣先で距離を確かめながらジワリジワリと狙いを定めるダイスケ。その時だった。

ガシャーン!!

クラリスは一瞬の隙を突いて背後の窓を破り中庭へ身を投げた。

「状況が掴めない状態ではダイスケ君を傷つける訳にもいかん。ここは本社にもどって社長に報告を......なにっ!!?」

病院の裏門へ続く道を走り抜けようとした矢先、思いもかけない姿が立ちふさがっていた。それは笹川ヒカルとオゾンで幽閉されていたはずのワイマール博士だった。立ち尽くすクラリスを挟み込むようにダイスケが追いつき周囲を長い沈黙が包む。

ワイマール博士の真の目的とは何か。キングスの事件との関わりは。そしてダイスケ、ヒカルが豹変してしまった訳...。
長年、大陸全土を揺るがしてきた魔法剣を巡る一連の騒動はこの後、急展開を迎えることになる。
真っ白の世界、吹雪が荒れる中、かすかに見える黒い木々、標高28,844mの氷山、通称”デスコンデンス”で、歴史を変える、ある重要な事件が起きた。

幾つもの小さな丸い穴の開いた無骨な鉄の鎧を体全体にまとった2mはある大男が、全長500mはある長い弓のような形をしたものの中心を引いて、吹雪が荒れる中を黙々と突き進んでいた。
男が引いている弓のようなものの両端には、マンモスのように巨大なトナカイのような生き物が引きずられるように丈夫な鎖に繋がれている。

暫く男が歩いた先に、黒い衣を羽織った老人がいた。
その老人の肩には、最小且つ最強のモンスター”ナノテラ”が一つしかない目玉を大きくして男を睨んでいる。

その老人の前まで着いた男は、その重い弓を雪の上にゆっくり置き、低い声で老人に話かける。
「あんたが黒塗(くろぬり)か。依頼通りだが、こんな所で良かったのか?」

老人は、答えた。
「構わぬ、ここで良い。さすがは"鋼のイエティ"と呼ばれるだけの男じゃな。2日間でいとも簡単に仕事を片付けるとは。」

「オレを力で勝る奴はおらんよ。例えそれがベヒーモスであってもな。」
大男がそう続けた。

そして老人から大男へ四神獣が施され七色に輝く「四神相応珠」が手渡された。これがまさに四神戦争の幕開けとなることを誰一人として知る由もなかったのである。時は新暦135年。世界は風雲急を告げる...。

”四神獣”とは、4つの神獣を指すのでなく、半分の鬼と虎の顔を併せ持つ顔、体がフェニックス、尾がドラゴンというそれぞれ別の4つの属性を持ったキメラ状の一体の伝説の神獣である。
その神獣が施された「四神相応珠」は新暦135年から155年の歳月を経て、大きな広間で今もなお、七色の光を放っていた。
その大きな広間に飾られた「四神相応珠」を背にして、疲れた男が大きな椅子に腰をおろし、重要な面接を行っている。

その疲れた男こそ、オゾンホールディングス社長・谷川マサルである。

この日は、選び抜かれた10人の新卒者から谷川マサル自らが3人を選び抜き、内定者を決める重要な最終面接日。
しかし、この広間には、10人いるはずの新卒者はなぜか9人しかいなかった。

そう、10人目の新卒者こそ、あの男、笹川ダイスケなのである。
彼はまだこの時点で、ここに到着していなかったのだ。寝坊である。


2時間が経過し、9名すべての面接が終わったころダイスケはオゾン本社の大広間へ続く赤じゅうたんの通路を全速力で走っていた。

「以上だな。」
谷川社長が秘書の牧場ミドリに話しかけながら腰を上げると同時に、正面の扉からダイスケが広間へ飛び込んできた。

呼吸を整えながらダイスケは一度止めた足を再び谷川社長のいるデスクへ二歩三歩進めこの限りなく厳しい状況を華麗に切り抜ける一言を告げた。ダイスケがマサルの信頼を一挙に勝ち得ることになるこの一言はその後オゾン社でも伝説として語りづかれることになる。

「社長!私は、あなたを殺しに来た。」

笹川ダイスケから出た一言、それは周りの空気を凍らせた、だがマサルは眉一つ動かさず、そのまま訪ねた。
「なぜだね。」
ダイスケは、ゴクリと生唾を飲み込み、目に力を込め、切り返した。

「社長、あなたにはまだ、知らない事がある!」

初めて、マサルの眉が動いた。
「ほう」
ダイスケはマサルに一冊の古い日誌を差し出した。
「これを見て下さい。」
そこには、まだ幼い子達が書いたであろう寄せ書きがあった。
ダイスケが自力で入手した貴重な宝物だった。

その寄せ書きの中に拙い字でマサルと書かれた文があった。

「社長もご存知では無いでしょうが、28年前、あなたは、マンガ家になりたかったのですよ。」
満面の笑みでダイスケはマサルに伝えた。

それは、マサルも覚えていないような内容がだった。
ダイスケは、オゾンの会社が大好きだった、憧れだったマサル社長。
マサルの事は何でも調べて知っていた。
生い立ち、そしてマサルの品格。

その大切な社長との面接に2時間も遅刻した自分が情けなく、死にたくなった。
どん底に追い込まれたダイスケに出来る事は、一瞬で会社への想いを伝えることだった。

「私はあなたを殺したくない。もう殺し屋を辞めて、御社で働きたい。」
もちろん、ダイスケは殺し屋でも何でも無い。
皮肉を込めた、痛切なダイスケの願いだった。

少しの沈黙、想いに耽っていたように、顔をやや下に傾けていた谷川マサルは、ゆっくりと顔を上げ、ダイスケに強く言いつけた。
「ありがとう。後日、連絡する。」
ダイスケは、それを受け、深く、力強くお辞儀をする。

「一つ質問をしてもいいかね、殺し屋ダイスケ君。」

「はい?」
終わったと思った社長の言葉からの突然の質問「なぜ、我が社を選んだんだね。」
ダイスケは少し戸惑った。
しかし、ダイスケはこの時、もう一つ、忘れられない言葉を残す。
「それは、家が近いからです。」

あまりの衝撃でミドリが持っていたクリアファイルが床へ落ち、中の書類がまるで白鳥のように空中を舞う。

マサルは予期せぬ発言に次の言葉が見当たらなかった。

軽い笑いを取って退席しようとしたダイスケの計算は大幅に狂わされ、凍り付いた大広間の空気はまるで155年前のデスコンデンスの気候を思い起こさせるには十分であった。

その時、マサルの背後にある四神相応珠がその空気を一気に飲み込むかのように振動を始めた!
その場にいた全員が四神相応珠に目を向ける。
四神相応珠は、四神獣が象られた半径500cmはある重厚な首飾りのような形をした物である、自分で動くはずもない。
しかし、その振動は止まる事も無く、そして大きくなっていく、それどころか、ガラスが炸裂するような、悲鳴に近い笑い声を発しながら、まるで生きているかのように暴れだしたのだ。
一番近くにいたミドリは目を丸くして、か弱い足を少し震わせながら、手を軽く口にあて、時が止まったように固まっている。

さらに四神相応珠は、全員を塞ぎ込むかのように言葉を発した。
「ノキ、バタフライ、そしてダイスケ…気に入った…」
その声は金属が混じったような、どこか異次元を感じさせる恐ろしい声だった。

天井まるで時空がねじ曲がるかの様に黒く歪み、そこから強烈な吹雪が大広間全体へ荒れ狂う。

「つ、ついに四神相応珠が起動した!」
吹雪に飛ばされぬよう床に伏せながらマサルは声を絞り出した。

「サード・ディグニティーがあの青年だなんてっ!」
ミドリが続けた。

バチ、バチバチッ!!ドーン!!!!

もの凄い轟音が響き渡ると同時に2つの人影が落ちてきた。

一人は無骨な鉄の鎧の大男。もう一人は黒い衣を羽織った老人と一つ目のモンスター。そう、これはまさに155年前、氷山デスコンデンスで相応珠の受け渡しを行なった二人であった。

吹雪が止み、天井から歪みがなくなると大広間は再び静けさを取り戻した。ゆっくり立ち上がりながらマサルが口を開く。

「鋼のイエティの異名を取る"超戦士ノキ"と、黒塗こと"大賢者バタフライ"。そして、笹川ダイスケ。ついに鍵となる三人が揃った。相応珠の設計書は完璧だ。量産が出来れば来期の強力なラインナップになるぞ!」

床に倒れたままのノキとバタフライ、そして腰が抜けて立つことの出来ないダイスケを尻目にマサルは意気揚々と大広間を後にした。時空を超えて召還されたこの二人とは、そしてミドリが言った"サード・ディグニティー"とは。光を失い寂しげに床で静止する四神相応珠に秘められた謎が後のセントレア大陸を恐怖と混乱に陥れることになる。
百万トンある悪魔のトンファーを首筋に受けたような衝撃。感動を呼ぶはずだったプロジェクトは、観客を地獄に突き落とした。

これは、類い希なる大失敗だ。開発部長の笹川ダイスケは力なく腰を落とすしかなかった。

それは年に一度、世界中の武器・防具メーカーが製品紹介のために集うイベント「arms expo」のデモンストレーション中に発生した。

呆然とする笹川ダイスケに、一人の女が声をかけた。

「さすが我が社期待のホープね。」

ライバルの笹川ヒカルだ。
死人が出たこの一大事を皮肉めいた、彼女らしい冷たい一言だった。

慌ただしく走り回る社員を後目にダイスケは、嗚咽を繰り返しながら、その場から逃げ出していた。

当時“企画の核弾頭“とも呼ばれた男の姿は、もう見る影も無くなっていた。



-------武力と魔力の衝突。これはセントレア島の歴史でもある。

グランティス大陸から南東に位置するその陸の孤島セントレアは世界でも有数の「輝銀鉱」の産出地でもあり、この鉱物を巡る人間と魔族との覇権争いは実に100年にも及んだ。現在、島を統治するバウンス王が「力」ではなく「法」により秩序をもたらしてからわずか15年の歳月しか経っておらず、今でもなお各地で紛争が耐えること無く続いている。

セントレア鉱山から生まれる金属の多くは武器や防具として世界中へ輸出されており、製造から流通、小売までを一手に引き受ける世界有数の武器・防具メーカーがオゾン・ホールディングスである。度重なる戦争特需の追い風を受け、創業者であるスティーブ・スティーブンソンが一代でその財を築き上げた。バウンス王が即位するのと時を同じくしてスティーブンソンは社長を退き、現在は相談役として二代目社長の谷川マサルをサポートしている。

オゾン・ホールディングス傘下で武器製造を手掛けるオゾン・ソードテクノロジーでは今まさに会社を揺るがす新製品戦略会議が行なわれていた。「arms expo」開催の1ヶ月前の出来事である。

「こんなはずじゃない!」

笹川ダイスケの声が会議室全体に響き渡った。


前代未聞の事態だ。
神聖なる戦略会議で部門統括クラリス・ワークスが熱弁をふるっていた最中だ。
完璧に見えたクラリスのプレゼンもしくは誰もが予想しない何かにダイスケは気づき、異議を唱えたかのように見えた。

だがダイスケの今の発言に、意味は無かった。
魔法テクノロジーの産物、テレパシーフォンで会議の間、こっそり今夜予定していたコンパのメンバーにお気に入りのエルフの女性が2名も増えた知らせを聞いて、思わず吹き出た一言だった。

このピンチの状況を、ダイスケは見事にチャンスに変えた。

ダイスケは、こう切り出した。

「足りないのは、サプライズだ。」

あまりにも突発的なダイスケの行動と発言に一同は固唾を飲んだ。

「従来の一辺倒なやり方である、材質と加工の改良では、飛躍的な進歩は見られない。
今こそ魔法テクノロジーとの融合を果たすのです。」

ダイスケは話ながら自身の発言の根拠を探っていた。しかし突発的に口を突いて出たこの発言は周囲を納得させるには十分でもあった。

たしかに近代の武器は進化に陰りが見栄始め、オゾンの売上高を大きく飛躍させるには従来の発想を越えるアイデアが求められていたからだ。

この時、ダイスケはふと入社直後に携わった研究開発案件を思い返していた。R&D部門に所属するワイマール博士の「魔法剣」に関する研究だ。

ワイマール博士は、研究熱心な好青年であったが、奇妙な研究ばかりを続けたせいか、顔は爛れ落ち、異臭さえ放つようになった。

いつしか、変人扱いされ、人に避けられるようになり、いくつかの謎の研究を残し、姿を消した。

そして残された数多くの研究企画書はトップシークレット扱いで倉庫に保管されている。

博士が姿を消す直前まで行なっていた魔法剣の研究。物体への魔力の融合については大変な危険が伴うため世界魔法学会の規定により長らく禁止されている。しかし、博士は研究の中で何かの秘密をつかんだから姿を消したのでは...。ダイスケの頭に一抹の不安がよぎった。

「これは合コンに行っている場合じゃない!」

会議室の扉をもの凄い音で叩き開けて走り去るダイスケの後ろ姿をクラリスは呆然と見つめるしかなかった。

ダイスケは、無我夢中で走り続けた。
ダイスケには、どうしても確かめたい事があったのだ。

しかし、ふとした瞬間、何か大きな塊にぶつかり、ダイスケは背中を壁に強く叩きつけられ、そのまま崩れるように倒れた。
強く打った頭を抱えダイスケが見上げた先には、大きな体の男が立っていた。

はじめ、ダイスケは自分の目を疑ったが、そこに立っていたのは紛れもなく、あの男ワイマール博士だった。

まるでゴーレムのようにゴツゴツした体つきは、小柄な好青年だった頃の面影がなかったが、着ていた白衣の「C.W(クラリス・ワイマール)」のイニシャルで本人だということが分かった。

ダイスケはほとんど会話もないままワイマール博士の後をついていくことにした。オゾン本社から30分ほど歩いたところにある迷わずの森に案内されたころ、日はすでに落ちかかりオレンジ色の神々しい光が森全体を包み込んでいた。

森の中を進むこと10分。小さな小屋が見えてきた。それはオゾンから姿を消した後にワイマール博士が立てた自身の新しい研究所であった。大きな身体のワイマール博士が背を丸めながら小屋の扉を開けるとダイスケも恐る恐る次へ続いた。部屋の光景を見てダイスケは驚いた。

「こっ、これはまさか...。」
部屋の奥には、人のような生き物が、逆さに突き刺さっていた。

岩に囲まれた暗い部屋の真ん中には、深い大きな穴があり、その周りを囲むかのように、その不気味な生き物が張り巡らされている。
足下には、鋭く尖った生々しい耳がいくつか落ちており、その耳からは、根のようなものが地面に突き刺さっている。
ダイスケは、小屋を飛び出した。
そして、森に広がる不気味な光景を改めて見て、絶句した。
森の中にあった木々は、木ではなく、木に見えたエルフ達の肉の塊だったのだ。
そしてその森は、まるで、エルフ達のエキスを吸って生きているかのようにも見えた。

博士は、何かとてつもない事を計画している、そして、あの部屋にあった大きな穴の奥で、何かが行われている。
「博士…あなたはいったい…いったい何を…何をしたんだ…?」

ワイマール博士は、その重い口をついに開いた。

「ハイエルフの生き血だ。これが魔法剣完成の鍵だ...。」

ダイスケが空かさず質問をぶつける。
「魔法剣とこの実験に何の繋がりがあるんだ!」

ゆっくりと椅子に腰をかけたワイマール博士はこの実験の目的を静かに語り出した。

物体に魔力を融合させると、元素で構成されるあらゆる固体の隙間に多数の素粒子による摩擦反応が生じる。つまり剣に炎を宿すと元素の結びつきが弱まりバラバラに砕け散ってしまうわけだ。これが魔法学会が魔法剣を禁じた理由である。

そしてワイマールが解決策として目を付けたのがハイエルフの生き血であった。エルフの血球成分や血漿成分には人間よりも老化が遅い秘訣である高栄養素のエターオタシスという成分が含まれ、これを金属と錬金させることで魔法を宿しても壊れない武器・防具の開発が可能になる、というのがこの実験の狙いだった。

ダイスケは続ける。
「すでに研究は成功したのか?」

ワイマール博士はダイスケに視線を合わせながらこう返した。
「残るは調合比だ。錬金する際にエターオタシスの分量が少なすぎれば金属はこれまで通り魔法には耐えられず、逆に多すぎれば金属としての強度が保てない。」

「ま、まさかそんな実験を繰り返すためにこれだけのエルフを犠牲にしたのかっ...」
ダイスケは怒りと恐怖を押さえつけるので精一杯だった。

すると背後で小屋の扉が開く音がした。それは不適な笑みを浮かべた笹川ヒカルだった。

「ヒカル?…ヒカルなのか?」
ダイスケは、ヒカルと思しき相手に問いかけた。

笹川ヒカル。
顔は、美形で頭も良く、持ち前の頭脳で物事を淡々と解決していく、不思議な女性。
会社の上司や同僚、部下からの信頼も厚い。
ダイスケが入社した頃、半年早く入社しており、半年近くは一度も親しくすることは無かったが、ある仕事をきっかけにダイスケの事を強く信頼するようになり、今はダイスケが仕事面で最も頼りにする女性でもある。

ヒカルは笑みを浮かべたまま、人形のように少しずつダイスケに寄ってくる。
明らかに、ダイスケの知っているヒカルでは無い、ダイスケに近寄った時、ヒカルは白目をむいて、そのままダイスケに向かって、棒のように倒れた。
ヒカルの体は異常に硬直しており、既に気を失っているようだ。

ワイマール博士は、低い声で呟いた。
「その子は、お前を追ってこの森に入ってきたので、私が捕えた。放っておけば、すぐに目覚める。」

ダイスケは気付いた。
「これは眠りの精霊スーピィによる魔法...。人間やゴレームには精霊は扱えない。ま、まさか博士は誰かに操られているのでは!?」

ダイスケはヒカルを抱きかかえると全速力で小屋から駆け出した。無我夢中で走り続け森を抜けた頃、辺りは日が落ちきれいな星空が広がっていた。博士がゴーレム化していること、魔法剣実験、そして精霊を扱う第三者の存在...。畳み込むように脳裏に刻まれた情報の複雑さに、帰社するダイスケの足取りはとてつもなく重く感じられた。
大自然の森の中、夜空の星が眩しいほどに輝いていた。
満月の美しい光で照らされ、微かに見える木でできた小さな家の前で一人の少年が立っていた。
少年の名はアクセル・アクリーン。

その家から漏れる光は、少年の心を和らげた。

極度の緊張と懐かしい安心感からか、少年の目には涙があふれていた。ベガの傭兵としてクルス村を旅立ってからおよそ5ヶ月ぶりに母親の待つ実家の前に彼の姿はあった。

「母さん、ただいま。」

アクセルはそう心の中でつぶやきながら実家とは反対の方向へ歩き出す。

「ごめん、母さん。僕は...やり残したことがある。まだ、帰れないよ。」

「アクセル?アクセルなの?」
家の中から母親の声が聞こえる。

扉が勢い良く開いたかと思うと、中から女性が飛び出した…
「…アクセル?」

「おい どうしたんだい母さん」
そう言って立派な髭を生やしたやさしい目つきの男がのぞきこむように女性に訪ねる。

「変ね、あの子が帰ってきた気がしたの…」
「はは、おかしなやつだなぁ…帰ってきたら、自分で入ってくるさ。
 しかしアクセルは、傭兵団の人達とうまくやっていっとるかのぉ」

「きっとうまくやってるわ…優しい強い子ですもの。」
「そうだな…」
そう言って二人は誰もいない、静かな森の奥を見つめながら、我が子の将来を願い続けた。


総延長8kmにも及ぶ城壁に塔と堡塁を備えた不落の要塞「城塞都市ベガ」。セントレア島を治めるアル・バウンス王が在席する「行政都市クラウン・フィールド」が法を司る場所であるならば、ベガは武力を司る場所と言って過言はない。バウンス王の右腕とも目されるティティウス将軍が傭兵団の全権を握り、セントレア島で発生する合法的に解決出来ない問題についての武力介入を許されているからである。

朝日がデスコンデンス山を柔らかく照らし始めた頃、一人の傭兵が馬を駆り城塞都市ベガへ向かっていた。

ブロンドの髪を肩に束ねて芸術的にまとめられた、一人の少女が、木でできた樽を抱えて、まだ薄暗い町の広場を歩いていた。

彼女の名前は、サリーヌ・マヌエット。

傭兵達の朝食の支度のため、食堂から4~500m離れた先にある井戸水を汲みとり、食堂まで3往復するのは、サリーヌの日課であった。

料理は、いつも5人で手分けして作っているが、5人の中でも一番若く、目が大きく、はっきりした顔立ちをしているサリーヌは、特別に傭兵達からの人気があり、戦いに疲れた者の心も癒していた。

また、彼女自身、大量に作る料理を、傭兵達が取り合いになる程、きれいに残さず食べてくれるので、作る甲斐があった。

丁度、サリーヌが最後の3往復をする時、向うから勢い良く、馬が駆け上がってくる音が近づいてきた。

互いの距離は1mほどはあったが、昨晩の雨で地面が抜かるんでいたこともあり、横を駆け抜けた馬から泥が周囲へ飛び散った。

「きゃっ」
サリーヌはとっさに自分の持っていた井戸水が入っている桶をに泥からかばうように身を縮めた。

駆け抜けた馬は、動きを止め、暫くして、振り返り、サリーヌにゆっくりと近づいた。

サリーヌが顔を上げると、馬にはやさしい顔をした青年が乗っていた。
「ごめんなさい、大丈夫?」
そう言って、青年は馬から降りた。その表情は焦りに満ちあふれていた。

「いえ、こちらこそ、大きな声を上げてごめんなさい。
大事な水を汲んでいたので、そこに泥が入ってしまうと心配してしまったの。」
そういって、サリーヌはペコリと頭を下げて、青年を覗き込むように見上げた。

青年の姿は、見るからに騎士のようだった。
足から肩にかけて覆われた銀色の鎧には、風格高い模様が彫り込まれていた。
恐らく、上流の騎士であろう。

「きみは、僕がどこから現れたのか見たかい?」
青年は、サリーヌの水が汲まれた桶を少し見て、辺りを見渡しながら訪ねた。

「どこから現れた?…それは、今はじめてあなたを見たから、わからないわ…」

「そうか、、それならいいんだ。驚かして、本当にごめんよ。」
青年は少しホッとした顔をして、颯爽と馬に股がった。

「あっ待って、あなた、この街じゃ見かけないけど、どこから来たの?」

「…それは、今は言えないよサリーヌ。」

「え…ど、どうして私の名前を?どこかで会ったかしら。」

「ん?そうだな…君のことは…そう、アクセルから聞いている、だから昔から知っているよ。
…次会う時、もし、僕がまだ生きていたら、君に全てを話すよ。」
「アクセルから?…全てって、あなたのお名前は…あっ」

そう言って、青年は朝日に向かって馬とともに駆けていった。





-------グランティス大陸から南東に位置する陸の孤島セントレアは人間と魔族による覇権争いの歴史であった。
ファラウス教の創設者デュランティーの誕生を紀元とする新暦元年から数えて30年には、人間の魔族領土侵攻を発端とする大陸初の武力紛争"第一次グランティス戦争"が勃発。136年には四神相応珠を巡る"四神戦争"、182年には魔族が精霊界との契約で魔法を導入したことを発端とする"第二次グランティス戦争"が起こり、度重なる争いに人々は恐怖し島を統治する絶対的存在を求めていた。
275年、当時の世界魔法学会会長であったアル・バウンスが大陸全土に向けてグランティス憲法を公布。これ以降、大陸の混乱は終息しセントレア島に穏やかな日々が訪れることとなった。


新暦297年1月1日0時すぎ。新年を祝う祭りが大陸各地で行われていた。大陸最南端にある小さな村クルスでも村民が広場に集まり酒や食事を取りながら盛り上がっていた。農業を中心に栄えたクルスは村民30名ほどで、普段は若者の多くが都市へ出稼ぎに出ているためそのほとんどが60歳以上のお年寄りであるが、新年の祝いには出稼ぎに行っている若者たちが家族の元へ帰ってきており普段よりもにぎやかだ。

眩いばかりの星空の元、このクルス村へ向かい馬を走らせる若者の姿があった。デスコンデンス山の麓にある城塞都市ベガで傭兵として出稼ぎに出ているアクセル・アクリーンである。16歳の誕生日を迎えた5ヶ月前、ベガ傭兵団へ入隊し現在は見習い剣士として魔族討伐の後方支援活動を行っている。年が変わる前に村へ帰郷する予定だったが、直前までの遠征が長引きベガを出発するのが遅れてしまい、甲冑の音を鳴らしクルスへ続く平原を駆け抜けていた。

「母さん、元気にしてるかな。さぁもう一息だ、ヤァ!」
馬に鞭を入れながら村までの街道に出た矢先、炎の固まりがアクセルに迫った。

「なんだっ!?」
間一髪のところで交わしたアクセルの前には深くフードを冠る一人のダークエルフの姿があった。

「貴様、ベガの傭兵だな..」
静かに口を開いたダークエルフは空かさず精霊ゴウカーを呼び出しアクセルを狙う。

馬から飛び降り灼熱の炎を避けながら腰のベガブレードに手をかけ間合いを詰めるアクセルに対し、ダークエルフは素早い身のこなしでレイピアを抜き甲高い金属音が響き渡る。

「フッ、お前は剣の使い方を知らんな..」
次の一振りでアクセルはベガブレードごと弾き飛ばされ地面に叩き付けられた。首元にレイピアを突きつけられたままアクセルは身動きを取ることができなかった。

「ベガの傭兵にグフタスという男がいるが知っているか?」
「し…知らないよ…誰だっお前は…」

ダークエルフは、何も言わずにアクセルの首に強く押し付けた。
アクセルの首筋から一筋の血がただれ落ちた。
「うぐぐぅっ、や…やめろ」

「もう一度だけ聞く、グフタス・カンパーニだ…知っているな?」
「グフタスなんて知らない、ほ…ほんとうに知らないんだ…やめろ」
まだ見習いのアクセルは、グフタスという名前を本当に知らなかった。

その時、何も無い所から、大きな黒い砂煙がダークエルフの背後に立ち上り、瞬く間に人型に凝縮し、2mはある赤い目をした、黒い粉塵の魔人が姿を現した。
「ゲハァ…残念だなぁソウル、ソウルともあろう男が、まさかデマを掴まされたかぁ?やはりグフタスは、ベガには、もういないのでは?」

ソウルと呼ばれたダークエルフは、目線も変えずに答えた。
「黙れババモンド、こいつが知らないだけかも知れないだろ。」

粉塵の魔人は、アクセルの顔をいぶかし気に覗き込んで答えた。
「だがぁ、どうするんだソウル。こんなボウズ相手してる場合じゃねぇぞぉ。俺たちには、あと3日しかないんだぞぉ。」

魔人ババモンドが腰を屈め覗き込んだソウルの表情に一瞬動揺が走ったかに見えた。

ソウルが続ける。
「そうだな。こんな辺境の地でベガの傭兵を見つけて運がいいと思い込んだ私のミスだ。こいつは傭兵じゃない、ただの見習いだ。」

その視線の先にあるのは力なく腰を落とすアクセルの鎧があった。ベガ傭兵団はセントレア大陸で人間が率いる兵団として最強部隊と言われている。ティティウス将軍を筆頭にフォーティーブレイブスと呼ばれる14人の英雄達、そして彼らが率いる1,000名の選りすぐりの傭兵で構成され、この傭兵団の戦闘サポートを目的に配属されているのがアクセルの所属するサポーティングユニットである。纏っている鎧はたしかにベガ傭兵団のものであるが、あきらかに主力隊のそれとは作りが違った。

「結局本土へ行くしかないのか...。」
ソウルは首筋に向けていたレイピアを手元に戻しながら、ふわりと浮いたかと思うと一瞬の風とともに消え去った。

アクセルの呼吸は乱れ、手足は子犬のように震えていた。
手の甲からはレイピアで受けたのであろう血がただれ落ちている。
アクセルは、自分のベガブレードを取りに行こうともせず、ただ呆然と震える自分の手を見つめていた。

「ボウズ!」
真空管の中で稲妻が走るような異様な声が辺り一面の空気を一変させる。
粉塵がアクセルの目の前で急速に塊り、顔だけがアクセルの目の前で形になった。

アクセルは驚きのあまり身動きすらとれない。
「この俺様を忘れるな…」
そう言って、また辺りの粉塵から手が形成され、アクセルの少し開いた口の中に人差し指を突き出す。
何をされるのか不安で死にそうなアクセルをにらみながら、粉塵の魔人はニヤリと表情を変える。

人差し指からでる一筋の粉塵をアクセルの口の中に入れた後、粉塵の魔人は、アクセルから少し離れた。
「ボウズに俺様の体の一部を預けた。そいつはあと3日もすれば、ボウズの心臓を貫く!」

「いいかボウズ、生きたければグフタスを探せ!3日以内に探せなければ、お前は死ぬ。」
魔人はまたアクセルの鼻の先までスっと顔を近づける。
「うっ…」
アクセルは恐ろしさのあまり何もできない。

「俺様の名は、ババモンド。見つけたら、俺様に報告するんだ…俺様の一部はボウズの中にいる、俺様の名前を呼べば、いつでもボウズの前に現れてやる。」
「…ぼっ…うっ」
「なんだボウズ?何か言いたい事でもあるのか?」

「ほ、僕は”ボウズ”じゃない。アクセル・アクリーンだ!」

「ボウズ…どうでもいいことで俺様を呼んだらブッ殺すぞ!ボウズの名前など、どうでもいいんだよ!」
アクセルの体を恐ろしい量の粉塵が竜巻のように固まり、その塊がアクセルの頭上で一気に拳の形に固まったかと思うと、圧倒的な重量でアクセルを押しつぶした。

「グフタスだ…次俺様を呼ぶ時は、グフタスの前で呼べ!死ぬ気で探すんだ。」
そう言うと、人の形をした魔人は、蒸発するかのように姿を消した。

わずか5分程度の出来事であったがアクセルにとってそれは永遠の長さに感じた。「グフタス」というキーワードにより傭兵の少年と謎のダークエルフ、2人の運命が交錯する新たな戦いの火蓋がいま静かに切って落とされたのだった。時に新暦297年1月1日0時25分、セントレア島の新年を満天の夜空が優しく包み込んでいた。


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登場人物 ///////////////////////////////
■笹川ダイスケ(ササガワダイスケ)
種族:人間
性別:男
年齢:---
所属:株式会社オゾン・ソードテクノロジー
役職:製品開発部 部長

■笹川ヒカル(ササガワヒカル)
種族:人間
性別:女
年齢:---
所属:---
役職:---

■バウンス
種族:---
性別:---
年齢:---
所属:---
役職:セントレア王

■スティーブ・スティーブンソン
種族:人間
性別:男
年齢:---
所属:オゾン・ホールディングス株式会社
役職:相談役

■谷川マサル(タニガワマサル)
種族:人間
性別:男
年齢:---
所属:オゾン・ホールディングス株式会社
役職:代表取締役社長

■クラリス・ワークス
種族:---
性別:---
年齢:---
所属:株式会社オゾン・ソードテクノロジー
役職:製品開発部 部門統括

■クラリス・ワイマール
種族:ゴーレム(元人間)
性別:男
年齢:---
所属:無所属(元 株式会社オゾン・ソードテクノロジー)
役職:博士(元 R&D部門 主任研究員)

■超戦士ノキ(鋼のイエティ)
種族:---
性別:男
年齢:---
所属:---
役職:---

■大賢者バタフライ(黒塗)
種族:---
性別:男
年齢:---(老人)
所属:---
役職:---

■牧場ミドリ
種族:---
性別:女性
年齢:---
所属:オゾン・ホールディングス株式会社
役職:管理部 秘書課



モンスター ///////////////////////////////
■ナノテラ
最小且つ最強の一つ目モンスター。大賢者バタフライの肩に居座る。

■ベヒーモス
超戦士ノキが大賢者バタフライの依頼を受け献上した獲物。

■四神獣
半分の鬼と虎の顔を併せ持つ顔、体がフェニックス、尾がドラゴンというそれぞれ別の4つの属性を持ったキメラ状の一体の伝説の神獣。「四神相応珠」に施されている



アイテム ///////////////////////////////
■四神相応珠(しじんそうおうしゅ)
新暦135年に大賢者バタフライが報酬として超戦士ノキに手渡した七色に輝く半径500cmはある重厚な首飾り。四神戦争の発端となるキーアイテムで、155年後の290年にはオゾンホールディングスの大広間へ飾られている。ダイスケの登場が引き金となり時空を超えてバタフライとノキを現代に召還させた。

■ウィザードストライク
オゾン・ソードテクノロジーがワイマール博士の魔法剣研究を元に作った試作品。arms expoでお披露目されたがデモンストレーション中に砕け散った。



地名 ///////////////////////////////
■グランティス大陸
この物語に登場する惑星に存在する最も大きい大陸。

■セントレア島
この物語の舞台となる孤島。グランティス大陸から南東に位置し「輝銀鉱」の産出地。現在島を統治するのはバウンス王。紛争が絶えない。

■セントレア鉱山
オゾン・ホールディングス所有の鉱山。ここで産出される多くの鉱物は武器・防具となり世界中へ輸出されている。

■迷わずの森
オゾン本社から30分ほど歩いたところにある森。ワイマール博士の研究小屋がある。

■デスコンデンス
標高28,844mの氷山。吹雪が荒れる真っ白の世界。



企業・組織 ///////////////////////////////
■オゾン・ホールディングス株式会社
世界有数の武器・防具メーカー。製造から流通、小売までをカバーし創業者で現在相談役のスティーブ・スティーブンソンが一代で築き上げた。現社長は谷川マサル。

■株式会社オゾン・ソードテクノロジー
オゾン・ホールディングス傘下で武器製造を手掛ける。笹川ダイスケやクラリス・ワークスが在籍する。

■世界魔法学会
この世界の魔法に関する最高決定機関。物体への魔力の融合について危険であることを理由に禁止規定を設ける。

■キングスコーポレーション
自社では工場は持たず完全外部生産し、キングスオンラインストア上のBTO販売を通じて5年で業界トップグループへ上り詰めた武器・防具業界の新興企業。arms expo事故にも関わりの疑いが。

■王立セントレア中央病院
arms expo事故での負傷者が搬送されたセントレア島最大の病院。


精霊 ///////////////////////////////
■精霊スーピィ
眠りを司る太古の精霊。

■精霊ゴウカー
炎を司る太古の精霊。



イベント ///////////////////////////////
■arms expo(アームズエキスポ)
年に一度、世界中の武器・防具メーカーが製品紹介のために集うイベント。



技術 ///////////////////////////////
■テレパシーフォン
魔法テクノロジーが生んだこの時代の通話手段。

■魔法剣
ワイマール博士がオゾン所属時代に取り組んでいた研究。しかし物体への魔力の融合については大変な危険が伴うため世界魔法学会の規定により長らく禁止されている。失踪していた博士が迷わずの森の研究所でハイエルフの生き血を使った実験を行なっており、完成の一歩手前まできている。

■エターオタシス
ハイエルフの生き血には血球成分や血漿成分で人間よりも老化が遅い秘訣である高栄養素のエターオタシスという成分が含まれる。ワイマール博士の実験では元素の結びつきを強めるための重要な要素として登場する。



キーワード ///////////////////////////////
■サード・ディグニティー
オゾン社秘書の牧場ミドリが笹川ダイスケに向けて言った単語。arms expo会場で笹川ヒカルも同様の単語を口にしている。