大正13年8月19日 | 胡桃澤盛のブログ

胡桃澤盛のブログ

戦間期の農村に生きた一青年の日記。長野県下伊那郡河野村。大正デモクラシーの時代、左傾青年運動にも心を寄せていた胡桃澤盛(くるみざわ もり)は、やがて村長となって戦時下の国策を遂行する。その日記には、近代日本の精神史が刻み込まれていると言えよう。

八月十九日(火曜) 曇

終日曇天。雨来らんとして来らず。夕景僅かに来るも量僅少にして終る。連日新聞紙上には水の問題にて三面を埋む。最も惨なるは水の故に殺人罪迄せるあり。此の地上の苦悩天に通ぜずや。天に神あらば慈雨を人類否生物の上に下して救うべし。今春植えた紅蓮の樹も哀れ枯死せり。又八重桜枯れなんとしつゝあり。

市の沢の草を刈る。弁当持参で終日谷峡にあり。一語も発せず。

翁助も変な奴になった。

夜、弘造さの処へ氷を飲みに往く。異性二人来り、我色を失って帰る。

天理教会新に宣教所となる。毎晩景気よい鏡太鼓で囃してる。

岩崎屋でも若い者と老人と別居するとて今日若い者は出た。銀一君の処でも家内喧嘩をやって別居するとか。人類救助の教会よ、此等の他人の不幸は眼中に無きや。我れのみ救わるれば可か。