kurumikuru210のブログ

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寒い。ひたすらに寒い。
というか、家の中が寒い。
寒いのをごまかすために、ひたすら炭水化物をほおばる日々。
嗚呼…!M(マジで)T(冬眠)5(分前)!!

干し芋のうまさに気づく冬至かな


冬至といえば、今年の冬至は12月22日(月)、朔旦(さくたん)冬至という、
19年に一度の珍しい冬至だそうな。
いわく、新月と冬至が重なる年のことだそう。
冬至というのは、太陽が復活するおめでたい日という意味合いがあり、
月が生まれ変わる新月と重なるこの日はダブルおめでたい日なんだそう。

うむ。なんだかちょっとかしこくなったぞ、自分。

あまりも寒さすぎて、すわ異常気象かとネットなぞで調べているうちに、
いつも素通りしてから気づく冬至を数日前に知ることができた。
せっかくなので、当日はゆず湯にでも入ろうかなと思い立つ。


最近、いろいろと人生に迷いつつあるのよねぇと、自称・スピ系の姉に相談したら、
廃れた神社にお参りして、賽銭箱に高額のお布施をしてくるがよいと有り難い御言葉を頂いた。

近所には立派な神社しか見当たらないので、家の隣の公園へ。
神田川の源泉が沸き、池の中州には弁財天様が奉られているという、
パワースポット感が満々の場所だ。
ただし、神社ではなくほぼ祠である。

そういえば、この古い祠に散歩がてら心配ごとやお願いごとを唱えると、
不思議といつの間にか解決していたことに気がつく。

就職の面接、金銭の心配事、人間関係の悩み、etc。

生きてゆくうえでは迷い事は多いものだが、人一倍、ネガティブ&豆腐メンタルのため、
2日に一回は人生に行き詰まってる感がある。
つついたらあっという間に崩れ落ちる、生まれたての子鹿並みの弱さだ。

そう、そして、このボロ…霊験あらたかそうな歴史を感じさせる祠は、
公園に散歩にくる近所のみなさまのお参りスポットでもある。

遠くからじっと見ていると、みなさん、時間の長短はあるもの、
ほぼ100%拝んでゆく。
愛され度120%といった感がある。

そういう意味では、前述の「廃れた」という概念にそぐわないのだが、
近所に該当する場所がないし、この祠は好きなのでまぁよい。
賽銭箱なる気の利いたものも見当たらないのだが、まぁよい。

というわけで、まず、コンビニに向かいます。
向かうのは、おにぎりと肉まん、チューハイの種類が私好みの、
セ●ンイレ●ンです。

目的は神様に捧げるお酒を買う事です。
貧乏な私には、それが精一杯のもてなしです。
独断と偏見ですが、神様はチューハイやウイスキー、サワーなんかよりは、
日本酒が好きな気がします。
なので、手頃なカップ酒を探します。

普段、私はカップ酒を買いません。そもそもほぼお酒を飲めません。
家族も酒に弱い人が多かったので、これまでカップ酒とは縁遠い暮らしを
送ってきました。

そんなわけで、カップ酒の棚の前に立っても、どれを選べば神様のご機嫌が麗しくなるのか、
とんとわかりません。値段、パッケージはどれも似たようなものばかりです。

いっそ、表で立ったままカップ酒を飲んで、けんもほろろになってるおっさんをとっつかまえて、
どれをいいのか聞くべきか。

そんな考えに駆られていると、ふと、ひとつのカップ酒が目についたのです。

ワンカップ●関

あら、これなら下戸の私でも知ってるわ。
しかも、ほかのカップより小振りなのに、なんだかちょっぴりお値段もお高いじゃないの。
素敵。

そんなわけで、夜中の23時に自転車を漕ぎ漕ぎ、神様にお供えにいきました。
もちろん、ケチな私はたったの数百円で、雨あられとお願いごと、
人生相談をすることも忘れません。

池を隔てて、ぎりぎりこちらの岸の先端、神様にいちばんよく見える場所に
ワンカップ●関は静かに鎮座しています。
月の光をしんしんと浴びながら。

月曜には、生まれたての太陽と月の光を浴びて、なおもしんしんとワンカップ●関が輝く姿を
想像すると、なんだかワクワクして、小さな悩みは吹き飛んでしまいそうです。

神様がお気に召されるといいのですが。

これは昨日の夜のできごと。

その後、寒い寒いと自宅の部屋に帰って、レンジでチンした干し芋をほおばりながら、
アチアチと叫び、口のなかに小さなやけどを作ったのでした。