kurumi3369さんのブログ

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震災からもうすぐ1年。
昨日のことのように思える。

茶の間でくつろいでいたら
すごい地震!!
旦那と外に出て向かいの駐車場に避難。
立っていられないくらいの揺れで旦那にしがみついてた。
周りの家の屋根からは瓦が落ちてる。
何度も繰り返し襲ってくる地震。
この時、死を覚悟したくらいだ。

娘を迎えに小学校へ。
学校に向かう途中、大津波警報と知った。
しかし、私は両親のことは考えられなかった。
学校に着いた。
校庭に避難していた子供たち。
校庭にはヒビ。
気持ちがパニック起こしていて娘を探すことができない。
近くにいた先生にクラス、名前を言い娘のところへ。
娘を連れて帰宅。

家に入ると足の踏み場もないくらい物が散乱していた。

何度も地震が起きるので、向かいの駐車場に車を持って行き、車で待機。
雪が降ってきた。
気持ちが落ち着いてきた瞬間、両親を思い出した。
何度電話しても繋がらない。
姉からは無事のメールあり。
従姉妹から電話があり、実家に連絡ついた。今から避難するって言ってたから安心して。と…
安心した。
連絡はつかないけど、避難してるんだって思っただけでホッとした。

電気、水道もない夜がきた。
家族で車にいた。
夕飯は家にあった食パン、お菓子。
車泊。

朝、ナビのワンセグをみたら、故郷は壊滅状態と…
心臓が飛び出そうなくらいドキドキした。

市役所の給水所に水をもらいに行き、営業するって聞いた店に通い、ガソリンスタンドにも何時間もならび、暗くなる前に夕飯を済ませ、車泊し…
これが何日も続いた。
両親が心配で毎日泣いた。

電気が復旧し、テレビをつけ、ニュースをみて恐ろしいことがおきたんだと改めて実感した。

震災から5日後、従姉妹からメール。
探しに行ったが、家もなかったし、誰もいなかった。
おんちゃん(私の父)は、たまたま病院に行っていたらしく無事だった。
腰まで浸かりながら避難し、3日後、4時間かけて歩いて帰ったけど、誰もいなかったって…
おんちゃんを連れて、そちらに向かいますが大丈夫ですか?
と…

何が起きたのがわからず、旦那にどういうこと?って携帯をみせた。
やっと状況を理解し、力が抜け涙が止まらなかった。
母、祖母、叔父、叔母、従姉妹、5人一気に失った。

父が私のところに来た時、またみんなで泣いた。
従姉妹が撮影してきた映像を見て、なにもない家をみてショックを受けた。
海から500メートルくらいの我が家には、大きな船が流れ着いていた。
家のトラックは家から500メートルくらい流され奥の方にあった。
辺りの山の木の枝には衣類がぶら下がっていた。
私の故郷に爆弾が落とされたかのように無惨な町になっていた。
話を聞くと津波は20メートル近くの高さまであったらしい。

津波が来た時、どんな気持ちでいたのだろう。その時、何をしていたんだろう…
想像しただけで涙が出ます。

3月末に、叔父と祖母の遺体が見つかった。残り3人はいまだ行方不明。
どこにいるのだろうか。

あれから1年かぁ。
なにも進んでいないような気がする。

最近、またニュースなどで、震災の時の映像が流れてる。サイレンの音を聞くと当時のことが思い出してしまい、正直見たくない。

大好きな母を失い、物凄くつらい。
でも母の分も頑張って生きていかなければならないし、父を守らなくてはいけない。
泣いていられない。
前を向いていこう。

大好きな母へ
あなたの娘で幸せでした。ありがとう。












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まだクリスマス前だけど、
我が家では今日クリスマスケーキ

娘と一緒にケーキ作ったよサンタさん




上出来じゃない?笑!
食べるのもったいないって言いながら
みんなで完食しましたとさ笑!





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