ばあちゃんが先ほど息をひきとりました。
29日の午前1時頃に老健から電話があって、真っ暗な布団の中でなんとなくお礼を言ってる会話が戸越しに聞こえた。
少ししたら親父が「起きてるか?ばあちゃん亡くなったよ。ちょっと行ってくるわ」って。
こんな時間の電話だったから、なんとなくそうかなと思っていた。
親父に言われても布団から出ることもできず、「あー」としか返事ができなかった。
自分にできることが何もなくて、起きてウロウロしても、親父の邪魔になる、余計なこと、
親父の気持ちをくめずに色々と無駄口を挟んでしまうと思ったから。
今年は暖冬でスキー場も雪がなくて、3月なのに25℃に近い暖かい日が続いていて、
そう思っていると今夜と明日は2℃とか5℃とかの非常に寒い予報で雪が降るっていう話だった。
布団からでれずになにを思っていたか、よくは覚えていないけど、親父と母さんが老健に出かけるような物音がして、
2人が慌てて怪我したりしないようにってことが心配で、急に飛び起きて2人を見送った。
母さんからばあちゃんが寝る布団の準備を頼まれ、普段だったら手を抜けるところは全力で手を抜く僕が、
それとは反対にできる限りキレイに布団を敷いて、ばあちゃんが気持ちよく帰ってきてほしいと支度した。
支度はものの10分くらいで、布団に戻って寝るのは違うと思って、眠気まなこで
お湯を沸かし、紅茶を飲んで、 観れていなかった「ダブルベット」を観て2人の帰りを待った。
2人の帰りを待っていたつもりだったが、ばあちゃんが家に帰ってきてばあちゃんの顔をみたら、
待っていたのは3人だったことに気付いた。
「ダブルベット」もタイミング的にこれまで続いた回の締めくくりの回で、
7日間ダブルベットで生活した2人の別れの回だったことは、なんとなく寂しさを思わせた。
「ダブルベット」が終わって、録画予約していたサッカー番組の特集の放送が始まったので、
それを観て、待っていた。
サッカー番組は深夜帯には珍しく興味が強くて、いろいろ考えてしまう頭をスッキリさせてくれた。
親父が帰ってきて、母さんが帰ってきて、おくりびとの人が2人きて、
ばあちゃんを運ぶ準備してるのかなと思って、部屋を覗いたら、すでにばあちゃんはベットに寝ていた。
キレイな布団の下に白い塊が見えたから、最初はばあちゃんなのかどうなのかわからなかった。
ばあちゃんに会ったら、なみだが出てくると思ったから、皆んながいない時にばあちゃんに会おうと思っていた。
不意にばあちゃんの帰りを迎えて、顔にも白い布がかかっていたから、まだよくわからなかったが、
すぐに親父がきて布をとって顔を見せてくれた。
「ほんとにさっきだったみたい。まだあったかいよ。」って。僕はばあちゃんの顔や足を触った。
ばあちゃんはしばらく前に足を悪くして、トイレが難しいところもあって漏らしてしまうことも多く、
布団はしだいに茶色っぽくくすんでいっていた。
だから、今日の布団はとっても白くてとても気持ちよかった。
僕はばあちゃんが家にいる頃はよくばあちゃんの部屋にいた。
リビングに親父や母さん、そして時折兄さんの家族がいる時は、上の階の自分の部屋にいるよりも、
みんなの近くにいながら、自分の好きなテレビや携帯をいじれて、
ばあちゃんが寝て温まっている布団に足を潜らせて、居心地の良い場所だった。
ばあちゃんに僕の足が重いよって怒られたことを思い出した。
仏前?の準備が終わり、葬儀の打ち合わせをおくりびとと親父と母さんで、
隣のリビングで始めると、やっとばあちゃんと2人になれた。
ばあちゃんに何をしてあげられるかって、いつもみたいに近くに座って、話し掛けて、
脚をさすって、おくりびとに重ねられた両手をさすって。
ばあちゃんが家にいた毎朝と同じ、お茶を入れて、水も組んであげた。
親戚のみんなが少しでもばあちゃんの元気な顔を見られるように、髪も櫛で整えて。
僕が高校のとき、脚を悪くして入院した時も1人でばあちゃんのお見舞いに行った。
小学生の時は「ファーブル昆虫記」をばあちゃんと一緒に読んだ。
好きな人に振られた時は、ばあちゃんとじいちゃんの話を聞いた。
ばあちゃんはアドバイスもくれたけど、よく覚えていない。ただ、いつも喜んで話を聞いてくれた気がする。
ばあちゃんの名前は「ゆきみ」で、明日は季節外れの雪が降るんだって。
ばあちゃんはボケてから、辛いこともあったけど、お天道さんには褒められたみたい。
ばあちゃんに合わせて雪降らせるくらいだからね。
今はコロナウィルスで外出自粛が促されている戦々恐々とした不気味な世の中で、
雪を降らせて東京の人は家から出ない。少しでもみんなを守ろうとしてんのかな。
ばあちゃんおやすみ。また明日。
