この頃ドラマは全く見なくなりました。
その理由は、現在診療させていただいている患者さんの人生や家族背景のほうがドラマより
ドラマチックなことが多いからです。(ドラマチックとは失礼かもしれません。)
数年前、70歳代の女性の患者さんと30歳代の息子さんにお会いしました。
女性患者さんは消化器のがんで、回復の見込みがない状況でした。
患者さんは本人は回復の見込みがないこと、その時間が1カ月ないことを認識されており
寝たきりになる前に自分の葬儀準備をされてからの入院でした。
私が関わったのは体の苦痛を和らげることと息子さんへの対応でした。
患者さんの夫は20年以上前に亡くなったおり、一人っ子の息子さんと
つましく生きてこられたようでした。
息子さんがいないときにその患者さんとはなしたときのことです
話していく中で
「なにが今一番気がかりですか?」と質問しました。
「気がかりは、息子ね。3○歳になっても彼女もいない、友達もいないのか仕事がないと家にずっといるの。」
「息子さんに早くお嫁さんをもらってほしいのですか?」
「嫁を貰ってほしい・・・違いはね、私が死んでしまうと彼は天涯孤独になってしまう。それがつらいの」
「残される息子さんが一番心配ですか。」
「そうね、私は彼に償いきれないことがいっぱいなんです。」
「そうですか・・、息子さんに償いきらないことってなんですか」
「私は、彼の人生をダメにしてしまった。」
「ダメにしてしまった?どんなふうに?」
「息子は、長生きしてほしいといつも言いますが、私はもういいんです。延命しないでくるまないように逝かせてください。」
彼女は、具体的なことは話さず、代わりに延命は拒否すると何度も話しました
「延命はしないでほしいのですね。」
「そう、もう私は十分生きました。苦痛を伸ばすような治療はしないでほしいのです。息子が、延命を望んでも、私は望みません。さんざん苦労しました。最後は静かに寝かせてください。先生よろしくお願いします。」
そう言う話を、患者さんとした1週間後でした
患者さんは、がんにより危篤状態になりました。
息子さんは「人工呼吸器をつけてほしい。」「死なせないでほしい。」「1秒でもお母さんと一緒にいたい。母が死ぬのはダメだ」
号泣し延命を強く望みました。
我々は、先日患者さん本人が望んだ延命せず、静かに死なせてほしいと話していたことを息子さんに話ました。
数日にわたり、患者さんの希望を息子さんに語りかけたのでした。
患者さん家族と長年交流のあった方も来られ
息子さんに「お母さんは延命は望んでなかった、静かに見送ってやろう」と話しかけられ
延命はしない方針になりました。
方針が決定したその日のうちに患者さんは息を引き取られました。
この知人の方の情報でしたが
患者さんは、両親を小さいときに失い親戚を転々としたようでした。
結婚後、働き盛りだった夫を自殺で亡くされ、夫の母も後を追うように自殺。
この自殺が、患者さんと息子さんに重くのしかかったようでした。
患者さんは、残された小さな息子を養うためかなり苦労したようでした。
息子さんは、近親者が自殺しているいうことからいじめにあったようでした。
患者と息子の繋がりが強いのは当り前だったのかもしれません。
失礼かもしれないが「なぜこの家族にばかり不幸が連鎖佐多のだろう」という思いに駆られました。
いま、この息子さんが幸せをつかんでいることを願わずにはいられません。
薄っぺらな文章ですが、真実は小説よりも奇なりではありませんが真実がフィクションよりもつらいことがたくさんあると実感する日々であります。