年末年始の帰省にした時のことですが、勝浦の方へ出かけた時に時間があったので、漁港の方にある足湯へと向かいました
すると、向こう側の埠頭に漁船やホテル浦島の送迎船とは全く異なるシルエットのフネが係留されていました

船影からすぐにそれがカーフェリーであることが判明しました
なお、勝浦港を発着する船舶は、漁船を除くとホテル浦島の送迎船や紀の松島めぐりの遊覧船といった観光船が中心で、カーフェリーは発着していません

Twitterからの情報で、元宮島連絡船のななうら丸が勝浦港に係留されていることを思い出した私は、足湯の入るの止めてすぐにクルマを埠頭の方へ走らせました
すると…

イメージ 1

さすがにファンネルのJRマークは取り外されていますが、そこには紛うことなく宮島航路で活躍していた先代のななうら丸が係留されていました
オレンジ色に染まった黄昏時の空が美しく、より船影を美しく引き立てています

イメージ 2

イメージ 4

イメージ 3

外観を見た限りでは、ファンネルのJRマークが取り外された以外に大きな変化は無さそうですが、現役当時の写真と見比べるとかなり塗装が色褪せているように見えます
機関の状態によっては自力航行も可能かと思われますが、長期間ここに係留されているので、再度カーフェリーとして利用に供することは考えていないのかもしれません

ちなみに、このななうら丸は就航したのが87年の1月であることから、国鉄最後の鉄道連絡船と呼ばれており、当船の引退をもって宮島連絡船から国鉄生まれの船舶は姿を消しました

イメージ 5
ブリッジの上には宮島連絡船で活躍していた証が誇らしげに掲げられています

イメージ 6

広島から遠く離れたこの熊野の地で、廿日市市と書かれた元宮島連絡船をお目にかかれるとは思いませんでした
16年11月に引退してから、どういったいきさつがあって、なぜここに係留されているのかは不明です

売却される予定があるのか、それともただ単にその船体を穏やかな熊野灘に浮かべて解体される時を待っているだけなのでしょうか
就航から30年以上が経過していることを考えると、残念ながら後者の可能性が高そうです

19年1月の時点でもまだ勝浦港に係留されたままになっていますが、いつまたどこかへ回航されるか分かりません
見学したい方は、ぜひ勝浦港へ足を運んでみてはいかがでしょうか