つい先日、私の友人から「今まで出来たことができなくなってきた気がする。体力もおちてきた。この仕事が続けられない、向いていないかもしれない。」と相談を受ける機会がありました。
そう、今の社会で努力が報われる人なんてほんの一握りです。
もしかしたら、そういう同年代の人は結構いるんじゃないか?
そう思ったら、ブログ作り始めてました。
このブログのコンセプトは30代以降の
諦めないおじさん
諦められないおじさん
頑張りたいおじさん
そんな、すべてのおじさんに贈る、賞賛と失敗談、成功体験
そしてこれから直面する人へのアドバイスです。
序章 はじめに
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「おぢさんは報われないが、諦めない」という視点の意味
現代社会において「おじさん」という言葉は、必ずしも中立的な意味を持つわけではありません。SNSやメディアで「おじさん構文」や「おじさん臭い」といった表現が拡散されるように、多くの場合そこには揶揄や皮肉が含まれています。
しかし、40代以降の男性たちは実際には人生経験を積み、家庭や仕事、社会の中で一定の役割を果たしてきた存在です。その背後には、積み重ねてきた努力や苦労が確かにあります。ところが、その努力が目に見える形で報われないことも少なくありません。出世が頭打ちになる、家庭では父親としての役割が薄れる、社会全体からの評価が若い頃ほど得られなくなる、といった現象が顕著になります。
このような状況の中でも、「諦めない」という姿勢を持ち続けることは極めて重要です。心理学的にみても、中年期は「生成性」が求められる段階だとされています(エリクソンの発達段階理論)。生成性とは、次世代に知識や経験を伝えたり、社会的に有益な活動を行ったりする能力のことです。つまり、「報われない」という感覚を持ちながらも、そこで諦めてしまうのではなく、他者や社会との関わりを再構築していくことが、中年期以降の精神的成熟に直結しています。
また、認知神経科学の視点からみても、この年代は脳の可塑性が依然として保たれている時期です。たしかに20代や30代に比べれば新しいスキル習得のスピードは遅くなりますが、前頭前野や海馬は十分に新しい回路を形成できます。そのため、報われない経験が増える中でも「学び続ける姿勢」「挑戦し続ける姿勢」を取れるかどうかが、精神的な健康や幸福度を大きく左右します。
「おぢさんは報われないが、諦めない」というフレーズは、このような人生のリアリティを象徴しています。外的報酬が得にくくなる中年期以降においても、内的動機づけを再構築し、自分自身の価値を見出すこと。そこにこそ、現代の中年世代が抱える課題と可能性が凝縮されています。
だいぶ難しい書き方をしましたが、要約すると「まだ、諦める時間じゃない」です。やっと、今までの苦労や努力が自分の中で経験や知識という形になり、熟成し始めた頃。そんな時に諦めてしまうのはもったいなくないですか?
おじさん臭いかもしれません。構文がおかしいかもしれません。
でも、そこには確かな経験、知識、思いやりが乗っているのは、ほかでもないおじさん自身がわかっているじゃないですか。
臭くても、禿げても、文章がおかしくても、それでも私は人に伝えることを諦めない。
社会的イメージと自己認識のズレ
社会における「おじさん像」と、当事者が自分をどう認識しているかには、大きなズレがあります。
一般に語られる「おじさん像」は、
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体型が崩れ、見た目に清潔感がない
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若者との会話がかみ合わない
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上から目線で説教をする
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価値観が古くアップデートできていない
といった否定的なイメージが中心です。これはSNS上の「ネタ」として拡散されることで、より誇張されたステレオタイプとなっています。
一方で当事者である30代・40代・50代の男性は、自分を「経験豊富」「落ち着いている」「責任感がある」と捉える傾向が強いです。心理学の「自己呈示理論」によれば、人は他者からの評価を意識しながら自己像を調整します。しかし、中年期になると外的承認よりも、自分自身の中での納得感が重視されるようになります。つまり、周囲からは「古臭い」と見られていても、本人は「自分なりに時代に合わせている」と感じていることが少なくありません。
このギャップは、神経心理学的にも説明が可能です。40代以降は脳内の報酬系(主にドーパミンの働き)が若い頃よりも低下し、外部からの承認や新奇性の追求に強く依存しなくなります。その代わり、セロトニンやオキシトシンといった神経伝達物質が相対的に優位になり、安定感や安心感を重視するようになります。その結果、本人は「今の自分で十分」と感じやすくなるのです。
しかし社会の側は、「常に進化し続けること」「若さを保つこと」を価値として押し出し続けます。ここで「社会的イメージと自己認識のズレ」が大きくなり、「報われない感覚」が生まれます。
このズレをどう扱うかが、中年期の心理的課題となります。心理学者ラザルスのストレス理論によれば、ストレスは外部からの要求と個人のリソースのミスマッチによって生じます。社会が求める「若さ・柔軟性」と、自分が持っている「経験・安定性」が一致しないとき、人はストレスを抱えます。その中で「諦めない」という姿勢をどう形成できるかが、精神的健康を守る鍵となります。
承認欲求から自己決定へのシフト
若い頃、人は「他者からどう見られるか」に大きな関心を寄せます。承認欲求は人間の根源的な欲求の一つであり、社会心理学者マズローが提唱した欲求階層説でも、所属と承認は重要な段階とされています。
しかし、40代以降になると、多くの人が「承認欲求が薄れる」という感覚を持ち始めます。これは単なる心理的変化ではなく、脳科学的にも裏付けがあります。加齢に伴い、線条体や前頭前野におけるドーパミン受容体の感受性が低下するため、外部からの賞賛や新しい刺激に対する反応が鈍くなるのです。その代わりに、セロトニンやエンドルフィンといった「安定」「安心」に関わる神経伝達物質が比較的優位に働くようになります。
この変化は、心理学的にいえば「外発的動機づけから内発的動機づけへの移行」と捉えることができます。自己決定理論によれば、人は「自律性」「有能感」「関係性」の三つの基本的欲求を満たすことで、より内発的に動機づけられます。中年期以降の人々は、他者からの承認を求めるよりも、「自分が納得できるか」「自分の価値観に合っているか」といった内的基準を重視するようになります。
さらに、認知神経科学の研究では、中高年層は感情の制御が比較的うまくなることが示されています。前頭前野の成熟によって、感情的な衝動を抑制し、長期的な満足や安定を優先できるのです。これにより、「承認欲求が満たされなくても、自分で自分を承認できる」という心の構造が形成されていきます。
このシフトは、実は「報われないが諦めない」姿勢と深く関わっています。外部からの承認に依存していた若い頃であれば、報われない経験は挫折につながりやすいです。しかし、自分自身の価値を自分で決められるようになると、「報われなくても続けられる」精神的基盤が整っていきます。これは心理学者ヴィクトール・フランクルが指摘した「意味づけの力」にも通じます。人は外的な評価が得られなくても、自らの行為に意味を見出せれば生き続ける力を持ちます。
まとめ
序章では、「おぢさんは報われないが、諦めない」というフレーズが象徴する中年期以降の心理的・神経学的特徴を整理しました。
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社会的イメージと自己認識には大きなズレがある
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承認欲求が弱まり、自分の価値を自分で決めるようになる
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これは脳内の神経伝達物質の変化や心理学的発達課題と密接に関連している
この理解を土台として、次章以降では「現代社会における40代以降のおじさん像」をより詳細に検討していきます。
小難しい話が多くなりましたが
自分の価値は自分が決めたらいいんじゃないですか?
自分の努力や苦労、感情や気遣い、自分の人間性なんて、他人にすべて伝えることはできないですから
自分の努力は自分で褒めてあげましょう
私自身も、仕事で辛いときは
「今日生きてるだけで偉い!」「今日は職場にいるだけで偉い!」
と自分で自分のことを褒めて乗り切ってます。
メインのブログが毎日更新という、頭のおかしいことをやっているので
こちらのブログは余裕があって、更新が可能な時に不定期更新になると思います。
ある程度テンポよく更新していきたいなと思っていますが
内容が内容なので、ブログネタ自体がすぐ無くなるかもです
心理学や神経心理学、脳科学、行動経済学のブログをメインコンテンツに活動しています。
一緒に深みのある大人を目指してくださるかたは、ぜひいらしてください。
