「くそっ・・・!」


水戸こと俺はイライラが募っていた。


毎日学校に来るたびに腹が立つのも珍しいだろう。


だけど全ては俺の周りの環境のせいだ。


「あれ?夏彦君?」


「ん・・・・?」


俺は声をかけられ、その方向に振り向いた。


黒く長い髪の女。


同級生の中でも男子から絶大な人気者・荘野 悠子(しょうの ゆうこ)だ。


なんでかは知らないが俺にちょっかいを出してくる。


いや、実はかなり有力な理由が一つ俺の頭にはあった。


「何だよ荘野。またユーヤの事でも教えて欲しいのか?」


「ち・・・違うってば!!何で私が白根君の事・・・。」


わざとらしい。


こいつと白根が付き合っているっていう噂がかなり広まっている。


俺と白根が仲が良いと思われているらしく、女子は皆して俺に取り入り、白根の情報を聞きたがる。


俺はそれが一番嫌いだった。


「ま、どーでもいいっつの。ユーヤなら教室にいるぜ。じゃ。」


俺は早々にこの場から立ち去りたかった。


「ま・・・待ってよ夏彦君!?また学校サボる気なの!?」


「なんだよ、別に良いだろ、お前に関係あんのか?」


「そ・・・それは・・・。」


荘野はそのまま黙ってしまう。


くだらねぇ・・・本当に面倒くさい。


「・・・・じゃーな。」


俺はそのまま学校を後にした。














家に着くと、俺はすぐに階段を駆け上がり、自分の部屋に入って行く。


鞄を無造作に床に叩きつけ、ベッドが沈むくらい勢い良く飛び乗る。


「くそっ!!どいつもこいつも・・・・。」


思わず声を漏らしてしまう。


最悪だ、今日も一日ろくな事が無かった。


新鮮には舐められ、白根とは比べられ、荘野にまで同情される。


こんな情け無い事も無い。


「こら夏彦~?!帰ってきてるなら顔出しなさいよ!!」


階段下からおふくろの声がする。


「うがい・手洗いしたの~?」


「俺は小学生か!!」


・・・そんなやり取りをしていると、情け無い気持ちが薄れていき、段々気分が沈んでいくのがわかった。


顔洗うか・・・。少し頭冷やそう。


そう思い立ったら、自分の足は自然と洗面台まで歩みを進めていた。











水を一気に出し、手ですくい上げ勢い良く顔に押し付ける。


「っっ・・・つめたっ!!」


室内とはいえ、冬場の水道の水は凶器だ。


温水にしようとするが、『電気代が勿体無いから使うんじゃねぇ』という言いつけを守っているため、手を止める。


「・・・・・親にまで何もいえねーなんて、ホント・・・自分の意志に疑問持つわ。」


鏡に移った自分の情け無い姿を見てみる。


眼前の鏡の下半分をギリギリ越すぐらいの身長に、余計なため息をつかされる。


「はぁ・・・・・。」


『どうした夏彦?また今日もため息か?』


「まぁな・・・生まれた時代が悪かったのか・・・。」


『そんなこと言ってねーで、たまには気分転換でもしてみろよ。な?』


「気分転換て・・・何をすりゃあいいんだよ。」


俺はしばらくぶつぶつ言うと、異変に気づいた。


「・・・・・・つーか、俺誰と喋ってんだ?」


鏡に目をむけると、俺は唖然した。


ボーっと目を開けているであろう自分に対し、鏡の中の俺は腕を組んで威風堂々としている。


「・・・・・・はっ??」


『はっ??はねーだろ?仮にも自分の姿だぜ?』


・・・・・・・・・・


時間が止まったかのように沈黙。そして絶叫。


「うわぁああぁあ!!!??」


その声に驚いたのか、おふくろが飛んでくる。


「何を叫んでんのよ!!・・・って、あれ?夏彦、何をしてんのよ。」


おふくろの目には、鏡に右人差し指を向け、ガタガタと震えながら腰を抜かす俺が移っていただろう。


「お・・・おおおお俺が・・・俺が喋った!!」


「はぁ?アンタが喋ったから何だってのよ?」


「違う!!鏡に移ってる俺が喋ったんだよ!!俺とはまったく違う格好で、まったく違う言葉を!!」


自分でも馬鹿なことを言っているとは思うが、全て事実なのだから仕方ない。


「あんたねぇ・・・学校サボって訳分からないことばっか言ってんじゃないわよ。」


おふくろはそう軽く流し、リビングへと戻る。


「おまっ!!嘘ついてるわけじゃねーって!!」


俺は立ち上がり、おふくろの方へと声を張るが、バタンッという扉が閉まる音がし、完全に無視される。


「な・・・・なんなんだよっ!くそ・・・お・・・!!?」


『そーびびるなっての。俺はお前だ。ま、こうして喋るのは初めてだしな。驚くのも無理はねーが。』


再び鏡の中の俺は流暢に喋りだす。


「うっぎゃ・・・」


『おーっと、もー騒ぐなよ?もし騒ぎてーなら俺の世界で騒げ。』


鏡からにゅっと手が伸び、俺の口を塞ぐもう一人の俺の手。


「む・・・むぐがぁっ!」


『ははっ!ま・・・騙されたと思って俺について来い?説明はその後いくらでもしてやるぜ。』


そのまま俺は手を引かれ、鏡の中へ誘われた。


「ちょっ!!ま・・・待てえええぇ!!??」





~続く~

『神手帳』


『書いたことが何でも叶うという手帳。』


『ただし、人に危害が加わる内容は叶わない。』


『一度でも願いを書いた人間は決して手帳をなくしてはいけない。』


『もし失くした場合――――』









「・・・・おいおい、この続きは?」


一人の男は読んでいて気づいた。


「うん、まだ悩んでいるところなんだよなぁ。」


「悩んでるって・・・まだ五行しか書いてねーじゃねーか。こんなんじゃ『出来上がった』って言えねーよ。」


原稿用紙をテーブルに置き、呆れた顔でため息をつく。


「てか、お前のセンスってどうなの?どっかで聞いたことあるし、最後も一番決めとかなきゃいけないとこじゃん。」


男は著者である少年に畳み掛けるようにぶつぶつ文句を言う。


「わ・・・わりぃ・・・って、そんなにダメか!?むしろ続きが気になる感じでハラハラしねー!?」


少年は弁解を求める。


「しねーよ。煽りをしたいなら、大前提を最初に置くべきだ。いきなり『神手帳』って書いても分からんだろ。」


「うっ・・・・。」


少年は言葉を詰まらせると、男は再びため息をつく。


「ま、高校生でいきなりエッセイ書けっつっても無理か。お前に頼んだ俺の落ち度だなこりゃ。」


「そ・・・そんな言い方ねーだろ!?俺だって真面目に書いて・・・」


少年は男に詰め寄るが、男は人差し指で少年を制止する。


「良いか水戸?てか納豆。」


「センコーがあだ名で生徒呼ぶな!!!」


少年は怒鳴る。


「あぁ・・・わりー。水戸。お前は『やれば出来る人間』ではないんだ。あぁ、間違った、『やれば出来る子』だ。」


「おまっ・・・!!」


「とにかくだ。どうしても出来なきゃ白根にでも頼むから、適当に引き継いでくれ。」


少年は眉間にしわが寄る。


「上等だ・・・だったらほえ面かくぐらいすっげー奴書いてやらぁああぁ!!!」


「わんっ。」


「今かくな!!」


少年はぎゃーぎゃーと騒ぎながら、男を見送った。













逆世界








水戸 夏彦(みと なつひこ)。高校二年。17歳。


血液型はAB型、身長は161センチ、体重なんていうわけねー・・・・・48キロ。


クラスに一人はいるであろうの小粒サイズでついたあだ名は『水戸納豆』。


高校生活二年目にして、とてもじゃないけど有意義な学校生活とは言えない。


ヤンキーじゃないけど口が悪い。一年の頃はそうでもなかったのに・・・。


教室で一人で座っていると、後ろの方から声が聞こえる。


「よー納豆。暇そうだな。新鮮からエッセイ任されたんじゃねーの?」


・・・・・またかよ。


俺のイライラの元凶。


「・・・・うっせーな。ユーヤ。」


白根 友哉(しらね ゆうや)。


身長179センチ、長身でイケメン。


勉強・運動・容姿。


全てを兼ね備えている、男だったら嫉妬に狂ってぼっこぼこにしたい人種だ。


何故か俺に関わりを持ってくる、並ぶと俺の小ささが一際目立つ・・・うっとうしい、実にうっとうしい。


「なんだよー。良いじゃねーか。俺とお前の仲だろ?な?」


「お前と仲良くなった覚えはねぇ!!」


俺は白根に言った。


「ちょっ!ひっでーなおい。ま、良いけどな。それで?新鮮からの宿題のエッセイは出来たのかよ?」


ピクッ。


俺の眉間が動く。


ちなみに、こいつの言う『新鮮』とは、うちのクラスの担任の『新藤先生』→『新先』→『新鮮』の意だ。


「・・・・まだ出来てねーよ。」


俺は正直に言った。


「まだ!?おまっ・・・先月までの宿題だぞ?それもお前を見込んで新鮮が出したって言うのに・・・。」


ピクッ。


また俺の眉間が動く。


「つーかたった二枚だぜ?ちょっと頭ひねれば簡単に・・・」


「何で俺がこんな事しなきゃいけねーんだ!!夏休みの宿題だって夏休み中に終わった事のない俺が!!」


「い・・・いや、だからそれは新鮮がお前を・・・」


「良いかユーヤ!?俺はお前とは違うんだ!!人間の出来が違うんだよ!!」


俺は教室中に聞こえるぐらいの大きな声で叫んでいた。


「お前が簡単に出来る事、周りが誰でも出来ると思うなよ・・・!!」


俺はそのまま教室を出る。


後ろの方から、白根が俺を呼ぶ声が聞こえていた気がした。




~続く~