破滅の美学〜絶望と希望の狭間で〜

破滅の美学〜絶望と希望の狭間で〜

過去に書いた詩や英語の詩やエッセイもどき、哲学のコト、X JAPANのコト、芸術のコト、などなど。時に過激で人畜有害かも?

視力は悪い方である。というより、悪い。

 

黒田某、顔も性格も頭もよいが、ザンネンなことに、視力だけ悪いのである。最近は機械で測るから、よくわからないが、0.03しかない。機械の測れる最低限のところらしい。だからもしかしたら0.03より低いかもしれない。

 

0.01になると白い杖がもらえると昔聞いたが、本当だろうか。ならば、もうすぐである。

 

というのも、最近、また徐々に視力が落ちているのを毎日感じるのだ。

 

小学生高学年あたりから眼鏡をかけている黒田某であるが、高校・大学の何年かのうち一時期、授業時以外は眼鏡なしで街を歩いていたことがある。そのころは焦点が定まっていない顔つきで歩いていたからか、はたまた美人だった(過去形!?)ことも相まってか、よくナンパされたものだ(主に2丁目に向かっている最中に笑)。

 

中学3年の時、コンタクトに挑戦した。ハードだった。着脱の練習のために何度も眼科に通った。だがゴロゴロして怖いし、目は開かなくて常に半開きという、だったら眼鏡の方がマシだよ、っていう顔になり、果てはコンタクトが目ん玉の裏側に行っちゃって、眼科に行って直してもらい、もうホトホト怖くなって、やめた。

 

今は、読書のせいで視力が落ちてきているのだろう。黒田某、三半規管が鍛えられているのか、車で下を向いて読書しても、グルグル山道を走っている車中でも、船の中でも、どこでも読書ができ、全く酔わない。読書灯をつけてはいるが、家の中でも、暗い場所で読むこともある。これがいけないのだろうか。わかっちゃいるけどやめられない、ってやつだ。

 

テレビはあまり見ないが、夕食時にニュースを見ていると、よく見えない。テロップの大きな文字もよく見えない。重症のようだ。

 

だが読書ができなくなっては困る。0.03で、眼鏡をかけたら0.7くらいになるように眼鏡を作ってあるが(ご存じかと思うが、あまりよく見えるように作ると、かえって目に負担がかかりすぎるので、1.5まで見えるようになどは作らないのだ)、どこまでが眼鏡の限界なのだろう。

 

高校の時、卒業間際のそれぞれの先生の最後の授業で、一人一人にお言葉をもらった。現代文の先生は「眼鏡の似合う女性になってください」と言っていた。眼鏡をかけても違和感がないような、知的な女性になってください、という意味だろうと思っている。

 

目の病気以外で、普通に視力が落ちていくと、どこまで落ちるのだろう。果ては、失明してしまうということがあるのだろうか。すごく心配だ。

 

アンパンマンやコナンを見るときはテレビから離れて見るが、読書のときも本から2メートル離れて読むべきなのか?

 

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