アパートで一夜を過ごしたYはここにいてもしょうがないと
避難所へ向かうことにしました
水がまだあるので、おじいさんとおばあさんはアパートに残ることにしました
Yは足を折っているだろう男の人と
腰まである水の中を歩いて避難所へ向かいました
男の人は足を折っているのでおそらくどこかの病院に搬送されたと思います
避難所でYとお別れしました
男の人は、昨夜Yから『まだ若いんだからあきらめるな』と励まされ続け
Yを命の恩人と思い、かなり慕っていたそうです
Yはこの避難所で石巻市に一緒に訪れていた男の人A(車に男女で乗り、先に避難したうちの一人)と再会することができました
Aの話では
車で逃げたものの、水は車の中に入ってきました
同乗していた女の人は水が入ってきたことにパニックになり
車から飛び出しました
そして、近くの電柱か雨どいにしがみつきましたが
そのまま津波にのまれ流されてしまったそうです
Aは足が少し不自由でとっさに車から出ることはできず、
水かさが増す車の中にただいるだけしかできなかったそうですが
近くにいた男の人が泳いで車の元まで行き、Aを助けてくれたのです
YとAは一晩避難所で過ごしました
Yは腰まで水につかったので服が濡れていて
とても寒かったと言っていました
次の日にAは自分の実家は高台にあるから家は流されていないはずだから
実家に行くと言いました
Aは足が不自由なので一人で行かせるのは危険だと思い
YはAと一緒に歩いて実家に行きました
Aの実家は津波の被害はあわなかったので
そこには避難所のように大勢の人がいました
偶然お風呂のお湯を流さず残してあったので
何回か溜めてですが、トイレを流すのにその水を使うことができたそうです
YはAの実家に2・3日お世話になりました
仙台市太白区にあるYのアパートには2匹の猫がいます
Yは猫が心配なので家に歩いて帰ることにしました
(電車の距離で調べたら、仙台-石巻は約50Kmでした)
Aの母は危険だからやめなさいと泣いて言ってきました
Yは猫のために帰ると泣いてAの家をでました
Aの母はYに白いコートをくれました
Yが仙台に向けて3時間ほど歩いたころ
一台の車が止まってくれました
運転手のおじさんはYが仙台まで歩いて向かっていることを聞き
近くまで送ってくれることになりました
車にはおじさん、助手席におばさん、後ろにおばあさんがの3人が乗っていました
3人の話をきくと、この3人は家族ではなく、知らない人たちの集まりでした
みんな家を流されたそうです
仙台方面へ向かう前に避難所へ寄ることになりました
避難所では食料など十分ではないのに
避難所の人たちは握ったばかりのおにぎりをくれたり
焚火をすすめてくれたり、みんな優しくてYはここでも泣いたそうです
おじさんは親切にもYを家の前まで送ってくれました
地震から5日目にしてYはようやく自宅に戻れました
被災した人たちはみんな自分も辛いけど助け合っていることを
Yは教えてくれました
Yのアパートは外観はなんともないように見えるのですが
部屋の壁には何箇所か亀裂があります
部屋の中は倒れたものなどで足の踏み場もありません
でも、猫2匹は無事でした
以上の話を16日に自宅に着いた早々に私に電話をして話してくれました
自宅に着いたばかりだったので
『水はでるの?ガスは?火は使えるの?』と聞く私に
『わかんない』と答えるY
これから片付けや流された友達の家族への連絡など
なにから手をつければいいのかわからず、疲れでボーっとしている様子
仙台市内のコンビニやスーパーは買いだめの人で行列で
買い物は困難らしいです
Yの話をききながら私は一つとあることをききました
『あなた、今たばこ吸ってるね?』
『うん。津波の被害にあったコンビニの商品がドロドロになっててもう売り物にならない状態だったんだ
食べ物はなかったんだけど、タバコはけっこうちらばってたからもらってきちゃった』
なんてたくましい女なの
そのたくましさでこの困難な状況を助け合って乗り越えて欲しいです
私にできることは協力するからね