「今日の日はさようなら」
死ぬことは終わることじゃない
今日はこのセリフで感じたことを私なりにお話してみようかと。いつものことながら大野さんごととはかけ離れております(^ー^;A
耕太くんだった大野さんについてはもちろん書きません。というか私なんかじゃ書けません。
ただ・・・ただ涙が溢れ、流れました。止めどなく。
自分なりに色々なことを受け取れた…と思います。
「ちゃんと生きて、ちゃんと死ぬ」
忘れられない人が増えました。
遅くなったけど、心からありがとうとお疲さまを。
で、タイトルのこれ。
息子の言葉が達者になり始めた頃にこんなことを話しました。
「僕はお空からママを探していたの。ママを見つけたんだ。嬉しかった!」
「そしてママのお腹に入ったんだ。」
「お空はお友達がたくさんいるんだけどね、ママを見つけたから、ママのところに来たんだ。ママは嬉しい?」
お腹の中の記憶はないんだそうで。
お腹の中に入ったとこは覚えていると言っていました。今や忘れたと思いますが…。
私探されたの(爆)鬼の母ちゃんなのにね。わざわざ私を探すなんて。
こんな話を受けてちょっぴりスピリチュアルな世界の本を読んだりしました。
それを信じる、信じないの話ではないんですけど。
ちょっと興味深いなぁと思ったんです。
魂は何度でも生まれ変わる…。
そしてみんなお空にいるなんて、なんだかそれだけで幸せな気がしたり。
だから、人は空を見るのか!空の大きさに、空の青色に希望と未来と勇気を見出すのか!空を見て癒されたり、元気になったり。
死ぬことは終わることじゃない
死ぬことで何が怖いか・・・
色々とあるそうですが、「忘れられること。」
もその1つだということを耳にしたりします。
死の先に何があるのか。空に行くのか。天国にいくのか。生まれ変わるのか。
正直なところ私はどうでもいいといいますか、あまり考えません(冷めてますね(^_^;))
私が私でいられるのは今、この人生でしかないから。ただ与えられた生を全うしたい。
そして、もしも私を思い出すことがあったとき、辛く悲しいものであって欲しくない。
私は「いつ死んでも後悔しない。」と思ってます。
とにかくこれを言うと親が泣きます。でも昔からそんな感じです。
今は…私を探してくれたこども達を置いては決して死ねないですけど。
それでも抗えない現実があることを自分なりに分かっていて。
その中でも、精一杯、日々を笑って楽しく過ごせたら…。
愛する者たち、大切な者たちと共に。その存在に感謝しながら…。
私が存在することで喜んでくれる人がいたら嬉しい。
私が生を繋げたのなら嬉しい。
私の存在した思い出が途切れることなく誰かの思い出と幸せな形で繋がっていたら嬉しい。
私を思い出してくれる人がいたら嬉しい。
私が今はここに居ない人たちを忘れることなく思い出し、共に過ごすことで少しでも救われる魂があったなら、私が生きている意味があると思う。
死ぬことは終わることじゃない…
必ず誰かの心の中で続いていく…
**********************
以前お友だちのところでこのようなことについてお話がなされていまして。
私は考えも全くまとまらないし…ちゃんとしたことも言えなくて。
コメント出来なかったのですけど。
改めて私なりに思うところを綴ってみました。
分かりにくいところが多々あることご了承ください。
大きな独り言です。お付き合いいただけた方がもしいましたら感謝を。



